ナマ部にて
ファミマがファミリーマート、
プレステがプレイステーション、
ギロッポンが六本木で、
キムタクが木村拓斗(E組のブサメン)の略称だとくれば、
ナマ部とは当然、生物部のことを指す。
生物部……?
そんなの、この学校にあったか?
地味すぎて存在すら怪しかったが、
とりあえず担任に生物部の体験入部をしてみたいと言ってみた。
顧問を紹介され、あっさり了承された。
そして今、俺は生物部部室の前にいる。
部室とは何てことはない、生物実験室のすぐ脇にある実験準備室のことだ。
ここには、たまに授業で使用するテレビが格納されている。
なるほど、この部屋を自由に使えれば、これが見放題というわけか。
「失礼しまーッス」
俺は勢い良くドアを開けて中に入った。
顧問が話を通し、先輩部員が活動内容を説明してくれるとのことだった。
「やあ、よく来たねぇ」
やけに甲高い声の、しなびたキュウリのような顔の貧相な小男が居た。
「うッス、体験入部に来た生野です」
「僕は佐藤っていうんだ。まあよろしくねぇ」
佐藤という男、佐藤以前にキュウリだ。キュウリは俺を見上げて言った。
「おお、体デカいねぇ。180はあるだろ?」
「186ッス。柔道やってたんで……」
こいつが部長なのだろうか?俺が尋ねると、キュウリは首を横に振った。
「いやいや、僕は”元”部長。部長は僕の目の前にいるよぉ」
この部屋には俺とキュウリしか居ない。
「君が部長。だってここの部員、ゼロだしねぇ。
たぶん、幽霊部員はいると思うけど、
僕は顔すら知らないからねぇハハハハハッ!」
キュウリが突然発した奇声は、どうやら奴の笑い声のようだ。
「あ、僕はOBねぇ。三年なんだよぉ。残念だけど一緒に部活はできないなぁ。
僕、もうすぐ公務員試験うけるんだよぉ。ほら、市の職員採用試験」
俺は役所で書類にハンコを押すキュウリを想像した。
「はあ……すいません。忙しいときに時間とってもらって」
「いやいや、いいのいいの。僕としてもちゃんと収穫まで終わらせたかったし。
それに引継ぎもしたかったしねぇ。といっても部員いなかったんだよねぇハハハハッ!」
キュウリは突然笑いのスイッチがはいって困る。
ん?収穫って何だ?
……いや、それ以前に根本的な質問をキュウリにする必要があるな。
「すいません、俺何もしらないんスけど、そもそも生物部って何やる部なんスか?」
俺の阿呆のような質問に、キュウリはしれっと答えた。
「うーん……自由?」
なんで疑問符つくんだよ。
「自由ッスか……」
「結局何をやるかは君しだいだねぇ。
まあ、基本は裏の畑をいじるんだけど、土仕事嫌いならしなくていいし。
実験室の水槽に何か飼ってみるのもいいけど、面倒なら飼わなくてもいいし。
そもそも部活したくなくて帰りたかったら帰ってもらって全然いいしねぇ。
まあ、だから部員いないんだけどハハハハハハッ!
あ、そしてこのテレビ。もし見たい番組あったなら、ずっと見てても良いよぉ」
なんというやる気のなさ。
山田が好きそうな環境だ。
でもテレビ見放題というのは結構魅力だな。
地下室じゃない分、授業を抜け出すのには使えなそうだが、
昼休みにいいとも見れるな。
俺は部そのものじゃなくて、部室を気に入った。
「まあ、こんな部だけど、どう?」
「すばらしいッス。興味でてきたっス」
部室にな。
「ふうん。じゃあ一応案内だけはしたいから、良かったら裏の畑に一緒に来る?
まあ来なくてもいいけど」
キュウリは部室の奥のガラス戸から外へ出て行った。
俺もそれに付いて行った。
「春に一応、いろんなもの植えたんだ。そして今は実りの秋というやつだねぇ。
でも部活はとっくに引退したし、収穫する時間がなくて」
案内された先は、畑とは名ばかりの雑草の海だった
「ほら、君が今まさに踏んづけてるのがホウレンソウ。で、こっちが白菜。
となりがサトイモ、向こうはジャガイモ。手入れ適当にしててもそれなりに育ったものだねぇ」
そのほかにもキュウリは植えているようだった。
だが、雑草に埋もれた野菜はどれもこれも手付かずのまま、放置された状態だった。
収穫とは、これのことか。
「そうそう。よければ君も手伝ってくれない?まあしたくなかったらしなくても全然いいけどねぇ。
最初は疲れるかもしれないけど、やってみると意外と楽しいものだよぉ。
もし手伝ってくれたら、とれた野菜自由に持っていっていいしねぇ。親御さんよろこぶと思うよぉ」
とりあえず暇と体力を持て余していた俺は、キュウリの言葉に頷いた。
しかし俺は柔道で生きて生きた男だ。
畑仕事はやったことがない。
何をしたらいいのかさっぱり分からないのでキュウリの指示に従う事にする。
ハサミを渡されて、茄子を摘んだり白菜を摘まなかったり、土にクワを入れたりした。
地下で腐っていた体に汗がにじんでくる。
予想してたより力仕事だった。
キュウリは予想してたより親切でいい奴だった。
作業の合間合間に、畑仕事の概要をわりと的確に説明してくれた。
きっと採用試験に合格したら、よい役所職員になるに違いない。
まず一番最初の仕事として、畑を耕さなければならないが、最悪耕さなくてもいいということ。
土には肥料を与えるべきだが、面倒なら与えなくてもいいということ。
種を播く場所にクワを使ってウネを作ったほうが好ましいが、疲れたなら作らなくてもいいということ。
播種適時が来たら、いよいよ種を播くが、うっかり時期を外れてもいいということ。
種にかぶせる土は、種の三倍量くらいでいいが、ドサドサかぶせて足で踏んづけてもいいということ。
「種から芽が出てきたらある程度間引きしたほうがいいけど、
まあ初めてのときは分からないだろうし、しなくていいと思うよぉ。
そのうちドンドン雑草生えてくるけど、取っても取らなくても良いよぉ。あと……」
「ちょ、ちょっと、先輩。さっきからやってもやらなくてもいいって、そればっかじゃないッスか」
「だってこれ、売り物じゃないし、実際そうだもの。
そもそも農業ってのは、植えた後どうなるかは、ある意味植物まかせなんだよねぇ。
だから僕らの行動が結果に直結するとは限らないわけ。
人生と同じで、なかなか思惑通りに進まないものなんだなぁ。
あ、ちょっと言い訳入ってるけどねぇハハハハハ!」
キュウリの言葉は山田が言った台詞と間逆だった。
先日の柔道部の一件を見た限りでも、こちらの方がよほど真実味がある。
収穫は思ったよりも時間と労力の要る作業だったが、三日ほど付き合うとあらかた終わった。
「はい、ごくろうさま。おかげで助かったよぉ」
先ほどまでサトイモが植えられていた場所には、等間隔に穴が開いてある。
なんかよく分からんが、妙な達成感がある。
この感覚、スポーツに似てる……か?
「まあ、こんな感じだよぉ、うちの部は。もちろん畑は荒らしたままでもいいし。
どう?入部する気になったかい?」
俺はカバンから入部届けを出した。
キュウリは「ふうん」と言ってそれを受け取った。