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トウリ

 トウリは黙祷をする際、薄目を開ける。みんながまぶたの裏で祈りをささげている間も、トウリだけは縦横に伸びる光を見ている。その理由を聞くと「真っ暗の中よりも、明るい方が好きだから」と、彼は言った。しかし、特別な信念を持っているわけではなく、トウリはただ祈ることに対して何らこだわりを持っていない。

 この国には、満月が昇った夜が明けるころに黙祷をおこなう風習がある。国中から集まった百数十人足らずの全国民は花をたむけ、南北に高くそびえる崖から、わずかに垣間見える太陽に向かって祈る。彼らがいったい何に向けて祈っているのか、その対象については、長い時代の流れの中で消失し、現在ではこの黙祷は形骸化している。しかし、彼らはこの国の「生き方」に従って日々の生活を過ごしているため、そのことに疑問を抱く者はいない。

パフリと呼ばれる村から少し外れた丘陵地帯。そのうちの丘の一つ、湿り気に満ちた野草の上に、こじんまりとした石造りの献花台が作られている。そこには大量の花が捧げられていて、朝もやの隙間から注がれる陽光を待ち望んでいる。病欠のリヒドの代わりで先頭に立つトウリが黙祷のそぶりを見せると、後ろに並ぶ人々も首をうつむけて祈る体勢に入る。

 特に祈ることのないトウリは顎を上げ、今日するべきことを反芻しながらぼんやりと立ち尽くしていた。薄く開いた目に穏やかな陽光が徐々に広がっていく。

 そこへ、黒い影が光を遮るようにトウリの視界へと滑り込んできた。上から下へと落ちるように、あっという間に現れ消えた物体に驚き、目を大きく見開いた。しかし、一面に怪しい何かは見当たらない。後ろを振り返るも、みんな顔をうつむけているため、トウリが見ていることにすら気がつかない。

 もしかしたらと、トウリは怪訝な表情を作りながら手向けられている花の元へ目をやる。黙祷中に動き回ることは規則に反する。だが、信心深くもないトウリはそのことを気にも留めずに、ゆっくりと花の元へと近寄っていく。

 台の中をのぞき込むと、見たこともない白い布が入っていた。それが中にうごめくものを包む布であることに気づいたトウリは、静かに手を伸ばし、めくってみる。そこに赤ん坊と思しき姿を認めた。

「うわぁっ」

 思わず後ずさりし、驚きの声を上げると、黙祷中であった国民たちが顔を上げた。睨まれたトウリは首を大きく振り、供えられている花の方を指さす。

 無傷の赤ん坊は、小さく早い呼吸を、穏やかに繰り返していた。


 トウリはリヒドの元を訪ねることにした。リヒドが眠っている小屋へ向かって太陽を背後に歩いていく。落ちてきたと思われる赤ん坊は、パフリの村長宅へ一時的に預かってもらうことにした。

 小屋を視界に捉え、トウリは駆け出した。この事態に国の人々は不安を抱いているようだったが、トウリは逆に好奇心に満たされていた。トウリの性格はこの国の中でも稀である。

 トウリにとって、リヒドは先生である。トウリは小さいころから非常に活発で、両親は「『生き方』にそぐわない」と感じるようになった。そこで両親は、「生き方」について深い知識を持っているリヒドに、教育を施すようお願いをした。「生き方」に従順なおとなしい子に育ててくれ、と。しかしリヒドはそれを拒んだ。

「この子の性格は持つべくして持ったものである。強引に捻じ曲げようとすることの方が、むしろ『生き方』に悪影響を及ぼしかねない」

 トウリはリヒドに託されることになった。両親は、もしかしたら破天荒な性格が矯正できるかもしれないという望みにかけた。だが、リヒドの言ったようにトウリは、活発さはそのままの、すこし頑固な青年へと成長を遂げた。そのため、トウリの両親はリヒドをよく思っていない。

 トウリは息を切らしながらも、まっすぐに小屋の玄関の取っ手を掴んだ。心臓が熱を含んだ血液を体中に流し込んでいるのがわかる。はやる気持ちを抑えきれず、トウリは扉を大きく開いた。

「リヒド! 赤ん坊が落ちてきました!」

 円形の小屋内の左右には、高々と本棚が置かれ、乱雑に本が積まれていた。その多くは厚いほこりをかぶっていた。トウリがトタトタと一直線にリヒドのいる部屋へ駆け寄ると、ほこりは一斉に舞い上がり、陽光に照らされて白く形を現す。

 部屋を区切る扉に手をかけたところで、トウリの動きが遅くなった。リヒドは安静にしている。一歩あとずさり、改めてノックし、丁寧に扉を開けた。覗き込むように周囲を見回してから、するりと室内に入り込んだ。

 一人の老人がベッドに腰を掛けていた。白く長いひげが伸びている。汗だくで息を切らしているトウリを見てフッと笑った。

「騒々しいな。私は病人だぞ」

 リヒドは近く七十歳を迎える。その割には健康体で、今回のように体調を崩す方がめずらしい。笑う口元や眼差しには若々しささえ見て取れる。

「あぁ、すいません。そんなことより赤ん坊が……」

「そんなこととは、お前は私のことを心配してないのか」

 謝りながらも、トウリの目は輝きに満ちていた。リヒドは小さく息を吐き、長いひげに触れた。遠くを見るように天井を仰いだ。

「赤ん坊が落ちてきた、か。トウリ。お前に話しておきたいことがある」


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