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プロローグ

 遠く、燃え盛る焔の音を聞いていた。

「..............」

 凍りついた世界。

 そこにあるのは氷像と化した人々と、水晶に似たビル群や街路樹の氷河。

 一瞬にして凍りついた世界は、今もなお吹き荒ぶ風によりその熱を奪い去られ続けている。

 それは宇宙空間の如き極寒の地平だ。

 人であり続ける限り、とてもではないが息をすることすらままならない。

 ならばこそ。

「..............」

 その真白の上で燃え盛るのは人外、魔神の類に他ならない。

 薙刀を思わせる長駆、凛と整った容姿、全てを刺し貫く鋭い眼光。

 黒の学ランの上、肩に載せるようにして羽織った黒の外套は金の輝きを絶やさないその頭髪と共に、万物を凍てつかせる北風に揺らされ火の粉を散らす。

 燃えていた。

 燃え盛っていた。

 彼の身体は、まるで篝火のように焔を灯していた。

 ただの酸化反応ではない、超常の事象が彼の身に起きていることは、その指先や金髪の端から散る火の粉が証明している。

 自身そのものを焔のように燃やす彼の姿は、何もかもが凍りついたその世界においてあまりにも異様であった。

 だが、それを指摘するものなどその場にはいるはずもなかった。

「..............」

 ただ一人、彼の眼前に立ち、口の端に笑みを浮かべている者を除いて。

 火の粉を爆ぜさせる魔神と同様に、勇者もまた学生服であった。

 魔神の学ランとは違い、勇者のそれはブレザータイプ、他校であることが見受けられる。

 だが、その学生らしい様を除けば、勇者と魔神の同類項はひどく限られた。

 背丈は長身の魔神に比べて平均のそれに近い。

 容姿もおおよそ平凡、ありふれたものだと感じ取れる。

 何より、彼からは魔神がその全身から迸らせる超常を感じられなかった。

 衣服容姿、その髪色に至るまで凡百。

 何もかもが特別で満たされた魔神とは対照的な、普遍的な存在。

 だというのに、勇者は魔神の前で呼吸をしていた。

 誰もが凍りついたこの地平で、平然と笑っていた。

「な? 言った通りだろう、魔王」

 親友にでも語りかけるような親しさで、勇者は魔神、いや、魔王に笑いかけた。

「お前が心配しなくたっていいんだよ。そりゃ、たまにはダメになる時もあるだろうけどさ」

 大丈夫だ、とその手の平が魔王の肩に触れる。

 世界を氷点下に叩き落とした魔神は、しかし、その馴れ馴れしさに嫌悪を見せず、それどころか困ったように苦笑した。

「ああ、そうだな。お前のような者がいるなら、もうしばらくは様子を見よう」

「ぜひともそうしろ。そんでまた不安になったら喧嘩売ってこい。いつでも相手になってやるから」

「いや、それには及ばんよ。答えは得た。私の祈りは、ああ、杞憂というものだったらしい」

 その言葉と共に、硝子が割れる音がした。

 それは、この氷河を保っていた"法則"が砕け散った音で。

「敗北だ。負けたよ、勇者。バカなことをして済まなかった」

「いいっていいって。というかお前、まだ実害出してないじゃないか。凍ってるうちの連中もちゃんと溶けるんだろう?」

「さて、どうだろうな」

「笑えない冗談はやめろ。溶けないとお前、何のためのチカラだって話になるじゃないか」

「そうか?」

「そうだ」

 確信に満ちた声に、魔神は静かに瞼を下ろす。

 その横顔は、ひどく安寧に満ちていて。

「―――感謝する、勇者」

 唇から漏れたのは、誠心誠意の謝辞だった。

 魔王と呼ぶにはあまりにも慈悲深い、温もりに満ちた優しげな眼差しで、魔神は噛みしめるように告げた。

「お前がいてくれて、よかった」

「..............」

 差し伸べた手に、しかし握ってくる手はない。

 今になって凍りついた勇者に、魔神は首を傾げてから、

「..............燃えてこそいるが、火傷はしないはずだ。私の焔がそういうものではないことぐらい、当の昔に分かっているとばかり思っていたが」

 不思議そうな魔神に、勇者は文句ありげな半目で、

「いやそれは分かってる。..............お前、ちょっとは色々気にしろ。顔とかいいんだから」

「一度手を洗ってからにしろと? なるほど、一理ある」

「そうじゃない! っ、もういい。ほら、これでいいだろ!?」

「何故キレている..............ああ、思春期か」

「お前もう本気で黙れよ」

 額に青筋を立てる勇者に、しかし魔神は楽しげに笑ってからついぞ握られた手を握り返した。

「勇者の熱意に万雷の拍手を。その情熱にとめどない感謝を」

「堅苦しい。もっと気楽なのはないのか」

「ふむ。なら..............その在り方チョベリバナイスでバッチグ」

「もういい分かったやめろ。やめてくれ頼むから」

「冗談だ。いや、相応に言葉を選んだつもりなのだがな」

「選ぶ必要なんかない。..............こういう時はただ二言、ありがとうとこれからもよろしくでいいんだよ」

「勇者と魔王がこれからもよろしくとは、なかなかに笑えるな」

 柔らかく微笑む勇者に小さく苦笑してから、魔神は告げた。

「誓おう。その勇猛に敬意を表し、今一度世界を見つめ直すことを」

「ああ。世界征服は、また今度だな」

「止めてくれるなよ」

「どうかな」

「くっ..............ははっ、はははっ」

 野望が潰えたというのにその笑みはどこまでも清々しく。

「はははははっ!」

 勢いで勇者を抱き上げ、熱を取り戻しつつある氷点下の世界で、彼はけたたましく笑い声を上げ。

「ああ、敗けた! 敗北した!」

 高らかに、己の敗北を宣言した。

 こうして。

 ほとんど誰もが預かり知らぬうちに。

 万物を凍りつかせようとした魔王は勇猛果敢な勇者によって敗北し、世界は救われた。


 あれから一年。

『ようこそ、愛澤学園へ! 君たちが強き"魔導師"となることを心から祈っているよ!』

 魔王はいた。

 国立愛澤魔導学園、異世界からの来訪者から世界を守る魔導師を育てる学園の入学式に。

 パイプイスに座り、その金髪を輝かせていた。


 これはそんな物語。

 野望を失い、しかし胸の内に秘めた祈りを失わなかった魔王の英雄譚。

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