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7話 魔法使いの献身

 地面すら抉り抜いた雷の一撃を放った魔法使いノヴァは、辺り一面に索敵魔法を行使した。

 本当に新手が居ないことを確認した後、倒れた仲間に目を向ける。


「アーチェ! アーチェ!? しっかりしてよ!!」


 アーチェは上半身が血塗れだった。

 血が溢れる胸元は、ゼインが布を当てて止血をしながら回復魔法を使用していた。

 しかし、回復魔法の効果が低いのか、血は未だに止まっていない。


「くそ……くそっ……! アーチェ! アーチェ!!」

「ゼイン、回復薬はっ?」

「全部使った!!」


 ヒューゴの声にゼインは叫んだ。

 彼の周りには回復薬が入っていたであろう小瓶がいくつも転がっている。

 ゼインは涙を溢しながら、悔しそうに顔を歪めて、震えた声を出す。


 ヒューゴは何も言えなかった。ゼインの両手を真っ赤に汚す液体の全てがアーチェから出てきたものだと、理解したくなくて。

 喉がこく、と乾いた空気を飲み込んだ。


「で、でも、まだ血が止まらないんだ……! う、ううぅ……アーチェ……!」


 ごめんね、ごめんね、とゼインは謝りながら、アーチェの頬を撫でた。

 温もりが少し失せた頬は冷たくなり、青白く変色しかけている。

 ひゅ、ひゅ、と浅くなっていく呼吸。

 目こそ開かれているが、ぼんやりと宙を彷徨っており、見えているのかは分からない。


 彼女はもう助からないだろう。

 ならばせめて、最後くらいは、自分の思いを伝えなくては。


 ゼインは涙をこぼしながら、アーチェの薄紫色の唇に、自分のそれを近づけて――


「退けカス」


 ――ノヴァの裏拳が頬にめり込み倒れた。


 呻き声をあげ殴られた頬を押さえるゼイン。

 それを無視して、ノヴァはアーチェの容態を確認するために魔法で服を裂いた。


 露になった胸部は、左胸だけがグロテスクに中身を溢している。

 確かに酷い大怪我である。だが、まだ間に合う。本来なら致命的な大穴が開くはずだっただろうに、それをここまで抑えることができている。


 その理由は、指輪にかけていた魔法だ。

 アーチェの首から提げられている装飾用の紐には、以前ノヴァが魔法を付与した指輪がかかっていた。

 指輪はアーチェの受けた怪我を致命傷レベルから酷い大怪我レベルまで押さえ込んだ。その役割を果たしたことで、砕けて無くなってしまったのだ。


 ノヴァは指輪を改造しておいてよかったと、あの時の自分の判断を心の底から褒めちぎった。

 そして、アーチェの唇から垂れる血を指で拭い取る。


「おいまだ逝くんじゃねェぞ。この俺様が直々に助けてやるんだからな」

「……、……」


 ふ、と。彼女が笑ったような気がして、ノヴァはほんの少しだけ、焦燥が薄らいだ。

 ノヴァは手元に杖を喚び出した。先程の戦闘で使っていたものとは違う。長さ30センチ程の短い杖(ワンド)である。


 ゼインは腫れた頬を押さえながら、何かをしようとしているノヴァを怪訝な表情で見つめた。


「の、ノヴァ、何をしようとしてるの?」

()ァってろ無能。集中してんだろうがヨ。空気読め」


 ノヴァはゼインには一切目を向けず、アーチェの傷口をじっと見つめる。

 その態度に、ゼインはカッと胸の奥が熱くなった。ただでさえ想い人が危ない状況だというのに、その彼女の体をこねくり回そうとする男が許せなかった。


「ノヴァが何をしてもアーチェは戻ってこない! 戻れない!! 補助魔術師である僕がいくら回復させても傷口は塞がらなかったんだぞ! これ以上アーチェを苦しめるつもりか――」


 ノヴァが杖をゼインに向かって振るう。

 すると、ゼインは声が出なくなった。


「……? ……!?」


 喉に手を当てて、口をパクパクさせるゼイン。

 普段ならば思い切りからかい腹を抱えて笑ってやるところだ。

 しかし、今はただただ彼の存在が疎ましい。


「ヒューゴ、そこの色ボケが邪魔しねェように押さえてろ」

「分かった」

「ライリー、お前の回復薬残ってるなら寄越せ。金は後で返す」

「おっけー」


 ヒューゴはゼインを羽交い締めにした。

 ライリーはノヴァに近づき、回復薬を揺らせば奪われた。


「……ノヴァ、やれんのか?」

「やるしかねェだろ。任せろ」


 その断言に、ライリーは強張っていた表情筋を緩めた。

 いつものことだが、彼の言葉は自信が溢れていて、頼もしかった。






*****






 ノヴァはライリーから貰った回復薬を傷口にかける。

 すると、傷ついた臓器の損傷が少しだけ治り、流れる血の勢いが和らいだ。焼け石に水だが、無いよりはマシ。延命措置には充分だ。

 回復薬はあくまで使用者の自己治癒能力を高める効果があるだけで、すぐに傷口が塞がるようなものではない。もっと高位の、効果の高い回復薬ならばその限りではないが、完全に怪我を治したいのならば。


 やはり、魔法だろう。


(皮膚……筋肉……血管……臓器……すなわち細胞の損傷。自己治癒能力の向上、足りない部分は魔力で補充して……再生させる)


 アーチェの体内に探知魔法をかけて、損傷の具合をより詳細に確認する。

 魔力は足りる。後は術式を組むだけ。


 失敗は死。

 成功は絶対条件。


 ノヴァは静かに息を吸い込んだ。


「白衣の天使に(こいねが)う。Aは魔力を(もっ)て省略――『天使の息吹(ハイ・ヒール)』」


 魔法陣が展開される。

 ノヴァはその全体像を眺めて、己が組んだ術式に間違いがないか確認した後、発動させた。


 魔法陣が一瞬強く輝くと、ほどけた。

 美しい円陣が崩れて、構成していた文字や線がアーチェの傷口へと注がれていく。

 淡い光が自己治癒を促し、それでも治らない部分には回復魔法によって生み出された細胞が埋め込まれて同化する。


 そして、とても長く感じる十数秒後には、彼女の胸の傷はすっかり閉じられた。


 ノヴァが穴のあった部分を撫でる。元ある皮膚よりも若干薄さを感じるが、しばらくすれば元通りになるだろう。

 アーチェの顔も先程までの苦しげなものではなく、穏やかになった。呼吸も安定している。


 ノヴァは「フゥー……」と長く息を吐いて、丸眼鏡のブリッジを押し上げた。


「治った……?」

「傷口は塞いだ。しばらく安静にしていれば問題ねェだろ。不安なら知り合いの治癒魔術師がいるから、あのババアに見せりゃあいい」

「ノヴァよくやった! マッッジで最高よくやった!」


 ライリーが興奮気味にノヴァの背中をバシバシと叩く。

 ノヴァはそれに「(いて)ェっての」と苦言をこぼすが、やめさせようとはしなかった。彼の顔にも、安堵の笑みが浮かんでいた。

 次回投稿は3月22日、日曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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