第8話 ハイドラ追斬作戦
漆黒の空間を彩る無数の星の煌めき。もしそこが平穏な観光地であれば、誰もが息を止め佇み、その光景を楽しんだだろう。
だがそれは今は叶わない。五つの流星が星々を切り裂くかのように、数多の光條を放ちながら駆け抜けているからだ。
逃げるは、地球連合の負の遺産。英雄を殺す為に作られた鏖殺の竜、竜鏖機《ハイドラ》。
縦横無尽にフレキシブル・ブースターを動かし、闇を切り裂きながら突き進んでいた。
追いかけるは、地球連合所属の艦隊。竜を討つために駆け抜ける鋼鉄の群れ、第二三四機動艦隊の面々。
逃げるハイドラに食らいつくべく、艦内で生成されるエネルギーの半分近くを推力に回し追随していた。
彼等は共に一定箇所に止まることなく、だが断続的に火力を投射していく。全ては、自らの敵を討ち滅ぼす為に。
ここに、地球連合初の竜鏖機を対象とする機動追撃戦──ハイドラ追斬作戦が幕を切って落とされた。
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『…………』
アルは空母ヴェリタスに撃ち込んだワイヤーアンカーに引っ張られる状態で待機していた。
だがその意識は機体ではなく。第二三四機動艦隊で構築された戦術リンクに移されていた。
『荷電粒子砲照準、撃ぇー!!!』
『ミサイル発射っ、進路を押さえてっ』
だから、艦内における命令の応酬をマイク越しに聞いている。
アズボルトの命令は直ぐ様オータムヌスの荷電粒子砲の奔流として放たれ、ラナの指示に従ってヒエムスはミサイルの雨を掃射する。
『よし、回避してるわね……。各艦はそのまま第一フェーズを続行。三十秒後に作戦を第二フェーズに移行するッ』
第一フェーズ──オータムヌス、及びヒエムスによる進路妨害。そして意図的に開けられた箇所へのハイドラ誘導作戦。
そして第二フェーズ──ハイドラが誘導された瞬間、イグニスによる全砲門による一斉掃射による機関部破壊。
どれかが欠ければ、作戦は失敗する。だが長く続ければ天体基地と第二三四機動艦隊が持たない。
アルは覚悟を決め、作戦の推移を見つめていた。自分の役目である、第三フェーズの続行の可否を含め判断するために。
『『撃ぇー!!!』』
幾度となく放たれる荷電粒子砲とミサイルの猛攻。だがそれも遂に終わりを迎えた。
第一フェーズ終了と共に始まる第二フェーズ。その切っ掛けとなる掃射がオータムヌスとヒエムスから放たれたのだ。
先程まで攻撃が放たれ続けた方角は、ハイドラから見て九時以外の方角。
九時の方角に逃げ込まねば、ハイドラは荷電粒子の熱に灼かれるか、ミサイルの破壊に巻き込まれるかの二択。
だからこそ、ハイドラは開けられた箇所へ逃げるとシャルロットは践んでいた。そして同じように、第二三四機動艦隊の砲兵たるイグニスがそこを逃す筈がないと。
『艦首砲、撃てェェェェ!!!』
イグニス艦首砲。ズィガルはそれを「バルカザルド」と称されたそれは、第二三四機動艦隊が現有する火力──無論、ここにアルと彼が駆る英雄機を含め──において最大を誇るものだった。
恒星機関からもたらされる莫大なエネルギーを充填して放ったそれは、黒曜石を思わせる黒の宙域を明るく照らす。
まるで光の龍を思わせる破壊の奔流。当たるどころか掠めただけで致命になり得るそれは、ハイドラ追斬作戦の成功を第二三四機動艦隊の面々に確信を抱かせるに十分だった。
『『『『な───っ』』』』
だからこそ、その光景に驚きを隠せなかった。
一瞬、ハイドラが止まったように錯覚する。だがそれは事実だった。
ハイドラの全ブースターが逆噴射し、急制動。続け機首を跳ね上げ“裏返る”。その光景を見たシャルロットは、呆然としながら口にする。
『コブラ機動……っ!? まさかハイドラがっ!?』
戦闘機で用いられたとされるコブラ機動。またの名をコブラ・マニューバ。あろうことかそれを全長百五十メートルの竜鏖機がやったのだ。
ハイドラは反転しながら姿勢を正し、まるで意志ある生き物のように回避。火線の盲点、誰も想定していなかった箇所──ヴェリタス後方へと“滑り落ちる”ように移動した。
そして、攻守は逆転する。ハイドラの持つ全火力が、第二三四機動艦隊後方から躍りかかる。
『全エネルギーを転調型偏極フィールドの維持に集中!! 何とかして態勢を立て直すッ!! ハイドラ主砲に注意、ランダム回避機動開始!!』
シャルロットの悲鳴にも近い命令は、直ぐ様実行に移された。ハイドラの機首に備えられた主砲が放たれるものの、第二三四機動艦隊は辛うじて回避する。
だがそれだけでは終わらない。ハイドラの四枚の翼、その先端に備えられた副砲と後部コンテナから放出される「深き刃」、そしてミサイルの雨が殺意を伴って降り注ぐ。
転調型偏極フィールドも無敵のシールドだが、それも永続はしない。エネルギーの供給と消耗の比率が崩れれば、容易く崩壊するもの。
荷電粒子砲とミサイルの雨がフィールドを食い破り、徐々に穴が空き始めていく。
あと数秒もすれば、致命的な大きさの穴が空く。そうすれば、深き刃が艦列に食らいつき瞬く間に潰されるだろう。
誰もがその黒い未来を想い描き、そしてそれを否定するべく行動していた。それが逃れられぬ結末だとしても。
だからこそ、彼は刃を振るう。絶望を切り開くのが、英雄の務めだと知っているから。
『はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
ヴェリタスへ撃ち込んでいたワイヤーアンカーを外し、アル・ネムホワイトは英雄機を駆り強襲する。音速を越える速度で突き進むハイドラ、その真正面へと。
一歩間違えれば一瞬でスクラップになる速度での交差、アルの電子頭脳を駆け抜けたのは恐怖だった。
──アル・ネムホワイトは英雄である。だが、彼は他の英雄と異なり、《マザーベース》が存在しない。
それはつまり、この場にいるアルが何らかの理由で破損すれば、二度と甦ることは出来ない事を意味している。
ハイドラと運悪く衝突し、英雄機諸共破壊されれば、二度と戻れない。仲間の第二三四機動艦隊の人達と会えなくなる。
『知った、ことかぁぁぁぁぁ!!!!!』
そして、その恐怖を踏破できるのが英雄なのだとアルは信じている。仲間との別れ? その恐怖を乗り越え、勝利を掴む。そうすれば再会できると信じている!
その瞬間、突如沸き起こる記憶にない記憶。
それが自分が失った記憶なのかどうか、それは分からない。だが、確かめている余裕が無いことだけは分かっている。
邪悪を許すなと魂が叫ぶ。悪を滅せと思考が吼える。
眼前に迫るハイドラが、己が滅ぼすべき悪であると認識して、英雄機が最大出力で起動する。
『灼けて滅せ!! アルドワ・シュメルツァー!!!』
──その叫びと共に、アルの英雄機が振るう片手剣、その柄頭から火が噴き上がる。
それは、以前コンモドゥスの英雄機を破砕したバーナーブレイドだった。だが、以前とは何もかもが異なっていた。
逆手で放たれた炎の刃は、恒星の紅炎を思わせる程に凄絶、しかしアルの英雄機には微塵も影響を及ぼさない。
アルとハイドラが接触するその刹那に、万象を焼き尽くす炎刃は白く、煌めいた。
そして次の瞬間、触れた部分の装甲は溶ける間もなく光となって蒸発し、プラズマ化した金属を残して掻き消えたのだった。
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『なっ……!?』
ハイドラの消滅。それに困惑を隠せなかったのはルミニオンの軍勢、特にボーモンだった。
ジャンヌ・ダルクより貸し与えられた虎の子が、まさか撃破されるとは思っても見なかった。
それを誤報とも信じたかったが、ハイドラから放たれていた友軍シグナルは既に消失していた。
|(どうする……!? 撤退くか? 残るか?)
ハイドラという切り札が失われた以上、ルミニオン軍の士気は低下するのは目に見えていた。そんな状況で勝利が掴めるとは、ボーモンの経験からはとても思えなかった。
だが撤退すれば、別派閥の戦力を削り、ルミニオン全軍の戦力を消費したにも関わらず、何も得られなかったという現実のみが残される。
どちらがマシか、その悩みはボーモンに一瞬の、だが致命的な隙を生ませてしまった。
『竜鏖機ハイドラは倒された、このまま押し潰せェェェェ!!!!』
服部を始めとした、アリアントン天体基地の守備隊が盛り返してきたのだ。攻め手を失ったルミニオン軍、恐るに足らずと言わんばかりに攻勢を強めていく。
最早軍としての体裁を保つには限界だった。悔しさを滲ませながら、ボーモンは撤退を指示する。
戦域に広がっていた多くの英雄と英雄機を可能な限り回収し、逃げ去るようにアリアントン天体基地の周辺宙域からワープしていく。
その姿を見て、アリアントン天体基地の地球連合軍は大きな声で勝鬨を上げるのだった。
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「くそ、くそ、くそぉ!!」
意識を旗艦ブリッジに置かれた生体ヒューマノイド躯体に移したボーモンは髪の毛を掻き毟っていた。
既に艦隊はアリアントン天体基地のソナー圏を抜けていた、後は拠点に帰るだけ。だがその足取りは重く感じる。
だが、帰らねばならない。戻り、軍備を整え、再び挑むために。ボーモンは沈みかねない気分を切り替え、次なる戦略を組み立てていく。
だが、彼に許されたのは屈辱ある帰還ではなかった。
『あー、君達には本当に申し訳ないと思っているんだ。でもね、僕は──』
ボーモンは不運だった。冷静さを失っていたとはいえ、入力したワープ先を間違えた。
ルミニオン勢力圏側ではなく、新生ローマ帝国側にワープしてしまったのだ。
ただ、それだけならまだ問題はなかった。急いで離れれば、何も問題はない。
『僕はね、自分の道を邪魔されるのは嫌いなんだ』
「隊長!! ソナーに反応ありッ、新生ローマ帝国旗艦……ルディ・アポリナレスですッ!!!!」
「……は?」
重ねて言おう、ボーモンは不運だった。
もし、この世に歴史家がいて、この事実を他者に語るとしたら、彼等はこう述べるだろう。
「この瞬間において、彼以上に不運な英雄はいなかっただろう」
何故ならば、彼と彼が率いる艦隊がワープした先に、この銀河における絶対者、最強の王者がいたのだから。
『申し訳ない、消えてくれ』
新生ローマ帝国皇帝、ガイウス・ユリウス・カエサルの冷たい言葉が放たれてから、僅か十分。
それがこの銀河から、ボーモンという一人の英雄が跡形もなく消え去るまでの時間だった。
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『エネルギー……消費、許容範囲、逸脱を確認。……オーバー……機能、停止……システム、強、制、シャット……ダウ──』
一方、アルの方はというと機体システムがオーバーロードしていた。
使用したバーナーブレイド──アルドワ・シュメルツァーが、機体に内蔵されていた容量をほとんど食い尽くしたのに加え、未知のデータが大量に流れ込んでいた。
|(なんだ、これ──)
視界が暗転する。英雄機との接続が切断されていっているのだ。カメラやセンサーとの繋がりが絶たれ、酷いノイズに覆われていく。
異変を感じた第二三四機動艦隊からも多数の通信が届くのを感じるが、それへの返答も出来ない。
《システム・エラー:メインOS応答なし》
《記憶容量媒体異常検知──緊急停止》
《全補助機能、順次ダウン強制執行》
《自動防衛モード:無効化》
《脳機インターフェース遮断開始──》
《自動保護機能起動。強制スリープモードへ移行します──》
聞いたことのない機械音声を耳にしながら、戦況がどうなったかも知ることなく、アルは強制スリープするのだった。




