第9話 戦いは終わって
ラ・フォリという星がある。
そこは帝耀騎聖連盟ルミニオンの支配領域内にある天体で、複数の知的生命体が文明を築いている。
そんな星の首都に程近い土地に、小さな教会が建てられていた。オーソドックスな形式の構造に、掲げられた小さな十字架。
知識ある者が見れば、それが既に失われた宗教の一つであるキリスト教の建築様式であることが分かる。
『──以上で、アリアントン天体基地での戦闘報告を終わります』
「そう、ご苦労様」
そんな教会の中に、一人の少女が居た。黒の修道女の服を纏い、逆さ十字に祈りを捧げていたその少女は病的なまでに白く、髪も肌も純白であった。
一切の穢れが無い、清らかさを思わせるその姿は、同時に病的なまでの潔癖症を思わせた。
『それと、申し訳ございませんジャンヌ様。御身より与えられた、ハイドラを失った咎は必ず』
「良いの、大丈夫よアントワーヌ」
ジャンヌ・ダルク──それが純白の少女の名前。英雄として銀河の果てに再臨した、オルレアンの乙女だ。
通信機を片手に報告を受けていたジャンヌは、アントワーヌ・ド・シャバンヌからの謝罪をけらけらと笑いながら受け流す。
「使い物にならないものね、お前」
『……は』
それは赦しではない。あるのはひたすらに侮蔑だった。ボーモンと会話をしていた時とは打って代わり、言葉の隅々に悪意が込められていた。
「咎を求めるならくれてやる。アタシの役に立て、お前には難しいだろうけど」
『御──』
辛辣な言葉でアントワーヌとの通信を切断するジャンヌ。何か言い欠けていたが、そこへの興味は彼女には無かった。
自分のために働かない者は、総じて無用。彼女にとっての有用とは、自分のために働く者のことだった。
そんな彼女の内にあるのは、肥大化した自己愛のみと言えよう。
通信機を懐にしまい、ジャンヌは教会を出ようとする。そんな時、彼女の目の前に大きな影が現れた。
「ん? ああ、ラ・イル。どうしたのかしら、自分の無能さを遂に理解して、神に赦しを乞いに来たのかしら?」
「くだらん、神に祈る為の時間など今のオレには無い。それよりもジャンヌ、時間だ」
ラ・イルと呼ばれたその影は、身長の小さなジャンヌが首を見上げる程に大きかった。
全身を深紫の甲冑に身を包んだ大男は、ジャンヌからの悪態を悪態で返して外に出るよう促す。
「あれだけ神を信じるよう言ったのに、信仰を捨てるなんてマダマダね」
「ジャンヌが信じるなら信じ、ジャンヌが信じぬなら信じない。それだけだ」
外に出たジャンヌとラ・イルの視界に飛び込んできたのは、昼もかくやと眩い程の閃光だった。
教会の頭上に浮かび続ける巨大な鋼の群れ。仮に地球連合の将校が居れば、誰もが失禁を隠せなかったことだろう。
竜鏖機、竜鏖機、竜鏖機──三十を超す超兵器の軍勢が、まるで主の帰還を待っていたかのように浮かんでいた。
「アは」
その光景を見て、ジャンヌは嗤った。歪んだ口角と、どす黒い闇を孕んだ瞳で、頭上に浮かぶかつての戦友達を見つめながら、嗤った。
「ジャンヌ」
ラ・イルの呼び掛けに、邪悪な笑みを浮かべるジャンヌははっとして、自分の頬を捏ね始める。
それはある種のルーチンワーク。自分の本性を隠し、皆が求めるオルレアンの乙女に戻るための。
「ええっと、どうだったっけ……あ、あーっ。あー」
頬を捏ね、声を変え、何もかもを隠匿する。その行為が十数秒続いて、再びジャンヌは笑う。
「そうそう! こうデスよね! 皆が求める私は!」
「そうだな」
ジャンヌの純な問いかけに、ラ・イルは短く答える。目の前の狂気を慈しむように、嘆くように。
そうして、ジャンヌは多くの部下を連れてラ・フォリを離れるのだった。
行き先は、アストラ・パラティナ。帝耀騎聖連盟ルミニオン盟主、大帝カールの居星である。
「さあ、行きましょう皆!!」
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帝耀騎聖連盟ルミニオンによるアリアントン天体基地襲撃が終結し、三日が経過していた。
破壊された艦艇や防衛設備の修復は進められ、物資の搬入もその頻度を増している。
先の戦闘で基地全体が負った傷は、まだ癒えていないものの幾ばくかの平穏を取り戻していた。
「はふぅ……」
そんな平和の中、アルは温泉につかっていた。空母ヴェリタス内に設置された浴槽を、そして温かなお湯を、手に入れた生体ヒューマノイド躯体の全身で楽しんでいたのだ。
だが、目は開けていなかった。別に湯気が目に沁みるといったような、生理的問題ではない。問題なのは……。
「あぁ~……久しぶりの温泉は良いわぁ」
「そうだねぇ~」
「オータムヌスにも温泉設備、付けられないのでしょうか……」
「《ヒエムスにも付けてほしいですね、ズィガルさん達に頼んでみましょうか?》」
──問題なのは、アルが入っている温泉が、女湯であることだ。
|(誰か助けてほしいなぁ)
声に出さない救難要請は、しかし受け取る者は皆無だ。少なくとも、アルの周りにいるのは第二三四機動艦隊における指揮官級の女性陣。
止められるのは同格の男性陣のみなのだが...……。
『構わんじゃろ、楽しめ小僧』byズィガル
『昇進の為なら無視しましょうはっはっは』byアズボルト
『ほどほどに』byジム
アルは彼等に助けを求めたが、軽くあしらわれてしまったのだ。そんなこんなで、アルは仕方なく女湯でおもちゃにされているのだった。
「まあ良いじゃないの、私達も戦後処理でてんやわんやしてたし。何より初めてじゃない? お風呂って」
「そりゃそうですけど、知識くらいはありますって」
目を瞑ったままのアルの頬をむにむにと楽しむシャルロット・ホワイト。アルはそんな彼女の豊満な胸を枕にしてリラックスしていた。
そしてその周囲をラナ・ラナンキュラス、リリアナ・シャーウッド、そしてシィラが取り囲むような状態だ。
「でも、男の人達のお風呂って凄い熱いらしいよ?」
「確かに、兄さんもそんなこと言っていましたね」
ラナとリリアナも、シャルロットに続いてアルのほっぺを堪能し始める。
そのせいで、アルは二人への反論を出せずに「あう」だの「ひむ」だの情けない声しか出せずにいる。
そんな中、シィラだけがアルの頭を撫で続けていた。他の三人とは異なり、硬い外骨格で覆われている彼女の手だが、傷付けないように優しく用心していた。
「あの、話変わるんですが……僕が機能停止した後、何があったんですか?」
四人の女性からおもちゃ扱いされている今の状況から逃げるために、アルは話題を変える。
ハイドラを討ち果たした直後、無数のエラーコードによってアルは緊急停止──人間でいう気絶状態に陥った。そのため、外部環境の情報取得は出来ないでいたのだ。
「ハイドラ撃破後、ルミニオン軍はすぐに撤退したからねぇ。やったのは残敵掃討と……」
質問に答えるのはシャルロット。だが、言葉を続けるうちに徐々にその声量は小さくなる。それに比例するように、周りの三人も俯いていく。
「「「「書類整理……」」」」
そして、四人で一つの言葉を死に体で吐くのだった。
「ほんっとに嫌になるわぁ、やれいくつ弾薬使ったか戦果はとか纏めなきゃいけないなんて……あんなの作るのが好きなジムって、ほんと変よ!!」
「私の方は兄が馬鹿みたいに脚色した報告書の修正も含まれますからね……」
「航路がジグザグしすぎて分かんないよぉ」
「《文字打つの大変です》」
あ、これ不味いな──。アルの本能が警鐘を放ち、逃げるよう電子回路が命令を発したものの、それは叶わなかった。
「激務で疲れたお姉ちゃんを癒してよアル~!!!」
「そうですそうです、少しは役得があっても良いかとっ!!」
「あとで美味しいアイス食べようにアルく~ん」
「《もう少しやわやわを堪能したく……》」
「誰か助けてー!!!!」
そうして、アルは再び四人のお姉さんからおもちゃにされるのだった。
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「普通に死ぬかと思いましたよね」
『安心しな、多分それ君しか味わえないから』
ほうほうの体で自室に逃げ込んだアルは、死んだ顔つきで伊東甲子太郎と通信を行っていた。
無論、互いの立場を考えればそう気軽に通信は行えない。だが英雄は別だ。
戦術、戦略の要たる英雄の立場は、そこらの兵と比較することさえ烏滸がましい。
それ故に、第二三四機動艦隊におけるアルの立場、軍曹待遇も普通に考えればあり得ない状況と言える。
最低でも大佐級はあって然るべき存在だが、英雄としての記憶の消失や本人の要望もあって、その立場に落ち着いているのだ。
「それで、僕に何の用事ですか伊東少将」
『親愛を込めて伊東さんで良いのに……。まあ良いや、取り敢えずいくつか伝えたいことはあるけど、先ずはお疲れ様』
「いえ、服部さん達のお陰で何とか間に合ったようなものですので」
アリアントン天体基地は陥落寸前、とまではいかないものの、あれ以上攻め込まれていたらどうなっていたかは分からない。
特にハイドラが健在であれば、確実に被害は甚大なものとなっていたことだろう。それを早々に排除出来たのは、アルにとっては僥倖だった。
『服部君も、他の英雄も君に感謝してたよ。お陰で守り抜けた、とさ』
「こちらこそ、ハイドラへ集中出来たのは皆さんのお陰でしたと、お伝えください」
かつて人類史にその名を刻んだ英雄からの感謝の念、それはアルにとっては少々こそばゆい気持ちだった。
『で、こんな状況で本当に申し訳ないんだけど……君達第二三四機動艦隊に新しい任務が発令されることになるんだ』
だが、そんな気持ちをかき消すかのように伊東は言葉を続ける。
「任務ですか?」
『まあ先の防衛戦程の任務じゃないさ、単に……』
通信機越しにいる伊東の表情は、まるで苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。そう思えるほどに不快さを滲ませていた。
『こっちに捨てられたゴミの調査だからね』
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新生ローマ帝国が支配する宙域と、地球連合の支配する宙域は隣接している。
現に地球連合のアリアントン天体基地は、対新生ローマ帝国の防衛網として、その武力を用いている。
そんな両国の狭間に、ある艦が進んでいた。だが、その艦はある意味死に体と言える。
何せ光と呼べるものが微塵もないのだ。スラスターの光はおろか、航行灯までも。
何故か、その疑問への答えは一つだけだ。この艦は、捨てられたのだ。他ならぬ新生ローマ帝国の手によって。
軍事機密の塊のような艦を、破壊するでもなく廃棄する。その異常さを知る者はその艦の近くには居ない。
『……………』
その艦──英雄の母艦である、《マザーベース》は地球連合の支配する宙域へ進んでいく。
新生ローマ帝国ですら、目覚めさせるのを拒絶した最悪の英雄を載せて。無言で、突き進んでいくのだった。




