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N高徒然記  作者: 電球
4/8

神サマの助言

 

 



俺は部長に川田のスカウトを命じられ、

本日、川田に話をつけようとして昼休みを待った。

メシが終わると、川田はいつもどおり一人で小説を読んでいる。


話しかけようと、席を立ってあいつの席に近づいたその瞬間、

川田の棘のある視線がぎろりと俺を見据えた。


(こ、怖ええ……)


俺は何とも自然な感じで口笛で東京ブルースを鳴らし、そのまま川田の席をスルーした。

ふう、あぶねえあぶねえ……。


 



「もうよ、川田を動かすのは無理だってその時悟ったね。

っていうかさ、話するのだけでも敷居高すぎんだよあいつはよ」


俺の話を聞いているのか聞いていないのか、山田はジャンプを熟読している。

俺はそれを無視して続ける。


川田に友人かなんかが居ればそいつに話を通してもらうことも可能だろうが、

奴は極端に人付き合いが悪いときてる。

もともとクラスメイトは川田に興味がないわけじゃなかった。

川田は目つきのキツさに目をつぶればちょっとした美人だし、

何より長身で人目を引くからだ。

どうしても目立ってしまう。

実際、裏では野郎連中の評判は、実は良かったりする。

しかし本人は筋金入りの人嫌いだった。

話しかけても「ええ」とか「そう」とか、けんもほろろな態度をとられるし、

全身から霧状の”話しかけるなオーラ”が常にあいつを包んでいて、他人を寄せ付けない。

そこに輪をかけたのが俺が投げ出されたあの事件。

クラスメイトは皆、川田に完全に気圧された。




「……」


俺の話が終わっても山田は相変わらず黙りこくったままだった。

ランタンで照らされた不健康なその姿は、冗談抜きで屍のようだ。


「山田、聞いてたか?俺の話」


俺が遠慮がちに尋ねると、愛想のない返事が返ってきた。


「ああ、聞いていた。おかげで君がいかに馬鹿であるのかが良く分った」


山田はようやく視線を俺のほうに向けた。

その声は相変わらず聞き取れる限界くらいまで小さいが、早口になっている。

明らかに苛立っている証拠だ。


「だから何だって言うんだ。そんなこと、僕には関係ない。

そんな話を僕にしてどうしようというんだ?

その川田とかいう女傑相手に助太刀でもしろっていうのか?

僕は喧嘩すごく弱いぞ」


「いや誰もそんなこと頼んでねえよ。お前なんだかんだで頭良いじゃんよ。

これさ、なんか複雑な話だろ?

俺じゃ手に負えなくなりそうで、いい解決方法ないかと思ってさ」


山田は腕組みをして、深いため息を吐いた。


「君は馬鹿か?いや、確認するまでも無く君は馬鹿だったな」


癪に障る奴だ。


「僕に言わせれば、君だけじゃなく、その柔道部の部長も、川田とかいう女子も馬鹿だ。

こんな馬鹿な話、どこが複雑なものか。

すこし冷静に考えれば解決法なんていくらでもあるだろう」


「おう、まじか!さすがだな、山田」


俺の露骨なおべっかに、山田は露骨に厭そうな顔を返した。

奴は常に安定してテンションが低い。


「しかし僕は気に入らないね。

なんの努力も対価も無しに、他力本願で円満解決を図ろうとする君のその態度がだ。

だから僕はこの件に対してノータッチだ。

そもそも君に力を貸す理由なんてこれっぽっちも無いのでね」


山田の根性はどうしようもなくひねくれている。

その思考回路は毛糸の塊を遊び盛りの子猫に貸してやった状態と同じくらいこんがらがっている。

天邪鬼なこいつが相談を持ちかけられて、

はい、そうですかと二つ返事で頷くとは俺としても考えていなかった。

だから俺は罠を用意しておいた。

こいつめ、まんまとかかりやがったな、阿呆め。


「……そうか。それもそうだよな」


俺は急にしょぼくれたフリをした。できるだけ、元気なく。


「じゃあ残念だけど、俺そろそろ授業にもどるわ。山田、そのジャンプ。悪いが返してもらうぜ」


これは賭けだった。

山田はどういったわけか本への所有欲が理解不能なほど強いのだ。

依然、俺の友人にここの漫画本を黙って持ち出した奴がいたが、

そいつは以後決してこの部室を利用させてもらえなかったと聞いた。

山田は読みかけのジャンプを手放さない、そう踏んだ。


「……おい。おい、待て」


賭けは俺の勝ちだった

席を立とうとした俺を、奴は引き止めやがった。


「まあそう急ぐな。次C組は笹原担当の現文だろ?

奴の授業はハルシオン並に睡眠作用が強いからな……。

あれの話を聞くくらいなら、僕の話のほうがよほど君の為になるだろう」


俺は内心ほくそ笑んだ。


「ほう。それは俺に知恵を貸してくれると解釈しても良いのかな?山田先生」


俺の言葉に山田はいかにももったいぶって頷いた。

阿呆め。





「昔、人間の行動と、それに伴う結果を、末端にたくさんの枝葉の繁らせた大樹に例えた哲学者が居た。まあ、君のように無学な人間には当然知るべくも無いが。

今、君は大樹の幹にのっかったアリンコだ。

頂上の葉っぱまでたどり着いて餌を確保したいが、途上の道は幾重にも枝分かれしている。

つまり、これから君がどう動くかによって、到達するエンディングは分岐するという訳だ。

そしてそのエンディングは幹から分岐した先に存在する因子――

つまり今回は、柔道部部長と川田という女子だな、

これらの性質をよく分析することである程度の予想がつけられる」


山田先生の弁は淀みなく続けられた。


「アリンコもできるだけ頂上にある美味しい葉っぱを喰いたいだろう。

重要なのは、数あるエンディングの中で”まし”な成果を達成するルートを見極め、

そこに到達するのに必要な行動のみを実行することだ。

それにより”まし”な未来を最小限の努力で勝ち取ることができ、心の平穏を留めることができる。

人生とは常にそうあるべきものだ」


俺は心底感心していた。とても引き篭もりの言葉には思えない。


「言ってることは分かるけどよ。

俺は馬鹿だからさ、何をするべきかイマイチわからねーんだよ。

だからお前に相談してるんだっつーの」


「心配は要らない、君の頭の悪さは織り込み済みだ。

これから僕が君の未来について懇切丁寧に解析してやろう」


山田は俺にとって最良のエンディングを模索してくれることになったらしい。


「まずは、そうだな……。

これから君は教室に戻り、そのでかい図体に小さじ一杯程しか存在していない勇気をフルに振り絞って、川田に勧誘を申し入れたとする」


「だからさ、それこそ無駄だって。

テニスとかバレーとかならともかく、柔道部だぜ。

川田も一応女子だし、返事は絶対NOだろ――」


「一々うるさい奴だな、君は。まあ黙って聞きたまえ。

僕としてもこれは非常に愚策であると考える。

冷静に考えて、年頃の女子高生が汗臭い柔道部員にいきなりうちの部に入れと言われた日には、

ドン引きすること請け合いだろう。僕なら絶対に嫌だと答えるね。

そして万一……文字通り一万分の一の確率という意味だが、

万一、川田が柔道部に入る事を了承した場合、

君はクラスメイトの女子と、毎日バラ色の部活動生活を送ることになるわけだ。

そんなラブコメのような展開を迎えることはこの僕が許さない。

よって、君は教室に帰っても、川田に話をつける必要はないというのが僕の結論だ」


「じゃあ、どうするんだよ?」俺は身を乗り出して聞いた。


「川田が柔道部に入らない。これはもはや既成事実だ。

そして柔道部の部長が言っていたな。

勧誘に失敗したら、試合で川田に勝てと」


「おいおいおいおい、それこそ実行不可能じゃねえか・・・・・・」


「そのとおりだ。川田がよほどの変態じゃない限り、試合を了承しないからな。

だから僕は柔道部部長も馬鹿だと言ったんだ。

スポコン漫画の読みすぎじゃないのか?実に野卑で短絡的な思考の持ち主だ」


山田は会ったこともない部長をこきおろした。


「だが、川田の了承無しに柔道の試合を行うことは十分可能だ」

「ほう、どういうことかな?」


いやな予感しかしないが、俺は一応聞いてみた。


「君が投げ飛ばされた件から察するに、

川田という女子は、普段は物静かだが、内心は相当な激情家のようだな。

そこでだ。君はなんでもいい、人格を酷く傷つけるような罵詈雑言を彼女にぶつける。

さすれば彼女は激昂し、また君に襲い掛かるに違いない。

君がいかに怠惰な柔道部員だろうと、その図体に、相手は女子だ。

落ち着いて迎撃すれば今度は川田に完全勝利し、完膚なきまでに叩きのめす事が可能だろう。

そして部長は面子が立ったと諸手を挙げて喜ぶのだ」


この腐れ外道め。

ランタンに照らされた顔はまさに悪魔のそれだった。


「それ、さすがに川田がかわいそうじゃねえか・・・・・・」

「君はやられたことをやり返すまでだ。何の問題もないし、一件落着するじゃないか。

ただし、この方法を実行した場合、君の株、特に女子からの信用は大きく下がること間違い無しだ」


山田はニヤニヤ笑っている。クソが。


「それ却下だろ、リスクでかすぎてリターンが部長の喜ぶ顔だけとか、ねえわ」

「全く君は注文が多いな。僕が用意した残りの選択肢はもう一つだけだぞ、心して聞け」


俺はうんざりしていた。

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