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8話 悩める乙女

 サーベルタイガーとチョンチョンの討伐達成から数日後のこと。


 アーチェの前には老婆がいた。


 ただの老婆ではない。現在アーチェが通っている治癒院に所属している治癒魔術師である。


 また、ノヴァに回復魔法を教えた師匠でもあった。

 この治癒院に通い始めた初日に彼女からそれを教えて貰い、アーチェはつい驚きの声をあげてしまった。てっきり魔法学校で回復魔法を習得していたと思っていたのに、わりと最近になって覚えたらしい。

 なんでもノヴァが頭を下げて教えを乞うたそうだが、アーチェは頭を下げるノヴァが全くイメージができなかった。


 そんな彼女の名はドーラ。


 彼女は、アーチェの胸元を診た後、「よしよし」と頷いた。


「魔力結合に対する拒絶は出てないね。ちゃんと繋がってるな。処方した薬は?」

「飲んでます」

「よし。薬は今渡してる分で終わりでいいだろう。1週間後からは仕事に戻っても大丈夫だよ」

「ありがとうございます……!」


 アーチェはホッとして、彼女に頭を下げた。

 ドーラはフッと口の端を上げて、足を組んでみせた。


「なぁに、礼には及ばないよ。アタシがやったのは他者の魔力に対する拒絶反応が起こりにくくなる薬を作ってやっただけさね」


 回復魔法におけるデメリットとは、魔力の拒絶反応が起きることである。

 回復魔法と一言で言えども、突き詰めれば細胞同士を魔力で結びつかせ、また魔力をもって細胞を創造して欠けた部分に嵌まるように埋め込むという、緻密な魔力コントロールによる修復作業である。

 そのためか、回復魔法をかけた側が、かけられた側の魔力の性質に合わせて魔法を使わなければ、その回復魔法自体が異物扱いされてしまう。対象者の魔力と回復魔法を構成する魔力が反発し合い、魔力が分解されて魔法が解除されるのだ。

 それはつまり、折角塞がった筈の傷口が再度開くということ。


「傷口はあのクソガキがちゃーんと塞いでいた。拒絶反応も殆ど出ていなかった。……ハァ、全く……口の聞き方は知らずとも才能だけはあるんだからねぇ、あの坊やは」

「はは……」


 ケッ、と苛立ちを吐き出すドーラに、アーチェは苦い顔をした。

 まさか師事している相手にも減らず口を叩いているのか、と思ったのだ。

 まあでも、この気の強さだ。ノヴァに何を言われても反論するし、尻を蹴っ飛ばすこともあるだろう。

 初診のアーチェを案内していたノヴァに向かって、ドーラは「てめこらクソガキ患者を口説いてんじゃないよ!!」と華麗にドロップキックを叩き込んでいたのだから。

 ……思い返せばかなりアグレッシブな老婆である。是非ともご自愛して頂きたい。


「で? あのクソガキは今何してんだい?」

「さぁ……今日は依頼を受けない日ですので。多分本屋を巡っているか、自室やギルドの練習場で鍛練を積んでいるかじゃないでしょうか」

「ほーん……あの坊や、意外と熱心じゃあないか。感心感心」


 ドーラは目を丸める。

 アーチェは仲間を褒められて少し嬉しくなった。


 話もそこそこに、アーチェはドーラの診察室から出て、会計の窓口へと向かう。


「あ、アーチェ、診察は終わった?」


 待っていたのはゼイン。

 にこっ、とアーチェに笑いかけたので、アーチェも笑い返した。


「うん。後はお金払うだけ」

「あ、僕が払うよ! アーチェはまだ病み上がりだし、ここで待ってて。ね?」


 ゼインはアーチェを椅子に座らせると、会計へと向かう。

 会計係の女性と会話するゼインの後ろ姿を眺めながら、アーチェは頭を抱えた。


(私って性格悪いのかなぁ~~……?)


 ゼインのパーティー脱退の話で、1ヶ月の期限が迫ってきている。


 だというのに、彼が何かを始めたという話をヒューゴ達からも一切聞かなかった。それなりにゼインと一緒にいるアーチェも、彼の鍛練する所を見たことがなかった。

 影で努力をしているのかもしれない。

 でも、ゼインの魔法を受けても効果が高まったという実感は湧かず、未だに自己防衛もできなかった。そのため、いつも決まって怪我をするのは後方から攻撃をするアーチェである。

 その度に回復魔法を使ってくれるが……本当に、申し訳程度の掠り傷くらいしか治らない。


 この前のノヴァのように、ゼインも大怪我を治せるようになったらいいのになぁ、と。

 せめてゼインも自己防衛くらいできたらなぁ、と。

 ただの通院に着いてくるくらいなら、ノヴァと一緒にギルドで訓練でもすればいいのになぁ、と。


 そう思ってしまうのは、性格が悪いからだろうか。


(……ノヴァだったら『実際ゼインは何もしてないんだから何かできる訳ねェだろ』って笑いそう……って)


 アーチェは「スゥーーーッッ……」と息を吸いながら天を仰いだ。

 ゼインはまだ治癒院の受付嬢と楽しげに会話をしていたから、アーチェの異変に気づかなかった。


(……や、……もう、なんかほんと……うん、ノヴァのことを考えることが多くなってるな……?)


 彼のことを考える度にぎゅんぎゅんバックバクしている胸の奥がうざったい。


 依頼(クエスト)中は守られても守っても、なんなら密着しても、「仲間として当然だ」と平常心でいられるのに、「仲間」の意識を外したふとした瞬間にノヴァのことを「男性」として意識している。

 それが良いことなのか悪いことなのか、まだよく分からない。

 正直、あの性格が悪い男とマトモに恋愛できるイメージが湧かなかった。現在のようなからかいからかわれ、叩いてしばかれ、という悪友のような関係性以上を維持できるのか、と問われると首を傾けてしまう。


(恋する乙女って凄いんだなぁ……)


 思い出すのは、幼い頃に何度も親に聞かせて貰った物語。

 魔王を倒すために生まれた勇者。魔王討伐に向かう勇者に恋するお姫様が、魔法を使って彼と共に旅をするという物語は、子供の寝物語によく使われる。「魔王を見事討ち取った勇者は、お姫様と幸せになりました。めでたしめでたし」で終わる、よく聞く昔話。

 そこに出てくるお姫様のように、アーチェもノヴァに真っ直ぐ恋ができるのか。

 それが疑問だった。


 だけど――。


「アーチェ、お待たせ! 受付嬢さんと冒険の話で盛り上がっちゃって……、? アーチェ? 天井なんか見上げてどうしたの?」


 ようやく戻ってきたゼインが、アーチェの行動を指摘する。

 アーチェは静かに顔を正面に戻すと、「ううん、なんでもないよ」とゼインに笑いかけた。

 次回投稿は3月23日、月曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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