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召喚日本の冒険者(エレミア)

エレミアについて


 あなたはお姫さまなの、妖精の世界から来たのよ。

 母の言葉だ。


 お前は美しいからな、いつか、妖精の王子様が迎えにくるんじゃあないかって、気が気ではないんだ。

 父の言葉だ。


 黒曜石という、きらきらした宝石があるんだと思ってた。

 お日様のように、きらきらで、まぶしくて、父や母や、自分の髪のような、気高い宝石。

 それが、黒曜石なんだと、思っていた。

 夏の日に、川の水面に乱反射するお日様のような。

 蒼や紅の宝石で色とりどりに縁取りされた繊細な細工箱に仕舞われた、大切な宝物のような。

 両親と自分とを繋ぎとめる絆。

 誇りある、美しい髪の色。


 私の髪は、黒曜石のようにきれいなのよ、と。

 私はお姫さまなのよ、と。

 屈託の無い笑顔を振りまき、誇らしげに告げる幼いエレミア。

 まっすぐに伸びた、お日様のような、純白の髪の毛を指先でくるくると弄ぶ私。

 ――――――【黒曜石の輝きを持つ髪の一族のエレミア】――――――両親がつけた、私の名前だ。


 黒曜石って、黒かったのだ。

 真っ黒。

 そりゃ確かにつやつやしてきれいだけれど。

 私も両親も、どちらかといえば白く染め上げられたような美しい髪なのだけれど、控えめに、ごくごく控えめに表現したとしても、黒曜石とは、純白の髪を指し示す言葉ではないのではないか……? と言った、ほんのりとした思い付きを、つい口に出してしまったこと、その問いに答えてくれてしまう友人がいたことで、その後の3年間の命運は決定付けられた。

 私は生まれて15年目にして、自分の名前の無意味さと、滑稽さを自覚した。

 そのときの荒れっぷりと言ったらもう、思い出したくもないくらいだ。恥ずかしさのあまり引きこもりたいのだが、全寮制の学院に通っていたためそれもできない。今まで無関心だった周囲の人間が、一度に自分を嘲笑しているかのような錯覚に短周期的に陥りながら、数少ない――――――黒曜石なお姫さまをあざ笑うこともなかった、本当に少ない数の――――友人の手を焼かせ、残りの三年間を鬱屈した気分でやり過ごした頃には、自分で言うのもなんだけれど、とても心が螺子くれ曲がっていたと思う。


 極めつけは、両親との手紙のやり取りだったのだろう。

 自分の髪の色が、純白であること。黒曜石は、黒い石であること。そして、もしかして、本当にもしかしてだけれど、自分は、妖精のお姫さまではないのではないかといった、救いの手を差し伸べて欲しい気持ちから書き上げた支離滅裂な手紙への返事を、何度も、何度も読み込んで。

 ああ、両親は、莫迦だったんだなあ、と。そして私こそ、本当に、大莫迦だったんだなあ、と、痛感してしまったのだ。先ほど、疑問を口に出したことが、自身の命運を決定付けた分岐点ように表現したが、何のことはない、私が生れ落ちたその日に、まったくの善意と無自覚を心に宿したとてつもない阿呆な両親に、運命を形作られただけなのだ。

 私には妖精族の王位継承権なんてないし、妖精は別に黒い髪はしていないし、確かに黒曜石はきらきらしていてきれいなんだけど、ああもうパパママのバカ莫迦アホウ、というか自分達は普通の名前なのに、なんなのよ【黒曜石の輝きを持つ髪の一族】って、それが名前の一部って、学園の名簿でもそうなってるのよ今まで出席でクラスメイトはファーストネームで呼ばれてて、何で自分だけ一族名で呼ばれているのに気づかない自分の大阿呆めというかこれから毎日そう呼ばれ続けることを想像しただけで体と心が張り裂けそうでうああああああああそりゃ男子からは敬遠されるし、女子からは汚物を見るような目で見られるし、誰も名前呼んでくれないのも当然じゃないの、というか先生も呼ぶなよ阿呆か!

 友人達は本当に心配してくれて――――――たぶん、いつか自分がこうなるのを、はっきりと予想していたのだろう――――――、病になったことにして、留年してはどうか、自分も一緒に留年するからとか、しばらく実家に帰省したらどうか、一緒に旅行したいだとか、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだけど――――――ああ本当に頭が上がらない、一生の友だ――――――、彼女らに負担をかけすぎるのは、それこそ自分が許せなかったので、這う這うの体で授業に復帰した。

 幸い、成績は悪くなく、必須単位は十分取っていた。だから私は、その後3年かけて卒業に必要な授業に出席すれば良かった。出席回数の少ない授業を選択した――――――そして友人たちもそれに付き合ってくれた――――――ため、卒業までを乗り切ることが出来た。

 卒業式、父母が遠方で出席できないため手紙が読み上げられ、黒曜石の輝きだの、妖精のお姫さまだの全校生徒の前で最後の洗礼を受けたこともあり、一回両親をぶん殴ろう、これからは人を信じず、自分の養分にしよう――――――ああでも、友人達と、それから少なくとも不干渉を貫いてくれた人たちは抜かさないと――――――、と決意を固めた。


 それでも、友の大切さを心に刻むことになったのだから。

 人生とは、運命とは、何を得て何を失うのか、すべてが過ぎ去るまでは、自分には何も判らないものだ。


 とりあえず、パパ、ママ。

 これから、殴りに逝きます。

美しい黒髪の表現に、鴉の濡れ羽色、というのがあります。

朝露に濡れそぼり、陽の光をしっとりと映すほどの黒髪をイメージします。

鴉は朝日とともに活動を始め、日没とともに棲家へ帰るため、太陽をモチーフとした神聖なイメージもあるようですね。


ですのでミアさんのご両親は、ミアさんの名前を【黒曜石】とするか、【寝ぼけて泥沼につっこんだ鴉の濡れ羽色】とするか、結構悩んだに違いありません。

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