第5話 襲撃は唐突に
三重連星が照らすその宙域に、灼熱を帯びる泡沫が浮かんでは消えていく。それは放たれた荷電粒子砲と超電磁砲とミサイルの豪雨に食いつくされ、爆散していくマシンの成れの果てだ。
片や宇宙に漂う惑星型の要塞から、片や数百の艦艇からなる大艦隊から。放たれる方向は異なる、だがそれらは共通して、光と鋼の弾雨は死の化身となって降り注いでいた。
しかしながら、両者は致命的な損傷は受けていない。だが全て回避しているわけではない。目を凝らして見れば、両者にビームやミサイルが当たる直前、透明の膜が防いでいるのが分かるだろう。
転調型偏極フィールド(Modulated Polarization Field)──「偏極制御された粒子場」と「整合プロトコルによるフィルタリング機構」により、一方向透過性を成立させた強力なシールドだ。
特定の識別コード──一分単位で切り替わり続けるが──無くして、この無敵の壁を突破することは叶わない。地球連合が数多の異星存在との戦いに勝利し、銀河を制圧出来た理由の一つとして知られている。
『転調型偏極フィールドの展開を確認』
『全部隊、整合コードを総当たりで試せ。こちらが先に当てる!』
よって、無敵の壁を突破する手段は限られる。
識別コードのプロトコルを解析し突破するか、圧倒的な物量でエネルギーを消耗させるか。そのどれかだ。
そんな熾烈極まる戦いが、アリアントン天体基地で起きていた。
「あーもうっ、どこのどいつよ! こんな時に攻めてくるなんて!」
第二三四機動艦隊指揮官にして、旗艦ヴェリタス艦長シャルロット・ホワイトは愚痴を叫びながらブリッジに飛び込んでくる。
彼女が着いた時には、既にブリッジ内は騒然としていた。増大する通信量と現在の戦況データの整理に大忙しであった。特に副官のジムは、濁流と化したデータの処理に追われている。
「敵軍は?」
「アリアントン天体基地よりデータ、送られてきました。ディスプレイに出します」
シャルロットの問いに答えたのはオペレーターの一人だ。手元のコンソールを動かし、ブリッジにある大型の空中投影ディスプレイに映像を映し出す。
「金の鷲、盾と剣の紋章……帝耀騎聖連盟ルミニオンか……っ!」
映し出された映像には、金の鷲と盾と剣の紋章をデカデカと飾り付けた艦艇と、同じ紋章を肩に刻んだ英雄機の群れがいた。
その紋章のことを知らない者は、ブリッジ内には居ない。
帝耀騎聖連盟ルミニオン。それは新生ローマ帝国に並び得る程の大勢力であり、カエサルにも引けをとらない大英雄──ヨーロッパ統一の父、聖帝カール率いる巨大勢力だ。
既に失われた宗教の一つ、キリスト教を星教に掲げる彼らの目的はただ一つ。
──『平和無くして、神は喜びを得ない』
全銀河に神の愛と威光を以て平和を成す、という大義で無用な争いを広げる新生ローマ帝国、そして無用な争いを広げた地球連合と敵対し、それらを愛で激しい戦いを繰り広げているのだ。
「よりによってルミニオン……。ジム、率いている英雄は誰か分かる?」
「は、マルク・アントワーヌ・ド・ボーモンと名乗る英雄かと」
その名を聞いて、シャルロットの脳裏に溢れた感情は疑問だった。それを察したジムは、続けて簡単な説明を行う。
「ナポレオン・ボナパルト麾下の一人ですな、突撃作戦を得意とするものの、策略等には不得意とされる人物かと」
ジムの説明を受け、シャルロットには一つの疑問が浮かぶ。何故今、このタイミングで──?
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マルク・アントワーヌ・ド・ボーモン。
長きに渡り続いたフランス王国に終止符を打った、かのフランス革命による大混乱と、それを乗り越えフランス皇帝に成り上がった英雄、ナポレオン・ボナパルトの部下である。
だがその実、彼には特段の武功は無いに等しかった。突撃戦法こそが騎兵の美学、そう信じて止まない彼を評価する程ナポレオンという男は馬鹿ではない。
虚栄心と無駄に高い誇り、ボーモンが持ち合わせているのはその程度に過ぎない。そんな彼が、何故今アリアントン天体基地へ襲撃したかの理由は、たった一つである。
「あの忌々しい小娘が……あ奴のせいで誇り高きフランス軍人の戦功が足りなくなるではないかっ」
アリアントン天体基地に攻撃を続ける艦隊──ボーモン突撃艦隊旗艦のブリッジで、彼は焦っていた。
ついこの前、ボーモンが属する帝耀騎聖連盟ルミニオンに新入りとなる英雄が加入した。それだけなら彼もまだ許せた、だが。
「ジャンヌ・ダルク……ええい、皇帝陛下の寵愛を受けながらして我らを愚弄するとは」
ジャンヌ・ダルク──最近になって加入した英雄の少女と率いる一派は余りにも武功を立てすぎたのだ。それこそ、ボーモンが仕えるナポレオン以上に。
帝耀騎聖連盟ルミニオンには数多くの英雄が在籍しているが、組織である以上派閥というものが生まれる。
そして派閥があるのなら、醜い派閥間の争いもまた発生し始める。だが直接的な争いは行えない、聖帝カールの目がある以上、彼の嫌う殺し合いは出来ないからだ。
よって、全てを決めるのは武功。如何に多くの敵を倒し、多くの平和を成せるかで決まるのだ。
「ここで俺が勝てば、陛下はお慶びになる上に我らが帝耀騎聖連盟ルミニオンの橋頭堡を確保できる!!」
ボーモンがアリアントン天体基地を襲撃した理由はそこにある。この基地は、新生ローマ帝国の支配宙域に程近い。
そして、帝耀騎聖連盟ルミニオンと新生ローマ帝国は過去の因縁もあって、その関係は正しく最悪であった。
独断専行での攻略作戦。だがそれを踏まえて尚得られる功績は巨大なものとなる。新たな方面からの新生ローマ帝国への進攻の先駆け、成せればナポレオン一派の意見はジャンヌ・ダルク派閥より上回ること間違いない。
「俺も出撃るぞ、騎兵に代わる新たな戦力……英雄機の突撃機動戦略を、時代遅れの地球連合に見せつけるのだッ!!!」
そうしてボーモンは、自らの意識を生体ヒューマノイド躯体から、艦隊空母に搭載されている英雄機、そのボーモン専用機にネットワークを通じて移動させる。
『準備出来次第、直ぐに出撃るぞ!!』
意識を移し終えたボーモンの機体に続き、十数機もの英雄機が動き始める。
それが複数の空母で同時に行われているのだ、文字通りけた違いの戦力がたった一つの要塞を攻め落とす為に使われる。
全ては勝利の為に、敗けが許されないボーモンは戦意を高めて母艦から出撃するのだった。
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「港を出る。我々第二三四機動艦隊も防衛に加わり、敵艦隊の撃滅にあたる」
「まだ防衛出動要請は出てませんが?」
「どうせこの後来るわよ、面倒ごとは早めに片付けておくわ」
「了解。各艦艇とアリアントン天体基地CPと通信回線を固定、及び転調型偏極フィールドの整合性プロトコルをアリアントン天体基地合わせ」
「恒星機関一番及び二番始動を確認、生成エネルギー量上昇。出撃可能規定値まで、残り三百秒」
「イグニス、オータムヌス、ヒエムスも出撃準備を進めていると報告あり」
空母ヴェリタスで着々と進む戦闘準備。ある種鬼気迫る空気が充満するブリッジに、空気の読めない──もしくは、空気を読まない──軽薄な声が響く。
「やあ皆さんお揃いで、お荷物お届けに上がりましたよっと」
声の主は、伊東甲子太郎であった。狐を思わせる笑みを浮かべながら現れたのだ。
「は、ぁっ!? い、伊東少将殿!?」
「お荷物とは、一体……?」
焦りのあまりしどろもどろになるシャルロットと、冷静さを保つものの困惑を隠せないジムの両名。だがそれも仕方ないだろう。
アリアントン天体基地に所属する伊東のことを、第二三四機動艦隊の面々は詳しくは知らない。だが彼の着る地球連合軍の軍服の階級章はありありと彼我の立場の差を知らしめていた。
「良い良いいよ、そのままで。あぁシャルロット大佐、はいこれ。君の艦隊の子だよね」
ブリッジ内にいた面々が慌てて敬礼をするが、それを制止させる伊東。にこやかな笑みはそのままに、先程から小脇に抱えていた荷物──アル・ネムホワイトを手渡す。
「えっ、アル君っ……!?」
「ついさっきお友達になったら、ルミニオンの連中が攻め込んできたからね。彼、まだ生体ヒューマノイド躯体を動かすのに慣れてなかったから、僕が連れてきたってわけ」
生体ヒューマノイド躯体はそのパーツ構成故に重いものの、宇宙港では重力は働いていない。シャルロットは軽々とアルの躯体を受け取る。
「さて、君たち第二三四機動艦隊にも防衛出動が発令される頃合いだけど、準備は……終わってるみたいだね。僕ここで見てるから、行って良いよ」
さっすがー、と軽薄に言いながら伊東はブリッジ内後方に備え付けられている席に座る。
それは元来、上級将校が視察の際に使うものだ。だが、そもそも視察の頻度は少なく、最近は使われることも無くなっていた。
予定外の観客へのため息を必死に隠すシャルロットだが、同時に通信士から入った「アリアントン天体基地から、基地防衛のための出動要請が発令されました」との報告を受け、覚悟を決める。
命令が下されたのなら、あとは軍人らしく職務を全うするのみ。シャルロットは艦長席に座り、自身の膝上にアルの躯体を座らせる。
「……良いんですか、それ」
「仕方ないでしょ、戻す暇ないもの」
ジムの怪訝な視線をさらっと受け流し、シャルロットは凛とした声で命じる。
「第二三四機動艦隊全艦、発進!!」
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空母ヴェリタス、そのドック内は騒然としていた。
つい先程母港に帰還し、つかの間の休息を得た。だというのに突如発生した襲撃は、ドック内の整備班を殺気立たせるのに十分だった。
着々と進むステラワイバーンと英雄機、グスルムの出撃準備。複数のスタッフが走り回り、パイロットも専用のスーツを着込みながら出撃可能なタイミングを待ち続けている。
そんな中、数少ない英雄機の整備を行える年長の男性──皆からは“親方”と呼ばれている──は、手に持ったデバイス内にいるアルと会話を繰り広げていた。
「こんな時に戦闘かよ、まだ武装の搬入も終わってなかったんだぞ……良いかアル、今回は射撃系兵装がねえ。接近する前に撃ち落とされんなよ」
『大丈夫です、斬る方が性にあってるので』
そんな二人の前に鎮座しているのは、アルの英雄機であるグスルムだった。
鈍色の装甲を纏うその姿は、中世の時代に地平を駆け抜けた騎士を思わせる風貌をしていた。頭部のカメラはバイザー式で、黒の遮光ガラスで覆われていた。
現状でも騎士の要素は強めだが、今は更に強まっている。
理由は、盾だ。新たに加えられた武装として、中型のカイトシールドが左腕にマウントされている。
盾の縁にはブレードが備わっており、シールド下部にはワイヤーアンカー機構が。裏には新たな実体剣とその鞘が備え付けられていた。
「何でも、地球連合が開発した複合防御兵装プラットフォームってやつでな。でも他の英雄にゃ不評だったみたいで、まあ半ば押し付けられた感じだわな」
『確かに、少し使いづらそうですね……』
だが使えないわけではない、アルはそう判断する。特にワイヤーアンカーはかなり面白い使い方が出来そうだ。
『ちなみに名前は?』
「バスティオン・エッジだと」
『ダサいですねぇ』
新たな装備の名前を酷評したアルは、すぐに親方のデバイスから、グスルムへ意識を転送させると同時に機体を起動させる。
「武装の運用補助プログラムはもうインストールしてある、上手く使えよ弟ォ!」
『後でお話ししましょうね親方!!!』
普段のやり取りも終え、アルの意識は機体全体に広がっていく。やはり生体ヒューマノイド躯体より、英雄機の方が性にあっていると痛感する。
暫くし、艦内放送が流れる。内容は「全機、出撃せよ」、それを聞いてアルは歩みを進める。
『アル・ネムホワイト、出撃する!』
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恒星機関が唸りを上げると共に進み始めるヴェリタス。その振動をブリッジで受ける伊東甲子太郎は、自身の躯体に備わっている通信機を使い、ある人物に連絡を取る。
「仕事の時間だよ、服部君」
『ウォォォォォォォォォ────!!!!』
その声に返ってきたのは、誇り高き侍の咆哮だった。




