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第3章 ガルシアの悲劇④

「…っはぁ、気付かれたか!?追っ手は?」

「大丈夫だ、まだ」

暗闇をひたすら駆ける。

あの戦いの後、フォルテの言った通りに、ガルシアの村の方向へと出兵命令が下った。そして極限まで距離が近付いた今夜が、この奇襲の実行日。食事が配給される前に、事の旨が兵士達に告げられた。…レスとエルはそのどさくさに紛れ、抜け出した。

結局レスの意見で、機密を漏らしたのが誰か特定できないように、全員が計画を耳にした時点での離脱となった。万が一レスとエルが捕らわれても、フォルテまで行き着かせない為だ。また単純に、離脱する機会がなかなか無かったという理由もあった。

というのも、今回のガルシアの村での殲滅計画は、大勢のガルートを相手にすることを考え、普段より多くの兵士達が動員されている為である。

「見付かったら終わりだ…」

「後ろ見るんじゃねぇ!前だけ見てればいいんだよ!」

エルに叱咤され、レスは顔を前に固定する。前方に小さな光の塊が見える。あれがガルシアの村の筈だ。暗くて分かりにくいが、この道もかつて母に手を引かれた道だろう。

-…レスには解っていた。エルがガルシアの村人を救うためだけにレスに加担しているわけではないと。そんな甘い奴の筈がない。…ガルシアの村のガルート。彼等を救い、言葉巧みに気持ちを乗せ、まさに両国が恐れる『第3勢力』をつくろうとしているだろうことは手に取るように解っていた。

「急げ!あと少しだ!」

エルに急かされ、村の全体像を捉えることが出来る距離に来ると、暗いにも関わらず、懐かしさで胸がいっぱいになった。

それを振り切り、レスは記憶を辿り、村の最奥にある村長の家へと急ぐ。橙の街頭が灯る村の道は平和そのものだ。道を歩く数少ない村人は、村を猛スピードで駆け抜けるふたりの少年を、怪訝に目で追った。

「あった!あれだ!」

ひときわ古く見える石造の家。その戸を、力任せに叩く。

「開けろ!開けてくれ!」

大して待たずに戸が開いた。

「…どなたですか」

そう言いながら、戸の陰からレス達を窺ったのは、銀髪の少女だ。

レスの顔を見て、目を丸くする。

「…あなた…!」

レスは刹那緊張を忘れた。

「…セ…」

驚く程にすぐ判った。セイラだ。母の友人シラの娘。村長ジアスの孫。

髪が伸びたな、などどうでもいいことが頭に浮かぶ。幼い頃の記憶が甦る。それをぶったぎったのは、エルの言葉だ。

「レス、知り合いか!?ッでも感動の再会してる場合じゃねぇだろ!さっさと知らせるんだ!」

レスは我に帰ると、セイラの肩を鷲掴みにする。

「そうだ!村長は!」

「えっ…」

セイラは困惑した。

「会議に行くと言って何日か前に、村を発ったわ…」

「!」

レスはエルを見た。

「…畜生どっちの国の策略かはどうでもいいが、緊急時に村の重役いないことで、さらに村人を混乱させようって意図かよ…せっこいぜ」

エルの頭の回転は速い。舌打ちして、身を乗り出した。

「おいお前!誰でも良いから人望ある奴呼べ!」

「なっ…」

焦るセイラ。当然だ。曲がりなりにもオルディアの兵服を着た兵士がふたり、夜分に押し掛け、必死の形相で問い詰めているのだから。しかも片方は行方を眩ませた幼馴染みだ。

「シラさんで良いんだ!早く!」

セイラはおろおろしながら中に入ると、シラを呼び出した。

シラは飛び出し、レスを目にした瞬間、「レス!」と叫んだ。髪の毛がすっかり白くなっているのを見て、その今までの心情を知る。

「あなた…生きて…!」

目にみるみる涙が溜まるのを見て、胸が締め付けられる。だがこの人を助ける為にも。一刻を争う。

「シラさん!今…ッ」

その瞬間だった。


ドォン!

という重低音。


「え…」

その場にいた全員の目は、外に向けられた。


村が炎上していた。


「な…んで…?」

レスは愕然とした。

どうして。こんな早くに。オルディア軍が動くにはまだ時間があったはずだ。両国が同時に襲撃するであろうことは暗黙の了解だった。まさか情報にすれ違いがあり、アンティアが先に…-。

「これは…」

口を押さえるシラを見て、レスは思考を止めた。今考えても仕方がない。早く避難させねば…。

「何…?」

家の中からセイラが出てくる。そして目の前の状況を見て、崩れ落ちた。

「レス!どうする…!」

エルに話し掛けられ、レスはセイラの腕を掴んだ。

「…避難させてくれ…誘導を、頼む!北東側に山に出る小さな通路があったはずだ!」

「…それはレスが…」

「俺は村人に事態を知らせにいかなくちゃならない…知らせなきゃ。行かせてくれ…!」

懇願すると、エルは静かに頷いた。

「…無事に通路を通して、山に逃れさせれば良いってことだな」

「そうだ」

「わかった…もしかしたら…ここで別れになるかもしんねぇな」

そう言うと、互いの拳と拳をぶつけ合った。大丈夫だ…そう言い合うことの、代わりになる。

「レス…!」

レスを見詰めるセイラ。レスは微笑み、彼女の手を引いて立ち上がらせた。

「ちゃんと逃げろよ。…エル、こいつを頼んだ」

「了解」

エルは早速セイラの腕を掴み、走り去った。連れて行くエル。連れて行かれたセイラ。レスはその両方と、名残惜しげに視線を交えた。


「…シラさん」

「…言わなくとも何となくは解るわ」

シラの瞳が鋭く光った。

「両国の戦争に見せかけ、ガルシアの村を滅ぼす魂胆です…早く逃げてください」

「いいえ」

シラの声は震えている。それが恐怖ではなく、武者震いなのではないかなど、どうして思ってしまったのか。

「いいえ。戦うわ。私達に喧嘩を売ったこと、死んでから後悔すればいい」

戦闘民族。その血を最も濃く引き継いだ者達だ。

レスは説得を試みる。

「攻撃が始まったばかりの今なら、応戦しても勝てるかもしれません。だけど今回の戦いに導入した人数は尋常ではありません。また火薬を使い遠方から攻める形をとるので、肉弾戦ではどうも…」

-…そうだ。この村の人口はわずか60人程度。子供を引けばさらに少ない…。いくらガルートとはいえど、勝ち目はない。

シラはそっと、 レスの頭を撫でた。

びっくりした。

「あなたの母を殺し…そしてこんなに早く、あなたを大人にしてしまった…そんな奴等は、万死に値する」

「シラさん!」

シラは呼び止める声も聞かず、剣を引き抜くと、家を飛び出して行った。

最早それは、勝ち負けに関係なしに…ただ相手を殺したい衝動に駆られた、シラではない『何か』だった。

どうしたら。

レスは急いで、村人に避難を促すことを決意した。

また、ドォン、という音が連続して聞こえる。

それはオルディア軍の到着を告げていた。


「逃げて!逃げてくれ!」

レスは叫ぶ。

燃え盛る炎。ところどころに倒れた兵士。地獄だ。

「オルディアの兵士だ!」

そう言って狙われることを想定し、兵服を脱ぎ捨て、誰もいない民家に入ると服を拝借した。

こうして気付いたことは、もう村には殆ど誰もいないということだ。大人は、戦闘に出てしまったのだろうか。

苦しい。…無益な戦いを思い、吐きそうだ。

「…レス?」

ふと呼ばれた。振り返ると、見慣れた顔がある。

「よお!」

若い女性。確か昔遊んでもらった。

「生きてたんだな、お前。良かったよ…何でここにいるのかは知らねぇけど」

「あのっ…子供は」

「もう逃がした。北東の通路に、何人かの大人を連れて向かったよ」

一旦胸を撫で下ろす。しかし、まだ訊ねたいことはあった。

「どうなったんですか、村は…」

「大人は外に出て兵士達を狩ってる。若いのは村に残って、出動待ちだ」

「………」

もう駄目だもう止めてくれ。レスはその場にうずくまる。

何もしていないこの人達は。これからも何もしないだろうこの人達は。下らない憶測のために根絶やしにされようとしている。平和に住んでいた村を焼かれて。復讐に燃えて、憎んで。

-…どうして。

その時、レスの耳に、村に進入してくる兵士の足音が飛び込んだ。


「………」

ただ、目の前にあるものを、斬った。撃った。

色んな所で聞こえる。悲鳴。怒声。それもいつの間にか止んだ。

村は一夜にして壊滅していた。

掌を見る。血にまみれて…これが自分の血なのか、他人の血なのか、わからない。

村にごろごろ転がる人は、もう息絶えている。それは当然だ。

レスは黙って村の外に出た。

オルディア軍の陣営は跡形もなく崩れていた。倒れている兵士は皆斬られている。中には知った顔もある。…いちばん端に、シラが倒れていた。苦しそうでもなく、でも嬉しいには程遠い顔で、死んでいた。

アンティア軍の陣営もオルディア軍と同じ状況だ。

-…なんてことだ。ガルシアの村のガルートは、この大人数と…共倒れした。

もう何も言えない。どうしようもない。

レスは再び村に足を運んだ。

入り口で、茶髪の少年が倒れている。

レスは、心臓が止まる思いがした。

うつ伏せの彼を抱え、仰向けにする。

目を閉じて。安らかな顔で。

フォルテは、逝ってしまった。

「…フォルテ…?」

自分の頬を伝ったのが涙だと、解らなかった。

彼がどのようにして死んだか、知る者は誰もいない。そして彼がここで死んだ事実を知る者は、レスのみであった。

フォルテ耳についている、黒のピアスを、そっと外す。

「…弟に、届ける」

誓うよ。

その声は掠れていた。

フォルテは動かなかった。


「…エル…セイラ…」

彼等は無事に逃げたか。

もうそれだけが望みだ。

皆死んでしまったのだから。


誰もいない。

とうとうひとりになってしまった。

どうして生き残ってしまったのか。

どうして死ななかったのか。


自ら命を絶ってしまいたかった。

でも、大切な人々が生きていたことを知る自分が死んだら。

誰がこの人々のことを語れるだろう。

出来ない。

生きなければいけない。

こんなに心が死んでいても、心臓は動いている。



廃墟と化した、壊滅した街。まだ血の跡は生々しい。空が昼間にも関わらず暗いのは、曇っているため、そして舞い上がる砂埃のためだ。

そんな中、レスは、人の姿を視界に捕らえた。


彼こそが、赤髪の王子クラウディオ。

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