第4話 アリアントン天体基地で、少年は迷う
惑星アリアントンを例えるなら、死の惑星だ。
三重連星──三つの恒星が互いの重力圏に束縛される恒星だ。一つでも相応のエネルギーを持っているが、三つともなれば生成するエネルギーは莫大なものとなる。
それを主星として常に光を浴び続けているからだ。三つの太陽が照り輝けば、自ずとその星からは水が消え去る。
星系が誕生して幾星霜、雨という概念が完全に消え去ったアリアントン。
だから雲一つ無い空を見上げれば、いつでもそれは見れるのだ。巨大な人口構造物を。
惑星アリアントンの衛星軌道上に佇むそれは、三重の日光を受け純白に輝く球体だった。無数に点滅を繰り返す位置灯と、無数の港から漏れ出る光がその巨体をより印象付けていた。
アリアントン天体基地。それが、一つの衛星を材料にして作り上げられた巨大要塞の名前である。地球連合軍が有する天体基地であると同時に、多くの軍人やその家族、そしてそれを支える人たちの生活拠点である。
生活拠点を兼ね備えている以上、内部には軍事施設以外にも多数の民間施設が存在する。例えば、超巨大アウトレットモールだ。
超巨大、というのは比喩でも何でもなくありのままの事実である。何せ高さだけで言えば、二十階建ての高層マンションがすっぽり収まる程だ。
無論、広さも並みのアウトレットモールの十倍近い面積を誇っている。
現代におけるダンジョン。そう表現してもおかしくない施設にて、一人の少年が道に迷っていた。
「迷った……ここ、どこ……?」
その小年は、アル・ネムホワイトだった。
人工知能である彼が、慣れない生体ヒューマノイド躯体に意識を移し、そして白のワンピースを着ながら道に迷っていたのだ。すべては、数時間前に遡る──。
◆◆◆◆◆◆《数時間前》◆◆◆◆◆◆
アリアントン天体基地に入港を果たした、第二三四機動艦隊。燃料や弾薬、資材の搬入を進めていくなか、彼らは久しぶりの休暇を楽しんでいた。
整備班や一部のスタッフを除き、大半がアリアントン天体基地内部にある民間施設に足を運ぶなか、シャルロット・ホワイトは満面の笑みを浮かべていた。
「というわけで、これ貴方へのプレゼントね」
『え?』
そんな彼女は、部下のアルに大きな段ボール箱を見せていた。
『いや、プレゼントって……』
「いつも頑張ってくれてるし、何より貴方と会ったのは五年前の今日だもの。実質、今日は貴方の誕生日ってことで」
誕生日──それを聞き、アルは確かにそうだったと思い出す。余り誕生日という概念には触れてこなかったこともあり、何も気にしていなかった。
「というわけで、お姉ちゃん奮発したから! さあ開けるわよ~!」
そう言うなり、シャルロットは箱をビリビリに破ってこじ開け始めた。
部屋が汚れるのもお構いなしな様子に、アルは内心呆れつつ、部屋に設置された監視カメラ越しに荷物を覗き込んだ。
『これって、生体ヒューマノイド躯体……?』
「そう、貴方の新しい身体よ」
生体ヒューマノイド躯体。元々は四肢の欠損などを補うために開発された義肢技術をより発展させたものだ。
人口筋肉や人口骨格を用いて作られたそれは、今では義肢以外にも人工知能──とりわけ、英雄達の新たな身体として使われている。
『でもこれって、物凄い高価なんじゃ……』
アルの懸念通り、生体ヒューマノイド躯体はかなりの高額で取引されている。家庭用の廉価版──表情が変わらない、飲食できないといった制限付きでさえ百万UDIもするのだ。
だが、開封された躯体は廉価版よりも遥かに高性能であるのが見ただけで分かる。
「ええ、三ヶ月分の給料まるまる吹っ飛んだわ……」
値段について問われたシャルロットはにこやかな、だがどこか達観した笑みを浮かべそう呟いたのだった。
ちなみに、シャルロットの月給はおおよそ百十万UDIである。
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「身体の調子はどう? 問題ないかしら」
「ぇ……ぁ……っ」
「うーん、言語モジュールが立ち上がってないのかしら……」
シャルロットの高い給料を使い果たし購入された生体ヒューマノイド躯体、その見た目は少年だった。
シャルロットに似たプラチナブロンドと緑色の瞳をしており、事情を知らない人物が見れば姉弟であると勘違いする程に瓜二つだった。
|(絶対そういう風に注文したな……)
だが、新しい躯体の姿にいちゃもんを付けるつもりはアルには無かった。
普段は艦隊内のネットワークに常駐していたが、躯体のお陰で好きに移動できるようになったのは、アルにとってはたまらなく嬉しかった。
感謝を告げたいが、まだ言語モジュール──言葉を話すための機能──が上手く作動しなかったが、それもすぐに解消される。
「あ、あー。あー……よしっ」
「復唱、あめんぼあかいなあいうえお。うきもにこえびもおよいでる」
「それ滑舌を良くする為に使われてたやつじゃないですか、そもそもヒューマノイド躯体の大半はスピーカー使われてますよ」
「ぐぬ」
淡々としながらも、アルは新しい身体を動かしていく。可動域は英雄機と余り変わらないが、人間の間接には不慣れなのも事実だ。
「慣れる為にも、少し出歩いてきたら? どうせ、あと数日はここに滞在するわけだし、思う存分羽を伸ばしなさいな」
何度もストレッチを繰り返す中、シャルロットからの提案はアルにとって魅力的だった。
「……良いんですか?」
「勿論、でも何かあったらすぐお姉ちゃんに連絡するのよ」
そう言って、シャルロットは自室の机から小型デバイスを取り出してアルに渡す。
古くはあるが、充電はきちんとされており動作も問題なかった。アルが出歩く事態を見越して、事前に準備をしていたのだろう。
そのことに感謝しつつ、アルはもう一つ姉におねだりするのだった。
「ありがとうございます、それともう一つ……外に出る用の服も欲しいのですが」
「お姉ちゃんのお下がりで良い?」
「良くないですね?」
そうして、男としての最後の尊厳を守り抜くべく自身の上官に立ち向かうアル・ネムホワイトであった。尚、結果は前述の通りである。
◆◆◆◆◆◆《現在》◆◆◆◆◆◆
「はぁ……」
アルは一人寂しく、アリアントン天体基地内部にある、巨大なショッピングモールのベンチで座っていた。
肉体的な疲労は感じない生体ヒューマノイド躯体だが、精神的にはそうもいかない。
起動て早五年、初めて得た肉体での活動は目にも物理的にも捉えられない、精神の疲労をもたらして彼の足を鈍くしていた。
だが、それ以上の疲労の原因があった。
「なんでこんなに似合ってるのかなぁ……」
アルの着ている白のワンピースが、存外似合っていることだ。誰も気付きもしないし、それどころか清掃していたおばちゃんから「可愛いわね~」と褒められるレベルだ。
個人的には、もう少し男らしさが雰囲気で出ると思っていたが、現実はそう甘くなかった。
「少し休んだら帰ろう……」
すぐに帰るのは難しい、そう判断し深くベンチに座り込む。硬く、暖かみを微塵も感じない量産品のベンチだが、アルにとっては未知の感覚だ。
「やぁ、隣良いかな?」
だがそれは次の瞬間、身の毛がよだつような感覚に切り替わる。そしてその原因たる声の主、その姿をアルは恐る恐る目を向けた。
そこにいたのは、狐を思わせるような切れ長の瞳に、濡れ鴉色の髪が特徴的な長身の青年だった。
だが、アルが恐怖を覚えたのはそこではない。彼より大柄な体格の人物はいくらでもいるだろう、だが放たれる圧が尋常ではない。
並みの人間、異星存在では話にすらならない。凄絶極まる威圧感。機械の身でありながら感じ取れる圧迫感。そんなことが出来る存在なぞ、アルは一つしか思い当たらない。
|(英雄……!? 何でここに……?)
英雄。地球連合が開発した、過去の英雄豪傑を模倣した人工知能。だがその大半は今や地球連合を裏切り、人類と対立している。
「返事ぐらい欲しかったんだけどなぁ」
青年はそう言って、アルの隣に座り込む。それだけでアルの身体を襲う圧力は増していき、今にも逃げ出したい気持ちに駆られていく。
「あ、なたは……」
だが、その気持ちを必死に圧し殺して声も絶え絶えに問いかける。
「どっち、ですか……?」
隣に居るのは正しく英雄。殺し殺されるということが当たり前の時代に生まれた人間だ、下手をすればこの場で躯体ごと破壊される可能性すらあった。
だが、その問いかけに青年はにこにこと笑みを浮かべ気楽に答える。
「はい、地球連合軍のID。検索してみ」
その答えは、デバイスの画面だった。それを視認したアルはすぐに脳内で軍用ネットワークにアクセスし、照会を行う。
「どうだった?」
「……確認、はい……取れました……、っ!?」
照会はすぐに終わるが、同時に目の前の青年の立場に驚きを隠せなかった。
「じゃ、改めて自己紹介しようか。地球連合軍アリアントン天体基地第三防衛区画大隊長の、伊東甲子太郎少将。よろしく頼むよ、アル・ネムホワイト軍曹待遇君?」
伊東甲子太郎。
日本史において、激動の時代と例えられる江戸時代後期にて活躍した人物だ。
あの悪名高き新撰組の参謀として活躍するも、自身の思想と新撰組の思想に大きな溝が生まれたと同時、薩長の動きを探るためという「名目」で御陵衛士を結成する。
だがそれは新撰組からすれば立派な裏切り行為。結果、彼は新撰組副長、土方歳三の独断により暗殺されることとなる。
「いやぁ、僕のことよく知ってるね?」
「まあ調べれば出てきますからね」
二人の突然の出会いから数分後、彼らは仲良くなっていた。
共に常識人としての感性を持ち、そして二人して苦労人としての性質を持っていた為だろうか、僅かな会話で内解け合えたのだ。
「でも世間的には、裏切り者の代名詞みたいになってますよ?」
「酷いよねそれ、僕裏切りとは無縁だよ? ほら見て、この正直者の瞳を」
「すみません、端から見ても裏切り者の顔です」
「君かなりズバッと来るなぁ!?」
新撰組を題材にした創作ではかなりの高確率で裏切り者扱いされる伊東甲子太郎だがその実、残された文献から察するに温厚で平和を愛する人物であったことが見受けられる。
また、暗殺されるきっかけとなる、新撰組局長である近藤勲の暗殺計画もその可能性は極めて低かった、と見なされている。
「ほんと、許せないよ新撰組の連中。近藤さんならともかく他の人たち見かけたら斬って良いよアル君、僕が許す」
「流石にそれは……」
新撰組の面々も英雄として活動していることは地球連合も確認している。
だが、流石に天下の人斬り集団と恐れられた、希代の剣士たちを斬れるとは微塵も思えない。
「で、何故伊東少将はこちらに?」
「伊東少将って、酷いなぁアル君。君と僕の仲じゃないか、親しみを込めてかっしーで良いよ?」
「流石に上官の上官に対してそれは無理です、じゃあ伊東さんで」
「まあ良いか、いやね? 君ずーっとここに居たの見かけてね。君も英雄だろ? ここってあんまり同類居ないから珍しさ半分興味半分でね」
伊東の説明はアルも納得せざるを得ない。このアリアントン天体基地に自分と同じ英雄がいることをアルは知らなかったからだ。
|(だからといって、普通近付くかな……?)
その疑問も、個々人の違いと決めて会話に意識を戻していく。艦隊内の人員以外で、ここまで話したのは初めてに等しい。少しは楽しんでも良いだろう。
「興味半分……残りの半分は?」
「んー……そうだね、残りの半分は」
アルの質問に、伊東は暫し逡巡し、そして呟く。これから訪れる未来の出来事を。
「英雄の仕事の時間が、始まるからね。誘ってるのさ」
次瞬、アリアントン天体基地に激震が走る。地面──文字通り基地そのものが揺れたのだ。
無論、人工構造体である以上地震を誘発させるプレートなどは存在しない。だからこそ、たった一つの答えにアルはすぐにたどり着く。
「襲撃!?」
新生ローマ帝国か、それとも他の勢力か。その正体はまだ分からないが、それでも軍人として戦うことに変わりはない。
そうして二人の英雄は、存在意義の為に持ち場に戻るのだった。
「すみません伊東さん、まだ動けないのでおんぶしてください」
「君もしかしてかなり図太いね?」




