2話 前月譚
約1ヶ月前のこと。
「ゼインをパーティーから追放しようと思ってんだけど、反対意見がある人はドーゾ」
口火を切ったのはノヴァだった。
それに、その場にいた全員が静かになった。
その全員に、議題にされているゼインは含まれていない。
ゼインを除いた3人が、ノヴァによって集められていた。「ちょっと相談したいことがあるから」と、酒瓶を片手に。
しかし、どう考えても酒を飲みながらする話ではない。
実際、酒を飲もうとグラスを傾けていたヒューゴが固まり、そのままグラスに口をつけずにテーブルへと腕を降ろしている。
重い議題にライリーとアーチェは押し黙り、その場にいる全員の顔を見渡す。
そして、最終的にヒューゴで目線が留まった。
「……一応、理由を聞こうか」
パーティーリーダー的存在であるヒューゴがノヴァに問い正した。
「理由っつーか、アイツお荷物でしかねェだろ。実力ないし」
即答だった。
何を当然のことを、と言わんばかりの顔と歯に衣着せぬ物言いに、ヒューゴはこめかみを押さえる。
「俺達はBランクのパーティーだ。お前さんらの実力もA寄りのB。勿論この俺様もな」
冒険者のパーティーランクはS、A、B、C、D、Eの6段階。Sが最高位で、Eが最低位である。
そして、大抵の冒険者はCランク止まりのため、パーティーランク並びに個人の実力がBランクというのは凄いことなのである。
「でも、ゼインの実力はどれだけ高く見積もってもDランク。あー、魔法学校には通ってないんだっけ? まあ別に通ってなくても優秀なやつはいるからどうでもいいけどヨ。つまり、アイツは補助魔術師としてもCランクですらねェ半人前ってワケ。……俺の言っている意味、分かるよな?」
ヒューゴは深くため息を吐いた。
ライリーはつまみのジャーキーをちびちびと食べながら、ヒューゴとノヴァの様子を伺っている。
アーチェは酒もつまみも食べる気にならず、両手を膝の上に戻して成り行きを見守っていた。
ゼインの実力不足。
これは全員が思っていたことだ。今まで口に出さなかっただけで。
Bランクとして活動しているヒューゴ達のパーティーで、唯一実力に見合ってないゼインは足手まといになる。
補助魔術師の特性上、攻撃向きではないとしても、彼はとにかく動けなかった。体力もそこまでない。同じ魔法使いであるノヴァや女性であるアーチェと比べても見劣りする。
他の補助魔術師なら簡単な攻撃魔法を使ったり、結界を張ったり、体を鍛えて護身術を覚えているというのに、ゼインはそのどれもができなかった。
だから、他のメンバーがゼインを守りながら戦わなければならない。
ゼインが得意とする付与魔法や回復魔法も、効果を実感できたのは駆け出しの頃だけ。実力の上がった今となってはあってもなくてもそこまで変わらなかった。
正直に言えば、ゼインに渡している分け前の金で回復薬でも買った方が安くつくし、ゼインを守らなくて済む分、怪我を負う可能性も減る。
それを分かっていながら、それでも尚パーティーとして活動してきたのは――
「いくら幼馴染みだとしても、なあなあにしていい問題じゃねェと思うけど?」
――ゼインが同じ村で育った友達で、同じ村から一緒に出た仲間だったからだ。
好奇心と行動力の高いライリーが1番仲の良いヒューゴを誘い、ヒューゴからアーチェの親に話が行き、最後にゼインがアーチェも行くなら自分も一緒に、と着いてきた。
ノヴァは冒険者の教習所からの付き合いのため、ヒューゴ達ほど長い付き合いではない。精々2年程度の浅い付き合いだ。ついでに性格も悪い。
だからこそ、このパーティーに対する不満や問題に関して切り込んでいけるのだ。
まだノヴァには仲間以上の情が無いから。
頬杖をつきながら酒の入ったグラスを傾けるノヴァを見て、ヒューゴはもう一度ため息を吐いた。
「……猶予を、くれないか?」
「猶予? なんの?」
「ゼインをパーティーから抜けさせるまでの猶予だ。1ヶ月でいい」
1ヶ月、ゼインの様子を確認する。
その間に変化や成長がなければ、ゼインをパーティーから脱退させる。
ヒューゴは淀みない口調で、少し前から考えていたことを伝えた。
「ゼインに脱退の件を伝えて、それでも尚あいつが何も変わらなければ、パーティーから抜けて貰う」
「ひひ、今までが変わってねェから意味無いと思うけどなァ~。ま、それでリーダーの気が済むなら俺からはこれ以上何もねェよ」
ノヴァは笑って手をひらひらさせた。
ヒューゴはライリーとアーチェに目を向ける。
「2人はどうだ? 何か意見があれば言ってくれ」
「あー……」
「うーん……」
ライリーとアーチェは顔を見合わせた。
「えーと、要はゼインが仲間のために頑張れるかどうかって話だろ?」
「そうだな」
「じゃあおいらからは何もないかな。ゼインが頑張ってくれることに期待するしかないし。ていうか、ここまで言われても頑張れないやつに背中預けるのはおいらが嫌だ」
ライリーは顔をしかめた。
「だから、脱退の件については賛成かなー」
「そうか。……すまん」
「……、いや、いつかはぶち当たった問題だし、それが今ってだけだろ。そんな落ち込むなよ、ヒューゴ」
「……そうだな」
ライリーがヒューゴの肩を叩いて笑う。
ヒューゴは微かに微笑んだ。
「アーチェは?」
「ん……ゔーん……」
アーチェは唸る。
「……なんか、言いたいこと全部ライリーが言ってくれたから、何も言うことがない、かな」
「そうか」
「『ノヴァ様のおかげでやっとAランクになれまぁす♡ ノヴァ様ありがと~♡』は?」
ゴツンッ!
「はぶっ!?」
ノヴァの性格の悪さが全面に出たにやけ顔が拳によって強制的に下を向かされた。
その拍子で飛んだ丸眼鏡はライリーが回収する。ライリーは呆れ顔だった。
「……ノヴァ、言って良いことと悪いことがあると教習所で教わらなかったか?」
「……ッス、サーセンしたリーダー」
拳を構えるヒューゴに、ノヴァは素直に謝った。
ライリーとアーチェは顔を見合わせて、肩を竦める。
口が悪ければ性格も悪いノヴァを物理で窘めるのはいつものことだった。
*****
話が終わり、それぞれが自分の部屋に戻った後のこと。
アーチェはノヴァの部屋の前に立っていた。
ノックを3回してから数秒後、扉に近づく足音と、カチリと鍵が開く微かな音がした。
「……アーチェ?」
扉が開き、そこから顔を出したのは当然ながらノヴァである。
彼はアーチェの顔を見て目を丸めた。
「どーしたヨ」
「どうしたってほどじゃないんだけど……その、さっきの話のことで」
「あァ~……」
「……部屋に入れてくれない?」
「ゔぅん……」
ノヴァは頭をがしがしと掻いて唸る。そして、自身を見上げる彼女をひたと見つめる。その顔はとても嫌そうだった。
ノヴァは秘密主義というか、プライバシーに土足で踏み入れられることを極端に嫌がる性質だった。
特に女性が苦手なのか、アーチェは彼の部屋に入ったことがほとんどなかった。あったとしてもヒューゴ達と一緒に部屋で酒飲みをする時くらいか。1人の時は絶対に入れてくれない。
だから、正直なところ、部屋に入れてくれるかの勝率はとても低い。
やっぱりライリーかヒューゴを連れてくるべきだったなぁ、と出直すことを考えていたら、ノヴァが身を引いて扉を開いていた。
「ま、外でする話じゃねェわな。さっさと入れ」
「し、失礼しまーす……」
顎をしゃくり上げるノヴァに、アーチェは慌てて部屋に入った。
部屋の中は特に汚れたところもなく、ベッドの側のサイドテーブルにバッグが置かれ、備え付けの机に分厚い本が山積みになっているくらいだった。
ライリーと比べるとスッキリしているなぁ、とアーチェが感心していたら、頬に冷たいものが当たった。
「ピッ!?」
「ファーーww」
アーチェが跳び上がると、吹き出す声が聞こえた。
顔を向ければ、そこには片手にコップを持ち片手でアーチェを指差し肩を震わせる、性格の悪すぎる男がいた。
「『ピッ』ってなんだよオマエ……『ピッ』って……! ふひ、ひっひひ……あヤベェツボ入ったわあっひゃははははははっ!」
「んあ゛~~~~~っ!!」
腹を抱えてゲラゲラと笑い、ヒイヒイと苦しげに呼吸をするノヴァに、アーチェは地団駄を踏みたくなった。顔が羞恥で赤く染まる。
1発ぶん殴ってやろうかと拳を作ったが、結局振り切ることができなくて、彼の長い足を蹴るだけに留めた。
脛にクリティカルヒットしたらしく、ノヴァは蹲って悶絶していた。ザマァない。
十数秒後、痛みから復活したノヴァは、アーチェに飲み物の入ったコップを渡してベッドに腰かけた。
「はァ~……んで? 何の用だよ、アーチェちゃん。ゼインくん追放の反対意見でも言いに来たのか? ん?」
「いや、それについては賛成なんだけど。あ、この椅子使うね」
嫌味な笑顔を浮かべて頬杖をつくノヴァに、アーチェは言い切りながら、部屋備え付けの椅子に腰かけた。
ノヴァは思わず笑みを引き攣らせたが、すぐにいつもの人を小馬鹿にするような笑みに変わる。
「お前さんも中々言うよな……。ゼインくんカワイソ」
「まあ……ゼインのやってることって、……その、悪く言うと寄生行為だし」
「悪く言わなくてもそれ以外で適切な表現方法ねェだろ」
「ハッキリ言うなぁ」
アーチェはつい思ったことを口にした。
ノヴァは「それほどでもォ?」と鼻で笑った。
「それに」
「ん?」
「実力不足ってことは、いつかゼインが死ぬかもしれないってことでしょ?」
「……」
「ゼインを守りきれない日が来るかもしれない」
Bランクパーティーに寄生するDランク冒険者は勿論足手まといだ。今はまだ何も起こってないからいいかもしれないが、今後は分からない。
自分の身すら守れない彼が、これから先の冒険で大怪我をしたら? 死んでしまったら?
村からずっと一緒にいる友人を、守りきれず、私のせいで喪ってしまったら?
その可能性を考えた時、アーチェは恐ろしくなったのだ。
だから、反対はしない。
ノヴァは一瞬真顔になり、足を組み換える。
アーチェは両手でコップを包むように持っていた。飲み物の入ったコップ、その水面に映る自分の顔は情けなく見えた。
「だから、ゼインがパーティーから脱退させるのは賛成してるよ」
「ハッ、流石は我らが【星導の歩者】の紅一点の女神様。足手まといにもお優しいことで」
「ノヴァには言われたくないなぁ」
「あ?」
「嫌われ役、いつも買って出てくれてるじゃん」
ノヴァは固まった。
アーチェはにんまりと笑う。どことなく意地悪な笑みだった。
「ノヴァの仲間思いなところ、私は好きだよ」
ただ幼馴染みの仲を引き裂きたいだけの愉快犯なら、ヒューゴもライリーも彼の言葉に耳を傾けない。逆にノヴァの方をパーティーから追放するだろう。
でも、彼はいつでも“仲間”のことを思ってくれている。そういうところは好感を持てるから、アーチェもノヴァのことを“仲間”として信頼している。
「だから、いつもありがとねって言いたくて来たの」
アーチェが感謝を伝えると、ノヴァは片手で自分の顔を覆い隠した。
「……いらねェよ。そんなの、なんの役にも立ちゃあしねェんだから」
低い唸り声のようだが、見えている耳が赤く染まっている。
照れているのが丸分かりで、アーチェは吹き出した。
次回投稿は3月17日、火曜日、0:00です。
よろしくお願いします。




