第1章 片腕の兵士
「クラウディオ王子!」
名前を呼ばれ、クラウディオは振り返った。精悍な顔つきの赤髪のアンティアの王子は、今年で24になる。
オルディア国との戦は、随分と長引いていた。もとはひとつだったオルディア国とアンティア国の王族には血の関係がある。それを口実に相国が相国を滅ぼして支配せんと攻め込み、開戦して、今年は11年目だ。成人したクラウディオに現国王から軍の指揮権が移ってからは6年。戦状はアンティアに徐々に優勢になりつつある。
軍隊長は血で汚れた頬を拭い、報告する。
「オルディアは完全に撤退しました。この砦は我等が手に」
「…そうか」
クラウディオは大した感動も無さげに素っ気ない返事をかえした。
「…やはり相当見晴らしがいいな」
「そうですね」
クラウディオの見下ろす先には、青々とした平原が延々と広がっている。
先程まで激しい攻防が繰り広げられていた、石造りの強固な砦の、ここは見張り台だ。王子であるにも関わらず、クラウディオは真っ先に砦の中へと駆け込み、オルディアの兵士をなぎ倒して、ここまできた。クラウディオが、見張り台にいたこの砦の分隊長を倒すと、オルディアの兵士達は散り散りになり、この砦を後にした。
小さな城と呼んでも差し支えないだろうこの砦は、オルディアの東の端。ここを陥落させ、ついにアンティアはオルディアの領内に足を踏み入れたことになる。
クラウディオと軍隊長は、足元の屍をよけ、見張り台を後にしながら、会話を続けた。
「しかし、すごいですね陛下」
「何がだ?」
長い回廊を進むと、兵士達が勝利に微笑み、クラウディオと軍隊長を一礼して出迎えた。だが、ひとりだけ真顔で立ち尽くす少年がいる。数々の兵士の中でも一際目立つ、返り血で兵服を朱に染めた少年だ。軍隊長はその少年を指さし、言う。
「そいつですよ」
「…あぁ」
軍隊長が指差した、少年。漆黒の髪色に赤の瞳、軍の主力…クラウディオが8年前に『拾った』、レスだ。
「まだ14かそこらでしょう」
「いや、奴は16だ」
「どちらにしろ子供ですよ。なのにあの強さ」
「ガルシア村の生き残りだからな」
レスは、クラウディオと軍隊長が、自身の話をしていると感付いたらしい。露骨に顔をしかめ、速歩きで無遠慮にクラウディオに近付くと、舌を出した。
「俺のこと喋ってんのか?文句じゃねぇだろうな」
ぶしつけな口調に、しかしふたりは慣れていた。レスはクラウディオの従者という名目ではあったが、軍隊長がたまに、このふたりは兄弟なのではないかと疑う程に、ふたりの関係は親しかった。
「違うぞ。お前が子供っぽいって話をしてた」
「はあぁ!?失礼だぞ、おい」
と、その時だ。
「あああああッ!!」
と遠方から雄叫びが聞こえた。全員が驚き目を見張ると、クラウディオ達と対峙するように、回廊の遥か遠方に、オルディアの兵服を着た、ふたりの兵士が立っていた。
「許せん、アンティアの王子ぃぃ!その首切り落としてやる!」
「…全員撤退したんじゃなかったのか」
クラウディオは眉を潜めた。軍隊長がすかさず答える。
「はぁ…まだ残っていたようですね、申し訳ありません」
大して申し訳なさそうではないが。
どちらにしろ、多勢に無勢。あのふたりも報復をしたいというよりは…クラウディオのことは本当に憎いんだろうが…派手に死にたいだけだろう。
「…まぁいい」
クラウディオは嘆息する。
回廊にいるアンティアの兵士達は皆、剣あるいは銃を、我が狩らんと構えていたが、クラウディオは凛とした声で、ただひとりを呼んだ。
「レス、行け」
瞬間。
もうレスは動いていた。
弾丸とも見紛う速さで回廊を駆ける。
…兵士は主にふたつに分類される。ひとつは、接近戦の要となる『ソードマン』。名の通り、剣を武器とする。足腰が異常に発達し、人間ばなれした能力を持つ、ガルートの一族が大半だ。ガルートとは、アンティア・オルディアの人口の3割程を占める、戦闘民族である。
もうひとつは、『スナイパー』。ただ単に銃を扱う者達。また、オルディアの開発した技術により、戦争でなくした身体の一部に武器を取り付けた者達が、近年増加している。
レスはまさにそのどちらの性質も兼ね備えた、言うなれば戦の申し子だった。ガルートの血をひき、左腕に銃を持つ。しかもどちらの性質も出色の出来。
「~ッ!」
レスが吼えた。
走りながらも左腕から発砲された弾丸は、そのままオルディアの兵士の片方に当たる。
右肩を貫かれた兵士は、小さく悲鳴をあげて、ドサッとその場に崩れ落ちた。
「…ッこの!」
仲間を倒されたもうひとりの兵士は、憎しみをありありと顔にたたえ、地を蹴る。見た目には判断しかねるが、動けばすぐに分かる。このスピード…彼もまたガルートの一族、ソードマンらしい。
「あああッ!」
兵士は剣を引き抜き、まっしぐらにレスの懐を狙いに行く。
対するレスも右腕で腰の剣を引き抜いた。
ソードマン同士の闘いは、極めてスピードが速い。刹那、レスと兵士の影が重なり、次の瞬間には兵士が倒れた。
クラウディオには、レスが兵士の腹部をえぐりとったのが見えた。
「…おぉぉ」
アンティア軍から感嘆の声がもれた。ソードマンとしてのスピード、スナイパーとしての正確さで、レスを上回る者はおそらくいないだろう。
レスは何事も無かったかのように振り返り、誇らしげな顔でいい放った。
「こんなに強い俺が、子供なわけないだろう!」
「………」
その場にいた全員が沈黙した。
そういうところは、とても子供っぽい、と。
「しっかしレスはさぁ、その左腕ってことは、子供の頃に大怪我したんだろ。今はそんなに強いのに信じらんないな」
アンティアの王城の名は、やはりアンティア。クラウディオと一部の兵は、砦から帰還した。その中にレスと、レスが同世代で一番親しい、スナイパーのフォルカーも含まれていた。
「ああ、これな。4歳の時に戦争に巻き込まれてさ。ガルートっつっても子供の頃は筋肉も発達してなくて、常人の子供と同じで非力だからな。死にかけてるとこオルディアの兵士に拾われた」
「拾われた!?」
「あぁ」
まさにそう表現するに相応しい、とレスは思った。その頃のオルディアは人体武具接続の実験で、実験台を欲していた。レスはさぞかし手軽だったことだろう。囚人のような扱いを受け、無理矢理左腕に武器をとりつけられた。
思い出して少し気持ち悪くなったのを察したのか、フォルカーはそれ以上の追究はしなかった。
「レス、この後どうするんだ?」
空は暗くなり始めていた。先程解散命令が出て、今日はこの後は自由に出来る。兵士達の宿舎へと繋がる渡り廊下を歩きながら、レスはあくびをした。
「あー…宿舎戻って寝る」
「それがいいかもな。オレもそうしよう」
と、不意に背後から咳払いが聞こえた。
レスとフォルカーが振り返ると、そこにいたのはクラウディオである。
「ぅおッ、王子!」
ビシッと敬礼したフォルカーと対照的に、レスは「うげっ」と声を上げる。この後寝れない予感がする。
クラウディオは薄っぺらい笑みを浮かべて言い放った。
「おいレス、残念ながらお前は寝れないぞ」
「やっぱりな」
「そもそも寝ようとするな。お前、一応俺の護衛だろ」
「チッ」
「舌打ちするな」
「仕方ねぇ…じゃあなフォルカー」
「お、おう」
レスは渋々フォルカーに別れを告げて、歩き始めたクラウディオの背後につく。クラウディオは早歩きに、絢爛な廊下を進んだ。
「お前に聞かなければならないことがある」
クラウディオの声は静かだった。いつも冷淡で、あまり感情は表に出さないクラウディオであるが、8年側にいることによって、レスはその内心を少しは察せるようになってきた。
きっと今、クラウディオは怒っている。
「…何だよ聞きたいことって」
クラウディオは自室前まで来て、その扉を開いた。簡素だが上品なこの広い自室に、クラウディオは、庶務と睡眠を取る時にしか立ち入らない。薄暗い室内を、クラウディオが灯した蝋燭が照らす。
椅子に腰掛け、クラウディオは言った。
「お前、俺に隠し事をしているだろう」
「…!」
レスは息を呑んだ。
どうして、と心の中で呟く。いつもと同じだったはずなのに。
「…してねぇよ」
「………」
クラウディオはレスから目をそらさない。レスの方が目をそらしてしまった。
「…左肩」
クラウディオの呟きに、レスは無意識に左肩を押さえた。
「俺を騙せると思うのか。相当な深手だな?」
「…そんなでもねぇよ」
「嘘だな。見せろ」
「………」
命令されれば逆らえない。
レスは渋々マントを外し、兵服の左肩側を下げた。
左肩の…武器との接続部分には、包帯が巻いてあった。血が滲んでいる。レスは無言でその包帯をほどいた。
包帯がほどかれ露になる、皮膚と鉄の境目。そこが化膿して、目も当てられない状況になっている。
…レスが左腕に武器を取り付けられたのは、オルディアのザルグという実験場。今こそ武器接続の技術は一般になりつつあるが、それは当時ザルグが非人道的実験を、成功するまで数多繰り返したからだ。レスはまさにその実験の犠牲者で、一応取り付けに成功してはいるものの、あらゆる部分が不完全だ。それは身体にとって大きな負担となる。
「…はぁ、お前…」
大きな溜め息をひとつ。クラウディオは頭をかかえ、続けた。
「この間のメンテナンス行かなかっただろ」
武器接続の技術は、アンティアもオルディアに対抗して開発を始めたが、特許を得た技術者間で、無理なく行われている。だから発展は遅いが、信頼はできる。武器を身体に持つ兵士は、3ヶ月に一度、城の専属の技師が行うメンテナンスを受ける規則だった。
「前回は、遠征中だったから、行かなかったんじゃなくて行けなかったんだ」
「…そういう時は俺に言え、頼むから。そもそもメンテナンスじゃなくても、こうなった時点で技師の診察を受けてくれ」
不機嫌そうな顔でレスの肩の傷を見て、クラウディオは呟くように言った。声はあまりにも切実で、今自分は心配されているのだと、レスは感じた。
「とりあえず、この後すぐ技師の所に行け。ついでに薬剤師にも診てもらう」
技師も薬剤師も医務室にいるはずである。
早急な対策だった。
「…俺が戦えなくなると困るからか?」
馬鹿な質問をしたと思ったが、クラウディオは困った子供を諭すように、答えた。
「…あぁ、そうだな。お前がいなかったら、軍の攻撃力は格段に下がる」
「………」
「だから、無理するなよ」
「………」
返事はできなかったが、レスはなんとなくくすぐったい気持ちになりながら、小さく頷く。
-…実は、ずっとクラウディオに訊きたいことがあった。
『何故あの時、自分を拾ったのか。従者にしてくれたのか。今、こんなに優しくしてくれるのか』。
「…今は訊かねぇ」
「?何か言ったか?」
「何も」
レスはマントを羽織ると、クラウディオの自室を後にしようとする。その後ろを、クラウディオがついてきたので、レスは突っ込む。
「お前、ついてくるのかよ!」
「レスは後から尋ねても結果を隠すだろう。俺が直に聞かないと信用できない」
「かっ、隠さねぇよ!」
「いや、隠す」
「仕事してろよ!次の攻撃の計画を練れ!」
「もう決まってる。俺は仕事が早いからな」
「はぁあ!?」
口論しながら歩く様は、さながら兄弟のようであった。
†
「急患だ」
医務室にクラウディオがひょっこり顔を出すと、書類を書いたり薬品の調合をしたりしていた薬剤師達は、一斉に立ち上がった。
「お、王子!」
「診てもらいたいのはこいつだ。技師はいるか」
クラウディオがレスを指差すと、部屋の奥にある白いカーテンの仕切りから、技師がひょいっと顔を出した。
「あぁ、王子様!たった今、別の急患の診察を終えたところですよ。こちらへ」
眼鏡をかけた、なんとなくひょうきんな技師は、手招きをした。カーテンの向こうは、急患用のベッドが並んでいる。レスはそこに入って息を呑んだ。
先客は少女であった。白銀の長髪。どこか儚い顔つきだ。上体を起こして、ベッドの上に座っている。まくりあげられた、アンティアの兵服のズボンの右足から覗くのは、武器ではないが、おそらく義足。
「彼女、王子達が砦を落としてる間に行われた試験にパスして入隊した、新人ですよ。ソードマンとしての素質は目を見張るものがあります。右足が義足であるにも関わらず」
少女のガラス玉の瞳が、レスを映した。女の兵士。しかも義足の、ソードマン。
「…これは珍しいな」
クラウディオが呟くと、少女は気だるげに視線を移し、彼を見た。
「セイラ君、こちらはクラウディオ王子だ」
「!」
技師の紹介に、少女…改めセイラは、僅かに目を見張る。
「そしてこちらがレス君。ソードマンとしてもスナイパーとしても、彼に敵うものはおそらくいないだろうね。あ、一応クラウディオ王子の従者」
「…なんでどいつもこいつも一応ってつけるんだ…」
セイラが思い切り睨んでくる。何故かレスはだらだらと冷や汗が垂れた。
「さて、レス君、左肩だね」
「あぁ」
レスはセイラの2個隣のベッドに腰掛けると、左肩を露にした。
「…うわぁ、これは」
技師は口元に手を当てて、レスの肩を見つめる。
「結構酷いよ。前にも言ったでしょ。君のは現在普及してる接続の仕方で、接続されてない。実験段階当時の接続の仕方だから、神経がやられやすい。だからメンテナンスには必ず来いって言ってるのに…」
技師は薬剤師を呼びつけ、薬の調合をさせ始めた。鉄の接続を確かめるために、慎重に左肩に触れてくる。
「…って…」
「あぁ、ごめん」
痺れるような痛みが走った。技師は難しい顔で、さらに鉄部分を持ち上げたり関節部分で曲げてみたりをくりかえす。人に触られていると、鉛のような腕の重みを、一層実感する。
「…君、これから死ぬまでこれをつけていたら、遠くない将来左肩が腐るよ、比喩じゃなくね」
「なん…」
眼鏡を押し上げながら呟かれた技師の言葉に、絶句するクラウディオ。レスは視線を流した。
例によって、技師には同じことを再三言われていたのだが、クラウディオには伝えていない。クラウディオはやはり、という顔でレスを睨んだ。
「これを取り外して、新しいのをつけられたら良いんだけど…残念ながらその技術はまだアンティアにないよ」
丁度のタイミングで薬剤師が手渡した薬をレスの肩に塗り、技術は手早く手当てを施していく。
「暫く動かしちゃ駄目だよ。痛みはひくけど、治るわけじゃない。これはあくまで応急処置だからね」
レスが頷いた時だった。
「…レス」
よく響く、芯の強い美しい声。声の出所を探して、レスはあからさまに驚いた。それまで沈黙に撤していたセイラが、話しかけてきたのだ。
「貴方が噂の『アンティア最強』だというのなら、是非ともお手合わせ願いたいわ」
「は…」
いきなり喋って、なにを言うかと思えば。
セイラはこちらを見つめている。表情は一見変わらないようで、目の輝きは先程と全く異なる。
「…いや、お前会話聞いてたか?俺は暫く腕が動かせない」
「私は女性よ?左腕一本使えないくらいで負けるかしら?いいハンデになるわ」
「…お前も怪我してたんじゃないのか」
「私は部品が一ヶ所外れていただけだから、すぐ治ったの」
見た目に似合わず好戦的な。レスはヒクッと顔をひきつらせる。
「従者をお借りしていいかしら、王子様?」
「…俺としては無理はさせたくないんだがな?」
クラウディオが小悪魔の笑みを一蹴して尚、セイラは食い下がる。
「なら、王子様がお相手して下さる?王子様もガルートの血を少しお引きになっていて、相当お強いって…」
「俺がやる!」
クラウディオを引き合いに出されて、レスは思わず口走り、しまった、と思った時にはもう遅い。
「…なら、お相手願うわ」
セイラは実に美しい、だが挑発的な笑顔で、言った。
「レスお前、俺が負けると思ったのか?」
「…っせぇなぁ…俺としてもお前がガンガン戦おうとするのは気にくわないんだよ、護衛として」
城の西にある兵士の訓練場に移動して、レスは30メートル以上の距離をおいてセイラと向き合った。
芝を踏みつけ佇む銀髪の少女は絵になるがしかし、これから対戦する相手である。レスは深く呼吸して、セイラを見つめた。
「…お手並み拝見だ」
「負けるなよ」
「当然だろ」
1対1の真剣勝負は、訓練でもよく行う。だから、相手がどれ程のものかは、向かい合った時点で悟れるようになってきた。…セイラは少なくとも簡単な相手ではない。少女だからと甘く見るつもりは、毛頭なかった。
クラウディオはふたりの中間へと歩いていき、開始の合図を発する。
「始め!」
その声を聞き、 レスは全速力でセイラに向けて駆け出していった。セイラも同様だ。片足が義足とは思えない速度で迫ってくる。レスは剣を引き抜いた。距離は一気に縮まり、鋭い金属音が響き渡り、レスとセイラの刃が交わった。
この時点で互いが進んだ距離はほぼ等しい。これが何を示すかというと、セイラがレスと同等の速さだ、ということだ。
「…この」
レスは笑った。馬鹿力女が。口には出さずに、あくまで内心で呟いた。近距離で剣のさばきあいになると、否応なしに相手の力が分かる。到底女性とは思えない腕力だ。一回フォルカーと戦ったことがあるが、もしかしたら力はフォルカーを上回るのではないか。フォルカーの本職はスナイパーなので、ソードマン程の腕力は要求されないにしろ、それにしたって、レスよりも身長の高い、男だ。これはおかしい。
暫く剣を交え、レスは一旦距離を置いた。
「どうしたのかしら?やっぱり腕一本使えないとなると、私にも劣るの?」
「馬鹿言うな」
レスは左腕を撫でた。憎たらしいなこの女、撃ちてぇ、などと思ったのは、気のせいだったことにする。
再び体勢を調え、互いに相手に斬りかかった。
「…ッ!」
セイラの顔が若干歪む。剣を交わらせる一瞬だけ、レスが左腕も使ったからだ。重みは桁違いに違うはずである。
「卑怯よ」
「使うなってルールはねぇだろ。もう使わねぇし」
セイラは額に汗を浮かべて、笑った。ガラス玉の瞳は、真っ直ぐにレスを見る。視線が、はっきりと絡み合う。そして小声で、言った。
「…やっぱり貴方、レスね」
レスも笑った。
「…お前も、随分変わったが、セイラか」
「…死んでたかと思った。でも噂を聞いて、まさかと思って調べたわ。生きてたのね…」
「俺もお前が生きててほっとしてる」
セイラはクラウディオを僅かに見た。小声な上に、剣をさばき合う音にかきけされて、クラウディオに会話は聞こえていないはずである。
「…まさかこんなところにいるなんて」
「俺としても想定外だ」
「とりあえず話があるの。明日の早朝に、宿舎の屋根の上でいいかしら」
「あぁ」
実に淡々とした会話が続く。再会を喜ぶことは今は出来ないし、そういう気分でもないからだ。セイラの話とは、雰囲気から察するに…そして過去の記憶をたどり、繋げて考えるに、クラウディオに聞かれるのは非常にまずいこと、だろう。ふたりは暗黙のうちにそれを了解していた。
「でもレス、片腕なことを差し引いても、やけに弱いんじゃない?『最強』の肩書きは嘘かしら」
レスはニヤッと笑った。
「さあ、どうだろう…なっ」
言うと同時に、レスはセイラの剣を横に流した。セイラの体勢が崩れたところを狙い、素早く柄の部分に刃を叩き込もうとするが、セイラの反応は早かった。一度はレスの剣を弾き返す。だがレスは右腕の全ての力を総動員して、さらに間髪入れずにもう一度、柄を狙う。
ギィン、と鈍い音に続き、セイラの握っていた剣が宙を舞う。
セイラはその軌道を目で追い、次にレスを見た。その顔は笑顔だ。ただし、闘争心が露にし、獲物を見つけたような、そんな笑顔。
「…貴方が嫌いだわ」
「俺もだ」
レスが剣を鞘に収めたところで、クラウディオがふたりに近づいた。
「レスの勝利だな。どうだった、セイラ」
その問に対するセイラの返答は素早かった。しれっといい放つ。
「強かったわ。噂は本当だったようだけど、もう一度戦えば勝敗は分からないわ」
「よく言うな」
クラウディオがレスに向き直る。その視線を受けて、レスは目をそらした。
「お前、一度左腕使っただろう。この後は絶対安静だからな」
「………」
「こら、返事くらいしろ」
「…分かった」
不意に思い出した。今の居場所は本物ではない。
クラウディオの優しさが、レスをかえって苦しめることなど、クラウディオは知るよしもないだろう。