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9話 例えばこんな馴れ初めだって

「というわけで、冒険者としての活動は1週間後には再開できるよ」

「ほーん。そりゃあよかった」


 アーチェの報告を聞かされたノヴァは棒読みな返事を返す。

 はじめはアーチェに目も向けず、古い魔法の資料に目を通していたが、ふと顔を上げて熱いお茶の入ったコップをちびちびと飲む彼女に目を向ける。


「で、それを俺に聞かせてどうするつもりだ?」

「いや、怪我を治してくれたのはノヴァだから、ちゃんと完治したよって報告しとこうと思って」

「あのババアが診てるって知ってんだからそんなに心配してねェよ」


 鼻で笑うノヴァ。

 アーチェは目をパチパチさせた。


「……へぇ。てっきり『俺が治したんだから心配なんてする訳ねェだろ』的なことを言われると思ったけど……心配はしてたんだ?」


 アーチェが意外そうに言うと、ノヴァは笑みを引っ込めて舌打ちをした。


「……俺が、回復魔法の練習を始めたのは半年前とかそこらだ」

「うん?」

「だけど、ババアは回復魔法を極めた、その道ウン十年のベテラン治癒魔術師だ。今のところ俺より傷の見極めは信用できる。……それに」


 ノヴァは一瞬、目線を本に落とした。


「まあオマエも一応女なんだし、傷痕残っても嫌だろ」


 ハン、と1つ憎まれ口を叩いて、アーチェを見遣った。

 そして、おや、と思った。

 彼女は目をパチクリさせていたのだ。

 てっきり「一応じゃなくちゃんと女ですけど!?」と怒ってくるかと思っていたのに。


 アーチェは少しばかり首を傾けた。


「ノヴァは体に傷がある女は守備範囲外なの?」

「……ハ?」


 その問いかけに、ノヴァの頭が一瞬真っ白になった。何を問われたのかがすぐに理解できなかったのだ。

 ノヴァは頭の中でアーチェの言葉を反芻して言葉の意味を理解すると、口を開いた。


「……いや、別に」

「そっかぁ。ならよかった」


 アーチェは笑った。


「冒険者をしていれば、どうしても傷は増えるからさ。ゼインの回復魔法とか、ポーションでも治せないところはこれから出てくると思う」


 両手で持つコップを時折回しながら、喋り続ける。


「でもね、私は傷だらけの体を別に恥じるつもりはないんだ。それだけたくさんの冒険をして、いろんな経験をして、仲間を守った跡なんだし」


 アーチェは自身の左胸の辺りの服を鷲掴む。

 そして、ノヴァに真っ直ぐと目を合わせた。


「だから、それも全部愛してくれるんなら、それほど幸せなことはないと思っているんだ」

「――」


 濁りも嘘もない、透き通った彼女の決意が瞳に宿っていた。

 ノヴァは喉を絞められたような感覚になる。言葉が何も浮かばなかった。


「ノヴァ」


 勇者とお姫様が旅する寝物語。

 そこに出てくるお姫様のように、アーチェもノヴァに恋ができるのか。

 それは分からない。

 今、ノヴァに抱いているこの感情が、恋と呼ばれるものなのか、それとも幼馴染み以外の男性をただ意識をしているだけなのか。

 経験が殆ど無いアーチェには判断がつかなかった。


 でも。


「私はきみを守りたいと思っているし、私じゃどうにもならないようなピンチの時には守って欲しいとも思っている。だから」


 お姫様のようにずっと傍に付き添うことはできる。

 一緒に笑い、反省し、泣いて、喜ぶ。

 隣にいれば自然とできることだ。

 そして、それは、アーチェにとって幸せなことであると、確信していた。



「きみの隣に立つ女の子の権利を、私に譲ってほしい」



 私の隣に立ってほしい、と。

 アーチェが微笑みながら告げると、ノヴァは硬直した数秒後には顔が真っ赤になっていた。


「……あー」


 ノヴァは顔を掌で覆うが、赤い耳は全く隠せていない。


「あのー……そう、そうだなァ……」


 ぐっちゃぐちゃにされた気分を落ち着かせるためか、何度も深い呼吸を繰り返すノヴァは目線があちこちに飛んでいた。


「……とりあえずオマエいきなりイケメンになるのやめてくんない? もうちょっと段階踏んでくれないとさァ、俺の気持ちの整理が追い付かないんですがどうしてくれるんですかー?」


 ノヴァはなんとか気持ちを落ち着けたところで、減らず口を叩いた。

 自分から告白したかっただの、男としてのプライドなんてもう存在しなかった。とりあえずこの女の焦る顔でも見て余裕を取り戻したかった。

 最悪である、この男。


「考える時間が必要なら返事はまた後でもいいよ。私もいきなり過ぎたし……。でも、どうするかはハッキリしてほしいから、まあ……1週間くらいあったら気持ちの整理はつきそう?」

「俺の横に立つ権利なんて金払ってでもくれてやるから是非ともオマエの横に立つ権利を俺に売ってほしい金ならいくらでも出すいくらほしい言い値で買ってやるよ買わせてくださいお願いします」


 速攻かつ冷静に打ち返されて逆にノヴァが焦った。

 折角のチャンスが目の前にあるというのにお預けにされるとか正気を保てなくなる自信しかなかった。

 目の前にぶら下がったニンジンを追いかける馬みたいになりたくなかったため、考えもせずに口から欲望が漏れ出ていた。


 真顔で早口になるノヴァとは違い、アーチェは可笑しそうに笑っていた。


「お互いの隣に立つ権利で等価交換でしょ? まあ、強いて貰うんならお金じゃなくて装備品がいいな。この間の指輪みたいな付与(エンチャント)がされていたら、ちゃんとノヴァの隣に戻ってくることができるし、ノヴァも多少は安心できるでしょ?」


 更なるイケメン的な言動に、ノヴァは心をぐっちゃぐちゃにされた。

 男としてのプライドなんてとっくにポッキリとへし折られている。


 ノヴァは頭を抱えて顔を隠した。


「……あの」

「うん」

「できれば……本当にできればでいいんですけど……彼氏にさせてください……彼氏がいいんです……」

「声ちっさ」


 蚊の鳴くような声にアーチェは思わずツッコんだ。そして、首を傾ける。


「彼氏でいいんだけど……それ以外の選択肢あったの?」

「俺が……魔法薬飲んで女になるとか……」

「なんで!?」


 それは男としての完全敗北宣言であった。

 次回投稿は3月24日、火曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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