第29話 決着
二人の戦いは正に熾烈を極めていた。
先の一方的な蹂躙という様相は既に遥か彼方、互角の戦いを演じていく。いや、それすら楽観的な視点での感想だろう。
『グッ、……チィッ!!』
『口ほどにも無いな、剣闘皇帝。貴様の目指す英雄とはその程度か』
コンモドゥスは理解していた。目の前にいる英雄、アル・ネムホワイトと切り替わったこの人物は、桁外れに強い。
戦士としての力量は、確実に己を越えていると確信している。現に、片腕片足というハンデがありながら、コンモドゥスは未だに攻防に着いていくので精一杯だ。
──で、だから?
『ほざけぇぇッ!!』
この状況、コンモドゥスからすれば願ってもいないことだった。まだ見ぬ強者、遥か格上に挑むという高揚感が、コンモドゥス精神と機体の限界を破壊しに取り掛かる。
結果、コンモドゥスの成長曲線は先程までとは比較にすらならない規模で跳ね上がる。
『改めて問おう、貴様は一体何者かッ』
『重ねて言おう、語る必要はないとッ』
放たれるアルであった英雄の刺突。回避して尚追随するそれは、コンモドゥスは必中の一撃かと思わずにはいられない。
故にコンモドゥスは、己の武装──大英雄越えし試練の十二の真価を発動する。
『駆けろッ、神鹿よ瞬足と成れッ!』
瞬間、手にしていた大槌が変形分離し、英雄機に合体していく。まるで鎧のようなそれは、しかし全く異なる機能を発揮する。
『ぬ、ぐぉ……ッ!?』
『遅いッ』
その機能とは、追加ブースターであった。先までとは打って代わり、コンモドゥスは高い機動力を以て敵手に肉薄していく。
『なるほど、その武器。英雄ヘラクレスの試練、その具現化ということかッ』
機体出力は互角、ならば速度で上回ると言わんばかりに戦域を駆け巡るコンモドゥス。
剣という最後の武装も打ち砕かれるなか、ならばこちらもと、名も知れぬ英雄は虚空に手を伸ばす。
『彼方の位相より此方に、我が呼び掛けに応じ──来い』
ただその一言で、空間が爆砕した。吹き荒れる時空嵐と言う物理法則を小馬鹿にするかのような異常現象が、コンモドゥスの眼前で広がっていく。
そして次の瞬間、何もかもを飲み込まんとする空間の孔から白亜の方舟が現れる。
『あれは、《マザーベース》か……ッ』
一目で分かる、あれは《マザーベース》だ。だが記憶を探れば、確かアル・ネムホワイトには《マザーベース》がない筈……そう考え、全てを捨てる。
過去に囚われるな、現在を受け入れろ。情報を更新し続けろ──その決断に全てを託し、《マザーベース》の破壊を試みるコンモドゥス。
だが、全ては遅きに失した。
『各部位疑似神経接続確認、中断。──いくぞ、コンモドゥス』
破壊された左腕と右足、その予備パーツが《マザーベース》から射出されたのだろう、コンモドゥスが動き出した時には既に五体満足へと復元。
そして新たな武器も手にしていたが、コンモドゥスは驚愕を隠せない。
『何だそれは、刀……? いいや、違うッ』
『全くだ、我がことながら意味が分からん』
コンモドゥスが目にしたのは、両刃の日本刀だった。だが同時に、その根底は日本刀とは何もかもが異なるものだと理解できた。
部下の山田浅右衛門吉継が持つ物と比較すれば、その差違は明らか。更に自前の知識も総動員すれば、答えは自ずと見えてくる。
『西洋剣か、反りを持つとは珍しいな』
『祖父のを、見よう見まねで模倣したに過ぎん。──得と味わえ』
絶剣の冴え、堪能せよと言わんばかりに振るわれる双刃。一息で数十を越え、尚も増え続ける斬撃の五月雨をコンモドゥスは本気で凌いでいく。
『貴様は先程言ったな、悪の敵、と。何だ、正義の味方気取りか?』
『正義の味方は、俺とは対極の概念だ。俺をその言葉で称えること、彼らの名を穢す悪行と知れ』
そんな最中、コンモドゥスの問いに双刃の英雄は怒気を込めて返す。
放たれる縦横無尽の剣戟乱舞。正に斬撃の包囲網と化した戦域を前に、コンモドゥスは心の底から歓喜する。
『オレは構わん、貴様が正義の味方だろうが悪の敵だろうが知ったことか。英雄同士の戦いほど、この身を奮わす光景は無い!!』
『──そうか。やはり貴様は、ここで死ぬべきだ。コンモドゥス』
歓喜絶頂、己の理想の体現を前にコンモドゥスは己の全てを振るっていく。
再度変形を開始する大英雄越えし試練の十二。その姿は冥界の門番、死者と生者喰らう三つ首の冥犬。
そして三つ首から放たれるは三重の荷電粒子砲。コンモドゥス有する最大最強の火力を、しかしアル■■■■は回避もせず、手にした双刃で切り捨てていく。
『他者を愛し、慈しむ。花を愛で、育てる。それこそが、この世で最も大事なことだと、何故気付かん』
『それは弱者の思考だろう。英雄の視点ではないだろう』
致命の奔流を突破したアル■■■■、しかしその眼前に現れた鋼の猛牛の一撃を受け吹き飛んでしまう。
だが、決して──。
『だからこそだ』
反撃の一撃が、クレタの牡牛の再演を一刀両断していた。
『英雄とは、他者を虐げ鏖殺し流血を栄光にするようなゴミクズの総称とも言える。そんなものを、誇らしげにする理由が分からない』
ブースターを全開にし、蒼の流星と化したアル■■■■。しかしなお、英雄信奉者への侮蔑は止まらない。
『パンを焼く、花を育てる。良き明日を夢見て眠りに就く──そんなこと、英雄はろくに出来んだろう』
『──あ?』
『誰も彼もが日常を放棄し、戦いと功績を求めて突き進む──それを英雄譚などと、愚昧にも程がある』
冷徹な視線と、放たれる必滅の一閃。ただそれだけで、コンモドゥスの武装は完全に破壊される。反撃の手立てを再度用意するには時間が足りない。
『故に、見せてみろ。アル・ネムホワイトを名乗る英雄よ。お前が、真に英雄を名乗るなら──』
『──貴方の理想を、越えてみせる!!』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
機体の制御権を奪われたアルは、無為に過ごしていたわけではなかった。
「これは……」
アルの目の前に広がる光景を、有り体に例えるならば──地獄であった。
泣き叫ぶ女子供、武器を持って挑んだ男達は悉くが殺されていく。燃え盛る教会と、積まれた数多の書物が無言の嘆きを奏でていく。
だが、光景はそれだけではなかった。
嘆きが響き渡る無残に砕かれし城塞。迫り来るは海を渡りしヴァイキングが末裔。
数多の国は亡び去り、先祖が伝えし文化は消え去り、神の祝福は奪い去られた。
誰もが涙を流し、苦悶に打ち震え、その滅びを受け入れようとしたその時に──"英雄"が立ち上がる。
鳴り響くは雄々しい足音。
轟き渡るは鋼の決意。
我等が祖国に希望を、我等が怨敵に絶望を齎すべく一つの信念が反撃を開始する、その光景を。
「これが、僕の過去……」
今、自分の代わりにコンモドゥスと戦っている英雄の正体を漠然と理解できたアルは、学習を開始する。
今までの自分は、外部の知識から戦闘経験を育んできた。であるならば、目の前の戦いは絶好の教育資料となる。
剣の振るい方、視線の動かし方、反撃の一手……攻防その全てを学び尽くしていく。
無限とも思える、しかし刹那の一時と言える刻を経て学習を終えて──アルは現世に帰還を果たす。
──英雄機制御権移行を確認。メインOSコード・アル■■■■からコード・アルへ。
無音の文言と共に、再び英雄機を動かせるようになる。
しかしそこに歓喜は無い。まだ目の前に、倒すべき英雄がいるから。
『戻ってきたか、アル・ネムホワイトォォォォォォッ!!』
コンモドゥスはアルの帰還を、彼以上に喜ぶとと共に己が全霊を振るうべく、《マザーベース》に命令を下す。
自壊すら強要──復活する機能すら放棄し、コンモドゥスは歓喜のままに勝利を目指して突き進む。
『神話の再臨、ここに果たす!! 数多の巨人打ち殺せし極限、《巨人大戦・女神の栄光》ィィィィィッ!!!!』
予備武装の全解放、そして合体・変形を経てコンモドゥスは神話の英雄が如き様相となる。
鋼の巨人──英雄機を以てしてその表現となる巨体。
『『行くぞォォォォォォッ!!!』』
重なる叫びと、放たれる一撃。双刃と棍棒が交差し、そして……。
『どうでした? 戦いは』
『くっ、はは……足りん。足りんぞ、アル・ネムホワイト……ああ、だが……』
『──満足だ』
英雄を夢見て、強者との戦いを求め、暴君として暗殺されたコンモドゥスは──理想を楽しみ、英雄として死んだ。




