AI小説にはタグをつけてほしいのです
はじめにおことわりですが、このエッセイはAI小説の是非を問うものではありません。
使うか使わないかは個人の自由だと思っています。
そして、レベルを問うものでもありません。
AI小説は面白くないという意見をよく聞きますが、私は先日、AIが生成したという掌編を読みました。とてもいい出来栄えで、心に沁みるものでした。
長編は未読なのでわかりませんが、AIのレベルはどんどん上がっているし、作者の心がけ次第でもっと上がると思います。
そのうえで言いますが……。
AI小説には、ぜひともタグをつけて、その作品がそうであることを示してほしいのです。
タグは内容について使うものでしょ、というお声もあろうかと思いますが、「AIが生成した内容」ということで、広義に捉えていただきまして。
たとえばBLが好きな人は、そのタグを見て作品を読もうと決めますよね。逆に苦手な人は、タグを見て読むのをやめることを決めます。
ざまぁとか悪役令嬢とか、シリアスとかメリバとかについても同じ。
タグはそのためにあると思うんです。つまり読者が選ぶために。
それなら。
「AI作品を読みたくない人が、タグを見てそれを避ける」という状況が許されてもいいはず。
逆に「AI興味ある」という人が選ぶ可能性だってあるんだし。
作品を読んでもらう側の人が、読んでくれる人にタグで中身を教えることは、当然のマナーではないでしょうか。
これは私個人の事情ですが、私はいまのところ、AI作品を読みたいとは思いません。
だって積ん読がいっぱいあるから。積んブクマも山ほどあり、溜まる一方です。それでもつい新しいものに手が伸びてしまうんですが、機械で作ったものを読むくらいなら、人間が書いたものを先に読みたいんですよね。
それに、読書というのは視力と体力と時間を使います。無限にできるわけではありません。
特に私なんて、ドライアイで老眼で肩こり、若くないから残り時間だって有限な人なので。
それらを使ってまで読書して、それが人間ではなく機械生成だったと知った日には……。私の視力を返して、時間を返してってなりますよ。
いくら無料の読書でも、お金では買えないものがあるのです。
私の場合、AIだと知らずに読んで、それがつまらなかったときはまだいいんです。
そもそもつまらなければ最後まで読まないし、短いからうっかり全部読み、あとからAIだとわかったとしても、「なーんだ、やっぱりこの程度なのね」って、ちょっと腹が立つだけ。
問題は、それに感動したときです。感動したり「この作家さん、うまいなあ」と感心して、その後に事実がわかったら……。
がっかりする。失望する。なんだか騙された気がしてしまう。
上手いと思っていた絵が、実は模写だったと知ったときみたいに。
丁寧だと思っていた手編みの服が、実は機械編みだったと知ったときみたいに。
心打たれた小学生の作文が、実は先生の添削済みだったと知ったときみたいに。
これは作品レベルの問題ではありません。作者に対する信用の問題です。
個人的には、まるごとAI使用ではなく、背景描写だけとかモブ描写だけとかという場合でも、それを明記してもらいたいところ。
使用割合にも寄りますが、そういう部分にこそ筆力の差が出ると私は思っていて、そこをきちんと書いている作家を尊敬します。
だから、そこだけAIというのは困るんですね。評価がちがってしまいますから。
それと、もうひとつ大事なポイントがあります。
それは、AI使用と未使用が混在していると、作品を読んでいて「これって実はAIかな、それとも人力かな」という雑念が入ってきてしまうこと。
この雑念が出てくると、作品世界に没入できなくなってしまいます。
まあ、そんなことを考えない読者様が大半かもしれませんが……。でも私は自分が書き手であるせいか、どうしてもそこが気になってしまうんですね。
漫画の場合、絵が伝える情報、視覚が伝えるイメージは強烈なので、雑念があっても勢いで読んでしまったりします。
でも小説は、漫画とはちがう。
単なる文字を、読み手が頭の中でイメージしながら読み進む。つまり読み手のイメージ力がすべてです。
でも、疑念を抱いているとイメージ作業がうまくいかないし、うまく没入できません。
そして、没入できない読書体験ほどつまらないものはない。
まさに時間の無駄。そんなことをするのなら、新聞を読んでいたほうがましです。
新聞は基本的に事実しか書きませんよね。書いたのがAIだったとしても、事実ならそれでいい。そのための新聞なんだから。
でも、小説はそうじゃないでしょう?
だから、読む前に示してほしいのです。作品の出どころが、いったいどこにあるのかを。
私の考えでは、まるごとAI生成の場合は「作者AI 管理者○○」です。
ストーリーが自作で執筆だけAIの場合は「原作○○ 文章AI」。
アイデアだけが自作の場合は「原案○○ 作者AI」
漫画の世界だと「原作○○ 漫画△△」という表記が普通ですよね。誰もかくしてないし、それで評価が落ちることもありません。
背景にアシスタントを使うのは普通で、それを公言してもいる。
だったら小説だって、かくすことはないと思いませんか?
ただ……。
この問題の悩ましいところは、いくらAIを使っていても「証拠がない」「作者以外、絶対にわからない」というところですよね。
創作物の盗作が認められていないのは昔からの常識ですが、盗作が少ない本当の理由は何かといえば、「いつか必ずばれる」「ばれる可能性がある」という恐れだと思っています。
ゴーストライターが書いた小説があったとして、ライター自身が公表を望んでいなくても、本人は真実を知っている。うっかり口をすべらせる可能性がある。
ところが、機械はうっかりしません。どこかで口をすべらせて「その作品、実はおれが生成したんだよ」なんて絶対に言いません。
真実は、機械を使った人間自身にしかわからない。どんなにあやしいと思っても読み手にはわからないし、なろうの運営さんにもわからない。
本人のモラルに期待して、「タグをつけてください」とお願いする以外に方法がない。
だから、このエッセイを書きました。
とりあえず……私が注目しているのは、公式企画の夏ホラーと冬童話です。歴史のあるふたつの企画、どれだけたくさんAIが活躍するのかと思いますが……。リワード目的の人がイセコイより少なそうだから、そうでもないかな?
童話がAIだらけになるのは、勘弁してほしいなあ。童話祭が好きなので。
ホラーは私は苦手だから、普通は読まないんですが、AIが書いたホラーってどんなふうだろう。すごく怖そう。または、残虐描写があまりできないから、そうでもないとか?
もしもホラー企画でタグがついている作品があったら、興味本位で見に行ってしまうかもしれませんね。
お読みいただき、ありがとうございました。




