抱いたことのない、感情。
その日の夜は不完全燃焼の思いを鏡の彼に当てて発散した。
それ以降はお互いに忙しい学校生活を送った。クラスメイトに友達も増えて遊んだり、僕はサッカー、燈弥はテニス部に入部した。それでもお互いに予定が無ければ、燈弥は日曜日に僕の家に朝早く遊びに来て、夜ご飯を食べて帰っていった。
母さんと三人でアウトレットに行ったり、二人でゲームセンターや映画を見にいったり、兄弟としてできなかったことをしていった。
母さんはいつでも来ていいからねと言うけれど、父さんには黙って来ているみたいだった。父さんは毎週日曜には朝から出かけて夜遅くまで帰ってこないらしい。だから燈弥が家に朝からくるのは日曜日だった。
そんな感じで過ごして桜が散って花弁が雨で流されて、その雨が終わって夏がやってきた。
僕も燈弥も夏生まれだから、夏は無性に大好きだった。
暑い日差しで目が覚めた日曜日、燈弥は家に来てもずっとスマホを気にしていた。そわそわと落ち着きが無くて、スマホに通知が来るとすぐに開いて何かをしていた。
どうしたの? と僕が聞いても燈弥はなんでもない、というだけだった。
そんなはずがない。
僕はお昼ごはんのソーメンを食べた後、燈弥を部屋に引き連れて尋問をした。勉強机の椅子に座らせて、僕は腕を後ろに組んでその前に立った。
「な、なんだよ」
「それはこっちのセリフです」
僕は尋問官になったつもりで話した。
「あなたは今日、家に来てからスマホを見てばかりです。妙にそわそわしていて、落ち着きも無い。何があったのか正直に話しなさい」
「な、何もないって」
燈弥は目をそらした。そしてスマホの通知が鳴った。
「それなら、その通知を見せなさい」
「嫌だよ。プライバシー侵害だ」
僕は燈弥の脇をくすぐった。僕は脇をくすぐられるのが弱いから同じことは分かっていた。白状しなさい、と言いながらくすぐると燈弥は降参します、と白旗を立てた。
「来週、夏祭りに行くんだよ。女の子と」
燈弥はスマホの通知に返事をしながらそう言った。それを聞いた瞬間、胸がギュンと締め付けられた。
正直に燈弥が誰かとデートをするのが嫌だと思った。燈弥が誰かにとられてしまう。胸がざわめいた。そんな気も知らずに燈弥は話をしてくれた。聞いたのは僕の方だったと反省した。
隣の学校の女の子で、向こうから誘ってきてくれたと燈弥は嬉しそうに話した。女の子から声をかけられるなんて今まで無かったしなと目を輝かせる。
どんな女の子なのだろうかと想像してしまう。手は繋ぐのだろうか。キスは、燈弥の黒子に触れるのだろうか。考えるだけ体の中が鉛みたいに重くなる。僕は息を大きく吸って落ち着かせた。そしてそれは良かったね、と言った。ここまで気持ちのこもらない、良かったね、は言ったことが無いと思う。
僕はその夜、燈弥が帰った後で鏡の中の燈弥と触れ合った。鏡の中の燈弥は僕の言うことを聞いてくれるし、どこにも行かない。
僕にしか触れられない。
僕は彼に恥ずかしいポーズや表情をさせて一緒に興奮した。一緒に尽き果てた。そして鏡に飛んだ液を一緒に拭いた。
この燈弥はどこにも行かない。僕は彼と目を合わせることで心の中の鉛が少し溶けた。




