期待に応える男
短編7。
妻と娘が写っている写真を胸ポケットにしまい、俺は叫ぶ。
「スリーツーワン、インパクト!」
空から落ちてきた重量物が物凄い轟音を鳴り響かせ、地響きが大地をブワッと伝わっていく。車内にいる俺たち3人も強い衝撃を感じたが、空中降下訓練で慣れている。俺たちが乗っている兵器 ーーー 6つの足を持ち、大砲と機関銃を備えた歩行戦車 ーーー ブリッツMk.Vを落としていったドラゴンは、もう遠くの彼方にいる。
「インパクトクリア! 敵の対空トーチカを600M先に目視! 装弾手、マシンガンに着け。操縦手、トーチカ側面200Mまでフルスロットル。」
ハニービー、ハニー(この車両の愛称)は一歩を踏み締め、徐々に速度を上げ、5M進んだ時には時速35KMに達する。ガシャガシャという足音が耳障りだ。
車長である俺はペリスコープを覗きこみ、前方を警戒する。100M進んだところで装弾手のグレッグが咳き込み始める。俺も直ぐに喉からイガイガした痛みを覚える。つまり、車内にハニーの"吐息"が溜まり始めてきた。魔道式機関で動いているブリッツシリーズは、通常のエンジンの排気ガスよりも強い害を及ぼすガスを吐く。エンジンが直ぐ隣に設置されているため、一応備えている排気筒で処理し切れずにガスを充満させてしまいやすい。
「ガスマスク装着。」
2人に支持してから俺もマスクを装着し、念のためハッチ開閉レバーを引いてハッチを開く。外から中が丸見えになってしまうが、効果的な排気方法はこれだけだ。レバーを戻して手でハッチを閉め、再度ペリスコープを覗く。敵のトーチカ前、正面の塹壕から、ライフルを持った歩兵が10人走ってくるのを確認する。
「グレッグ!ザコ共を薙ぎ払え!」
指示した直後、機関銃の連続的な発砲音がけたたましく鳴る。10人の歩兵は5秒も持たず正しく薙ぎ払われ、血を吹いて土に伏す。雨が降っているらしく、べちゃりという音が周りに響いた。しかし俺たち3人はハニーの心臓の音しか聞こえない。
「歩兵が何人来ようが足を止めるな! あの対空トーチカの破壊を2000人の優秀な空挺歩兵が待っている。」
ハニーが敵の頭蓋骨を踏み潰す。それも俺たちには聞こえない。それに聞こえていたとしても、気にするものか。
トーチカまで後400M、時速は30KMほど。直ぐだ!
しかし事は上手くいかないものか。突然ハニーの足元から金属の破裂音がする。途端、重力の向きが変わったように俺たちは車内の前面へと投げられ団子になる。ハニーは地面を削るような凄まじい音を数秒立てせ、静かになった。
「なんだ! 何が起きた!」
俺は2人に中で待つよう言ってから側面ハッチを開き、外に顔を出す。トーチカが100M先に見える。ハニーは前足二つと左中足を塹壕に嵌め、力なくだれている。右中足が関節から先が完全に爆ぜ消えている。恐らく鋳造が甘くヒビでも入っていたのだろう。破裂した衝撃でバランスを崩し、100M以上も余計に滑ってしまった!
そしてそんな矢先、トーチカからガラス玉の付いた木製の杖をこちらに向ける男の姿が見える。
「機関のパワーをシールドに全て当て衝撃に備えろ!」
叫びながら車内に飛び込み、ハッチをキツく締める。直後、爆発音が車体を包み込む。機関はたった一撃を受けただけで煙をあげてしまう。
トーチカにいた男は魔術師だ。それもこんな前線にいるということは、かなり力のある職業軍人。
「車外戦闘準備。装弾手、砲機能は?」
「いつでも撃てます、サー。」
「操縦手、後何回あのオカルト野郎の攻撃を受けれる?」
「後1発……いや、後2発受けれるはずです。」
厳しい状況には違いないが、ミッション完遂に支障は無い。犠牲を厭わなければ。またもや爆音が身体をビリビリ震わせる。
「砲でトーチカ破壊後、俺が外に出て敵を引き付ける。2人はその隙に魔導式機関を後部から引き出し回収、撤収地点へ向かえ。」
「軍曹!……いえ、なんでもありません。ご一緒できて光栄でした。サー。」
揉める時間も無いと全員がわかっている。俺たちは直ちに仕事につく。
機関のパワーを砲に当て、10ポンドの榴弾を3発立て続けに発射する。火薬を使わないため、トントントンといつ独特の音がした。トーチカは連続的な爆発を受けて崩れる。
ハッチを開き、俺は外へ飛び出す。遠くから十数人の歩兵がやってくるのが見える。だが塹壕の中では、大勢いたとしても意味が薄まる。銃撃されるも曲がり角に身を隠し「クソッタレの弱虫共、俺が相手をしてやる!」と吐き捨てる。一刻も早くハニーから離れなければ。
ガツン、ウゲッ! 後頭部を硬いもので打たれる。俺は歯軋りをして意識を保ち、硬く食い縛りながら振り向き様にそいつの顔面に弾丸をお見舞いする。リボルバーひとつでは足りない。俺はそいつの持ってる自動拳銃を拾う。それから2、3、4、5と殺していく。スコップを持った敵にマスクごと耳を切り落とされるが、頭突きをして鼻をへし折り、腹に弾丸を何発も浴びせる。6。
腿にナイフを突き刺して来たヤツの顎を蹴り上げ、勝手に舌を噛みちぎって悶えてる所をナイフを刺し返す。7。
激昂して正面からバカみたいに走ってくるヤツらをピストルで迎え撃つ。8、9、10。
ピストルの弾が切れ、先程のスコップを拾い、近くにいたヤツの首を切り裂く。後ろに気配を感じ、振り返ると同時にスコップを叩きつけようとする。
しかし、それは止められた。思わず声を漏らす。魔術の見えざる念力で止められた。それも5M先から!
魔術師はピストルの銃口をこちらに向けている。
ここで死ぬのは怖くないが、この魔術師をみすみす生きて返すわけにはいかない。まだ時間を稼ぎたかったが、俺は諦め……グレネードのピンを引く。
「これも止められるのか、どうだ!」
成功するかどうか確かめる間も無く、俺の意識は消える。もう俺の仕事は終わった。少なくとも2000人の期待には応えれた。
だが、我が家で待っている2人の女性の期待には応えられなかった。