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6話 冒険者のお仕事

 森の中は視界が悪い。木々や木の葉によって視認性が悪くなるのだ。

 風が吹けば木の葉の擦れる音や砂利が転がる音がして、生き物の微かな呼吸音や足音が聞こえづらくなる。


 故に、奇襲には持ってこいだった。


「いるね。3時の方向。そう遠くはない」


 アーチェは狩人である。

 索敵、隠密能力に長けており、遠くから手痛い一撃を加えることが得意だった。

 今回の依頼も、耳を澄ませて索敵範囲内の生き物の音を探り、標的のおおよその位置を掴んでいた。


「気づかれては?」

「ないと思う」


 サーベルタイガーと呼ばれる魔物が存在する。

 その名の通り、虎の魔物である。そして、体内のあちこちに剣のように鋭く硬い部位を隠している。故に剣虎(サーベルタイガー)。剣の部位は個体ごとに違うため、下手に近寄ると手痛い反撃を食らい大怪我をする可能性もある、危険度Bランクに位置する魔物である。


「ノヴァの攻撃範囲内だと思うけど、当てられる?」

「俺様を誰だと思ってんだ?」


 標的の位置と距離さえ分かれば、後は遠距離攻撃を得意とする魔法使いにそれを伝えるだけ。

 ノヴァはアーチェの言葉を鼻で笑い飛ばすと、真顔になり、持っている杖を構えた。

 アーチェが指し示す方向に意識を集中して、サーベルタイガーの頭上に魔法陣を展開した。

 

「『落雷(サンダーボルト)』」


 後は杖を振り下ろすだけ。

 すると、遠くから一瞬の稲光と、轟音が聞こえてくる。


「やったか?」

「んー……いや、やってねェな。サーベルタイガーの魔力を微かに感じる。アーチェ、どうだ?」

「耳がキーンてしてる……」

「塞いどけよ鈍臭ェな」


 顔をしかめるアーチェを笑うノヴァ。

 それを見て、ゼインは慌てた様子でアーチェに回復魔法を使った。


「あっ、アーチェ、大丈夫!?」

「うん、大丈夫。私よりもライリーとヒューゴに付与魔法(バフ)をかけてあげて」

「う、うん……」

「来るよ、2人共!」

「あいよー」

「分かった」


「ギャオオオオオオオッ!!!」


 近づいてくる草葉を掻き分け踏みつける音。

 一際大きな葉の擦れる音が聞こえたと思えば、そこから巨大な虎が飛び出してきた。

 焦げた毛皮の臭いが風に乗る。満身創痍。しかし、殺意は衰えていない。咆哮は空気を震わし、血走った目は瞳孔が開き5人の敵を捉えている。


 サーベルタイガーの尻尾から刃が飛び出す。宙で身を捻って1番近い位置にいたヒューゴに狙いを定めた。


 ギィンッ!


 それを跳ね返したのはライリー。装備していた細身の剣で刃を弾く。


「ふんっ!」

「ゴッ……ゲェッ」


 尻尾が後方へ弾かれ、無防備になった体に、ヒューゴが思い切り腕を振り切った。手に持つのは彼の背丈の半分にもなりそうな巨大な盾。

 それにぶん殴られて、サーベルタイガーは肺から空気を吐き出した。


「ガッ……ギャァ……! ガアアアアアアアアアッッ!」

「シィィッ……!」


 着地したサーベルタイガーは前腕からも刃が飛び出し、目の前に存在するライリーに猛攻を浴びせた。

 ライリーはそれを全て弾き、反らし、いなしていく。

 恐るべきは彼の動体視力と反射神経、そして胆力である。自身よりも巨体かつ膂力もある相手の攻撃に決して怯えを見せずに対処している。


 スゥ、と彼は静かに冷たい空気を吸い込み肺を満たして、全身に酸素を巡らせていく。

 明鏡止水の世界。冴える頭。スローモーションになっていく視界。

 大振りの腕から生える剣刃が3本あるのをハッキリと確認した後、それを潜り抜けて虎の首に己の剣を食い込ませた。


「……ガ?」


 シュパン、という軽い音は、骨を避けて関節部分に刃を通らせたことで起きたもの。

 その後、ゴロンと重たいものが地面を転がる音が続く。


「仕留めたぜーい」


 お茶目に親指を立てるライリーの背後で、サーベルタイガーの残った胴体が倒れた。


「アーチェ」

「大丈夫。今のところ新手は――」


 アーチェが耳を澄ませて辺りの気配を探る。それから大丈夫だと伝えようとして、ふと言葉が途切れた。


 何かが飛来する、風を切る音が聞こえたのだ。


「――ゼイン!! 上!!!」

「へ?」


 アーチェが傍にいたゼインを押し飛ばす。

 そして、彼女が投げナイフを構えるよりも速く、彼女の胸部が貫かれた。


「アーチェ!?」


 ゼインの悲痛な叫びが木霊する。他3人はその悲鳴につられて彼女の姿を見て、目を見開く。


 ごふ、とアーチェの吐息と共に口から血が吹き出る。持っていたナイフを盾にしたお陰で、ほんの僅かにだが心臓への軌道がズレて左胸に風穴が空いただけで済んだ。

 しかし、致命傷であることは変わりない。彼女の体が後ろに傾いた――


 ――が、目の輝きは失われていない。


 血塗れの歯を食い縛り、地面を踏み締めて、腰に着けたポーチに手を突っ込み引き抜く。


「んん゛あ゛っ!!」


 何もない宙に向かって投げたのは音玉(おとだま)

 直接的な攻撃力はない非殺傷の道具だが、炸裂すれば凄まじい音を立てるのだ。

 その音で遠くにいる仲間に自分や敵の位置を教えたり、相手の聴覚にダメージを与えてパニックを起こさせたり、行動停止や戦闘意欲を失わせたりすることができる汎用性の高い道具である。


 その音玉が炸裂。

 甲高い爆音が響き渡り、その最も近くにいた魔物(・・・・・・・・・)が悲鳴をあげた。


 ――その隙を彼らは逃さない。


「『見透す眼(ハイド・キャンセル)』」


 まず動いたのはノヴァ。

 彼の目には敵の姿が見えていた(・・・・・)

 チョンチョンと呼ばれる魔物である。巨大な耳を持つ生首。それが外耳を羽ばたかせて空を飛んでいた。

 この魔物は通常は不可視である。肉眼で捉えられない。その理由は、彼らが自身の姿を魔法で隠蔽しているからだ。

 彼らを見るためには目に魔力を込めなければならない。そして、それができるのは、魔法使いであり、魔力の扱いにメンバーの誰よりも長けているノヴァであった。


 チョンチョンの使っている隠蔽魔法を解析して、すぐさま魔法解除の術式を組み、放つ。

 それにより、チョンチョンが纏う魔法が解けていき、その姿が露になった。


 その数、10。

 元はいやらしい笑みを浮かべた中年男性のものだろうが、今はどの首も至近距離で放たれた爆音により、パニックに陥っていた。


「シッ!」

「ギョンッ!?」


 ライリーは剣を肩に担ぐように構えていた。そして、アーチェの音玉でパニック状態のチョンチョンを見据えて、剣を振り下ろした。

 すると、チョンチョンの顔が真っ二つになった。

 ライリーは剣の達人。故に、斬撃を飛ばす程度なら可能だった。

 パカンと縦に裂かれた2つの肉が、更に横にも断たれる。4つの肉は断面から血を大量に滲ませながら、地面にボトボトと落ちた。


「コン、コン」


 チョンチョンは斬殺された仲間を見て、次にそれを成した人間の群れを見遣る。

 その顔は、落ち着き払っていた。パニックは収まっていた。


「パァッ!」


 不気味な鳴き声と共に、ライリー達に向かって魔力の弾が放たれた。

 それをライリーは地面を駆けることで避け、ノヴァ達は盾役(タンク)であるヒューゴの背後に隠れることで身を守った。


 チョンチョンは物理攻撃よりも魔法攻撃が得意であった。中距離から遠距離にかけての攻撃が主であり、姿を隠す魔法も使うため、かなり厄介な魔物として知られている。

 姿を見つけられず、遠くからの狙撃によりパーティー壊滅すらあり得る彼らの危険度はA。


 事実、彼らは既にかなり高い位置まで飛んで逃げていた。

 ライリーは「逃げてんなぁ」と舌打ちする。あれでは飛ぶ斬撃は届かない。


 チョンチョンは空すら飛べない憐れな人間達を見下ろし蔑みの笑みを浮かべた。

 そして、このまま遠くから攻撃して仕留めようと、息を大きく吸い込み魔法の準備をする。


「うおりゃっ」

「ぎょぶっ!?」


 さあ、魔法を撃ち出すぞと口を開いたその瞬間、その咥内を貫かれた。


「かぺ、ぺっ」


 すぐさま回復魔法を自分にかけて治しはしたが、動揺は大きい。一体何が己を傷つけたというのか。

 下でこそこそと逃げ回る人間。あれが何かをしている。あの人間を注視して、彼が何をしたのかを理解した。


 石を投げつけられていたのだ。


 斬撃が届かないなら、届くものを投げればいい。

 その臨機応変な対応力、機転の良さもライリーの長所の1つ。

 辺りに落ちている、拳大の石を宙に放っては掌で受け止め弄びながら、ライリーはチョンチョンへの投石を繰り返す。


 あの人間を仕留めなければ、とチョンチョンは鼻息荒くライリーを集中攻撃した。


 あの人間以外は群れて寄り添ったまま動かない。きっとあいつらには我々への攻撃手段が無いのだ。

 だから、あの人間さえ仕留めてしまえば後は嬲るだけだと、そう思っていた。


「ライリー、上手く逃げろよ」


 だから、気づかなかった。

 青筋を立てた魔法使いが攻撃の準備をしていることに。



「雷神に(こいねが)う。Cは魔力を(もっ)て省略――『雷霆万鈞(ケラウノス)』」



 雷光。遅れて雷鳴。

 一瞬にも満たない光が幾重にも重なり圧力となり、全てを押し潰すように、効果範囲内のチョンチョンを跡形もなく消滅させた。

 次回投稿は3月21日、土曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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