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1-2 敗北魔王の放課後

「誓いの時来たれり。さぁ行こうか瀬良、我らが聖地へ」

「..............何をそんなにはしゃいでいるのかしら」

 自分と出かけることに対してだといいなぁ、などと思いつつ意気揚々と歩みを進める比留間君に続いて教室を出る。

 そのマントのように羽織られた学ランの裾がはためくのを見ていると、なんとなく不良漫画の番長のように思えてくる。

 実際、カリスマの類は持ち合わせているのだろう。

 この前猫に囲まれ窮地に陥っている姿も見たし。

 まぁ、カリスマがあるということはつまり我が強いということでもあり。

「お? また二人仲良くおかえりかよ」

「"割れ皿"二人が傷舐めあっちゃってよぉ」

 私と二人して生徒たちから罵倒を受ける始末。

 割れ皿。

 魔法を行使するための器が極端に小さい者への仇名だ。

「..............」

 身を縮こませる私を他所に、比留間君はちらりと一瞥しただけで、すぐさま視線をこちらに戻した。

 興味が失せたと言いたげな冷めた瞳。

「ごめん、なさい」

「何を謝る必要がある。割れ皿なのはお互い様だろうに」

 くっ、と楽しげに口の端を歪める。

 そう、この無駄に背の高いぼっちもまた、私と同じく『器』の容量が零に近い"割れ皿"なのだった。

 ..............最初その話を聞いた時は嘘つきと罵ったのだが。

 理由はちゃんとある。

 見たのだ。

 彼が魔法を、割れ皿どころかそこらの魔法使いでは到底扱えない魔法を扱っている様を。

 教師陣は、少なくとも校長は知っているのだろう。

 だからこそ、筆記試験もたいして点の高くなかった彼が学園に入学できているのだろうし。

「比留間君は、イラっと来ないの?」

「餓鬼の戯れに付き合うのも嫌いではないが、あいにく今日は予定が詰まっているしな」

 それに、と。

 比留間君はどこか遠く、前方を見つめたまま、

「どうせ、勝てないだろうから」

 相手に、ではなく、相手が。

 どう足掻いても勝てないと、魔法もロクに扱えないはずの割れ皿はつぶやいた。

「自信家なのね」

「どうだろうな。こればかりは自信でも慢心でも何でもなく、ただ漠然とそう感じているだけだ」

「そういうのを自信家と言うのよ」

「それもそうか」

 は、と苦笑に疲労をにじませながら、

「さっさと負かしてほしいものだ」

 ぽつりとつぶやいて、私の手を引いた。

「急ごう。あまり時間がない」

「喫茶店は遅くまで開いているはずだけど..............どこか他に行くところがあるの?」

 ああ、と彼は頷いた。

「腹ごなしだ。喫茶店に行く前に、少しばかりエキサイティングと洒落込もう」

「エキサイティング..............」

 どこへ連れていかれるか分からないまま、ぐいと強く引かれる手に苦笑して、私は彼についていく。



「いけー! シュート!」

「ディーフェンスディーフェンス!」

 連れられた先。

 そこは健康公園のグラウンド。

 元気良くピッチを駆け回る少年たちの汗が眩しい。

「ああ、なんとか後半には間に合ったようだな」

 ついでに全力疾走を終え爽やかな笑顔で汗を拭う比留間君の汗も眩しいといえば眩しい。

「いきなりお姫様抱っこしてきた時はどうしようかと思ったけれど、こういうことだったのね」

「いや、すまない。図らずも街中の視線を独り占めしてしまったな。まぁ放っておいてもお前のことだ、注目の一つや 二つはされるだろうから誤差だろう? いや、美少女というのも大変だな」

「..............まぁ、ね」

 個人的にはいきなりこんなこと言ってくる貴方の相手の方が大変だと大声で言いたい。

「色々文句は言ってやりたいところだけど、今はそれどころじゃないでしょう? 案内してもらえるかしら、王子様?」

「せいぜい白馬役しか許されないと思っていたが、有難い話だな」

 くっ、と笑い、青く茂る原っぱに例のごとくハンカチを敷く比留間君。

 汗を拭いていたハンカチとはまた別のものだ。気配りよし。

「ここから応援しよう」

 言って、グラウンドへ目を向ける。

 男女入り混じった小学生のチームが二つ。

 赤と青、一際目立つ黒色は審判役の子だろうか。

「どちらを応援すれば?」

 問いかけると、比留間君は不思議そうな顔をした。

「どちらもに決まっているだろう。どちらも必死に頑張っているのだから」

「平和主義なのね」

「勝ち負けにこだわらないわけではないぞ。ただ、私はどちらも応援したいだけだ」

「浮気男の言い草ね」

「気が多くてもいいだろう。誰かの敢闘を祈ることは、何者にも邪魔できまい」

 一度ライバルチームの応援団が二組ひしめく球場に連れて行ってやりたいものだ。

 まぁ、確かに比留間君の言っていることも間違いではない。

 頑張る選手の味方だというスタンスも、アリではあるだろう。

 そんなわけで、私も応援に声を上げることにした。

「が、がんばれー」

「..............」

「な、何かしらその生暖かい目は」

「いや? ただ、いつもツンケンとしているお前がそうして照れ臭そうに微妙に張り上げた声で子供を応援する様はなかなかに乙なものだと思ってな」

「..............帰ってもいいかしら」

「いやいや待て待て、悪かった謝ろう。ただ賛美を示しただけだ、そう気に留めるな」

 苦笑ののち、比留間君は立ち上がった。

「そういうことなら私も精一杯やらせてもらうとしよう。これでも一度応援団に所属していたことがあってな」

 言うや否や、彼は背中に両手を回し声を張り上げ、

「うるせーよ有馬!」

「黙って見てろよ有馬!」

「もう帰れよ有馬!」

 子供達の返礼を受け、柔らかな笑みを浮かべながら緩やかに腰を下ろした。

「げ、元気出して?」

「ああ、大丈夫だ。元より、活力に満ちた彼らに応援などしようとしたのが野暮だったのだ」

 別段気にした様子もなく、穏やかな眼差しを子供達に向ける比留間君。

「..............」

 黙り込んでしまったが、その口元には笑みがあって。

 優しい父親が、子供達の成長を見守っているかのような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 ..............いいお父さんになるだろうな、とそう思った。

 だからなんだという話なのだけど。

「ああ、寒くないか瀬良。春先とはいえ今日は妙に風が強い」

「いえ、平気よ」

「そうか。いや、屋上でもいつお前のスカートがめくれないかとヒヤヒヤしていたからな」

「..............そう」

 その割に、視線は常にこちらの顔に向いていたはずだけれど。

「そうこう言っている間に終わりだな。小学となると試合時間がひどく短いな」

 名残惜しそうな比留間君の視線の先で、審判が笛を吹いた。

 試合終了。

 結果は1-0、勝者と敗者はそれぞれ給水ボトルを取りに向かったのち、一目散にこちらへ駆けてきた。

「あっちゃん見てた!?」

「わたしゴール決めたよ! ゴール!」

「俺だってアシストしたぜ!」

 皆一様に比留間君を囲み、かまってかまってと鳴いている。

 子犬か何かのように見える。可愛らしい。

 群がる小動物に比留間君は嬉しそうに目尻を緩め、各々の頭をぽんぽんと撫でる。

「ああ、見ていたとも。皆よく頑張った。褒めてつかわす」

「お前に褒められても嬉しくねーよ!」

「ジュースよこせジュース!」

 ひどい言いようだが、体は正直だ。

 皆、彼の大きな手に撫でられるたび、心地よさそうに目を細めている。

 随分懐かれている。

 あまり意外と感じていないのが意外だった。

「蜜柑」

 ふと、比留間君が名を呼んだ。

 子供達の視線の先、シャツの裾を握りじっと何かを堪えている少女がいる。

 比留間君は子供達を手で制し、ゆるりと彼女の元へと歩み寄り、その目線に合わせて膝をつく。

「..............大丈夫だ。誰も責めんよ」

 その言葉で、彼女が先の試合において、唯一の失点の起点となったことを思い出した。

「ごめん、なさい..............」

「何を謝ることがある。お前が必死であったことなど、皆知っている」

 優しく頭を撫でながら、問いかける。

「まだサッカーは好きか?」

 頷く。

「なら、大丈夫だ。何の心配もあるまい。その熱意があれば、いつかはきっとうまくいく。その熱を絶やすな。好きという気持ちを忘れるな」

 それは理想論と誰からも思われる程の夢物語。

 努力していればいつかは。

 そんなことを信じるものなどこのご時世誰もいない。

 だが、彼は。

 比留間有馬は本心からそれを告げているようだった。

「好きだから頑張る。それでいい。何よりも無垢な原動力だ。そうは折れまいよ」

 その言葉の意味をどれほど理解していたかは分からないが、少女は力強く頷き、サッカーボールへと駆け出した。

「俺も付き合うぜ!」

「あたしも!」

 試合を終えたばかりだというのに、子供達が群がっていく。

 一人、ぽつんと取り残された比留間君は笑みと共に一言。

「..............素晴らしい」

「やはりロリコンね。警察を呼ぼうかしら」

「なんだ、嫉妬でもしたか?」

「あの程度で嫉妬するだなんて、馬鹿にしてるのかしら」

「..............嫉妬はするんだな」

「..............言葉の綾よ」

 やらかした、と内心頭を抱える私にくっ、といつもの笑みを見せ、

「時間を取らせたな。..............行こう」

 背を向け、歩き出した彼についていこうとして。

「きゃぁあああ!」

 悲鳴。

 先の子供達からだ。

 振り向けば、土埃舞うグラウンドで子供達が何者かに追いかけられている。

 青年男性だ、手に持っているのは..............

発動機(デバイサー)!?」

 魔法を起動させるための補助機関は、淡い燐光を散らし、

「―――[[rb:肯定する > 捕えろ]]」

 詠唱と同時、その手の平から鎖を具現化させた。

 魔法だ。

 勢い良く射出された銀の鎖は、逃げ惑う子供達の背に迫り、

「―――こうもおっぴろげな誘拐は、あまり見たことがないな」

「なにっ!?」

 寸前で、蹴り飛ばされた。

「あっちゃん!」

 歓喜の声を上げる子供達を守るように立った比留間君は、危うく誘拐されかけた少女の頭を撫でてから、

「ここは私に任せて逃げるといい。時間稼ぎをしておくから、大人の人を呼んできてくれ」

「うん! 行こう、みんな!」

 子供達が駆け出す。

「待ちやがれ!」

「まぁ待て。少し私に付き合ってくれ」

「うるせぇよ! ―――[[rb:肯定する > 捕えろ]]!」

 更に数を増やした鎖が、一斉に比留間君に襲いかかる。

 だが、彼はまるで怯えることなく二本を弾き、一本を掴み取った。

「そらっ」

「うおっ!?」

 鎖を引かれ、その先に接続された男の体が宙を舞う。

「ぐっ..............―――[[rb:肯定する > 捕えろ]]!」

 苦し紛れに鎖を射出するも、当たり前のように弾かれる。

「ぐおおっ..............!」

 グラウンドに叩きつけられ、ダメージを負う男。しかし足元をふらつかせながら立ち上がった。

「なんだてめえ..............魔法使い、愛澤の学生か!?」

「五十点。愛澤の学生ではあるが、魔法使いではない」

 見ろ、と。

 比留間君は両手を上げ、そこに何も握られていないことを示した。

「発動機を、持ってねぇ..............!?」

「あぁ。いや、どうも扱いが悪くてね、使えないなら持つ意味もないと私だけ持たされていない」

 くっ、と楽しげに笑う比留間君とは対照的に、男の混乱は深まっていく。

「ば、バカ言うんじゃねえ! その馬鹿力、魔法じゃねえなら何なんだ!」

「さぁ、なんだろうな。超能力かもしれないし、陰陽道かもしれない」

 だがまぁ、と比留間君は告げた。

「お前を倒す程度には強いだろうよ」

「ふ、ふざけるなぁあああああ!!」

 [[rb:肯定する > 捕えろ]]!

 詠唱が一際強く聞こえた。

 八本もの鉄の鎖が、蛇のようにくねりながら比留間君へと殺到する。

「..............」

 彼はちらりとこちらへ視線を投げ、は、と軽く息を吐いてから。

「―――[[rb:同調 > シンクロ]]」

 彼の、彼だけの詠唱を口にした。

「[[rb:紅錦・天照 > クレナイニシキ・アマテラス]]」

 瞬間、燃え上がる焔。

 彼を取り巻く黒と金から、橙の火の粉が散る。

 同調。

 それは魔法とは近いようで遠くかけ離れた、誰も知らない、知られてはならない秘術の一。

 魔導と名付けられた圧倒的な異能の初手が、一体どのようにこの世に現界しているのか、男に分かるはずもない。

「おぉおおおお!」

 いよいよ錯乱した男の手から迫り来る鎖に、比留間君はその体躯が放つ熱とは対照的な冷めた瞳でつぶやく。

「[[rb:熱意 > 祈り]]が、足りない」

 その鎖は、彼の焔と化した身体に触れると同時、硝子のように砕け散った。

「ば、馬鹿な..............」

 そして、呻く男が次弾を装填する前に、

「なっ..............!?」

 その眼前へと駆け抜け、右の拳を振り抜いた。

「がっ..............!」

 丸太が叩き込まれたような音がして、男の全身から力が抜けた。

「..............」

 倒れ伏す男を一瞥してから、比留間君は小さく息を吐いた。

 瞬間、焔はなりを潜め、いつもの彼が戻ってくる。

「時間を取らせたな、瀬良。急ごう、店が閉まる」

「いいの?」

「大丈夫だ。あと二時間は目覚めん。その間にこの街の優秀な警察様がなんとかしてくれることだろう」

「..............強いのね」

「ああ。..............だが、勝てない程ではない」

 つぶやいて、私の手を取り駆け出した。

「少し速いわ比留間君」

「ならまた先のように運ぼうか?」

「..............お願いしようかしら」

「了解した」

 くっ、と笑い、比留間君は軽々と私を抱き上げた。

「少しだけ飛ばす。しっかりつかまっていろ」

 同調、と。

 今一度その身に焔を灯し、グラウンドを蹴りつけた。

 瞬間、視界の高度が急速に高まる。

 異常な跳躍力をもって飛び上がった先、そこではこの街の全景が見えた。

「大変ね」

「何がだ?」

「こんなに便利なものを、秘密にしなくちゃいけないなんて」

「仕方あるまい。そうすることで、この世界から熱意が失われないというのなら」

 くっ、と笑う比留間君に私は複雑な気分になる。

 この世は魔法で満ちている。

 魔法使いへの志願者は日々数を増やし、各魔術機関は先の人攫いのように強引な手をもってしてでも人材を欲すほど。

 だからこそ、魔法律は誰もが守るべき絶対の法となっている。

 そして、その魔法律のために、私の友人は今、全力を出せないでいる。

 異能のすべては、魔法において顕現する。

 それ故に人々は魔法を磨くべく善行を積み、器の容量を減らす悪行には走らない。

 圧倒的な異能はおろか、些細な窃盗一つ封じる有能な抑止力はしかし、彼一人の存在によって砕け散る。

 このある程度平穏な世界を壊し、いつの日かの殺人や窃盗が横行する世界へ変えてしまう。



 比留間有馬は、この世界を砕く魔王足り得る存在だった。

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