第26話 アビサリス
『ええい、なんだあの奇怪な結晶体は!?』
補給の為に一時退却をしたアル達の目の前に現れた、虹色に煌めく異形の結晶構造。それを知らないルキウスがぎゃーぎゃーとわめく中、アルも内心冷や汗をかく。
『あれは……アビサリス……?』
『確か、ゼーレヴェ星雲大戦で新生ローマが連邦相手に出した生体兵器ですわね』
『まさかそんなものまで引っ張ってくるとはね……』
ゼーレヴェ星雲大戦。数年前に発生した、新生ローマ帝国とハプスブルク=ロートリンゲン啓蒙連邦の間の大規模会戦だ。
その戦いでは、コンモドゥス率いる艦隊と、啓蒙連邦有する第二世代型英雄、『竜殺し』ジークフリート艦隊が衝突したという。
その戦いのなかで運用されたのが、今目の前に現れたアビサリス……ということである。
『なるほど、正に神話の怪物が如き存在か。それで、どう攻略する』
『攻略もへったくれもありませんわ、あれはもう英雄機とかじゃどうしようも出来ない領域の概念ですもの』
アンの言は正鵠を射ていた。何せあのイアペトスと同規模──天体級の巨体を誇っている。そんな生物が暴れれば、まず間違いなく艦隊は壊滅的な被害を被ることになる。
しかも超級規模の重力源を有しているのか、観測機器がまるで作動しない始末。
僅かに近づけば、それだけで機体が軋み破砕されるかのような錯覚を、電子の身体でありながら味わう程だった。
そんな存在を、高々十メートル程度の鋼の巨人でどうこう出来る筈もない。半ばアンは諦めの境地にいた。
だがその状況を打開するきっかけが訪れる。それは、イアペトスからの超速通信であった。
『……全英雄を、イアペトスに集結させるか』
『何を考えてるんだろうね、上は』
『さぁ? まあ私達のような歩兵にゃあんまり関係ありませんわ』
全英雄、集結──そんなイアペトスからの通信を受け、ルキウス達は移動を開始する。
『……ところで二人よ、少年はどこに行った?』
『『……え?』』
しかし、その中に……アルの姿は無かった。
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『で、何の用ですか──コンモドゥス』
『ヨく来たナ、アル・ネムホワイト』
その頃、アルはというとコンモドゥスとの対話に勤しんでいた。
丁度、布陣する地球連合艦隊と新生ローマ艦隊の中間の位置で、二人の英雄は言葉を交わす。
『さて、ンジンガを殺しタソうだな』
『はい』
『ソウカ、やはりオ前か』
互いに流れる空気は正に凪。まるで長年の友との会話すら思わせる程に、敵意は感じられない。
コンモドゥスは、まるで涙を拭うかのように目元に手を翳す。
『あいつハ、良い教師だッタ。俺には王とシテの才覚は無カッタかラナ……もっと、奴ト語らえバト思ってしマウ』
『……』
『安心しろ、恨みハナい。戦いとハそウイうものだ』
コンモドゥスの語ること、それが本心だとアルは心から理解する。そして、だからこそ抱いた疑念をコンモドゥスに投げつける。
『では、僕をここに呼びつけた理由は?』
イアペトスからの通信、それとほぼ同時にコンモドゥスはアルに向け通信を繋げていた。内容は至って単純、一人で来いというメッセージと、集合先となる宙域の座標。
他の英雄も、連れていこうと思えば出来た筈のアルであったが、そんな卑怯な真似はしたくなかった。
その覚悟を感じ取ったか、コンモドゥスは毅然とした態度で答える。
『呼んだ理由か、決まっている。──此方に来い、アル・ネムホワイト。必要ならば、お前の後ろにいる艦隊全て受け入れる』
『お断りします。そちらは、僕のいるべき場所じゃないと思うので』
コンモドゥスの勧誘を、アルは一蹴する。直ぐに断られるとは思っていなかったのか、コンモドゥスは苦笑を溢すしかなかった。
『逆にどうです? 貴方がこっちに来るのは』
『御免被る。オレに平和は似合わんよ』
そして逆もまた同じ。そのやり取りを経て、アルはコンモドゥスの本質に気付く。
『戦いが好きなんですね』
『さてな、そうかもしれんし……そうではないかもしれん』
闘争を好んで行う生命は少ない。どんな敵であろうと、怯まず竦まず挑み続け勝利を積み重ねるなど、通常の生物なら正気の沙汰では無い。
だが、人間は違う。
武器を取り、肉を切り裂き、骨を砕き、血を流し血を浴びる。それが正しくないことは承知の上で、しかしそれを成せる者達──英雄に憧れてしまう。
『戦い、殺し、立ち続ける。かつてのコンモドゥスがそう願ったことを、否定は出来ん。英雄に憧れてしまったのだから』
曰く、コンモドゥスは己をヘラクレスと同一視していたという。それはある種、英雄への憧憬から来るものであった。
一人を殺せば殺人者、百万殺せば英雄。──ならば、己は百万を殺し英雄になる。
それが、今の英雄コンモドゥスが掲げる誓い。
『もう良いですか?』
『語るに及ばず』
だからこそ、アルはこれ以上の語らいは不要と判断する。
英雄機に表情といった機能は無い。能面を思わせる顔は変わらず。しかし声色から、二人が互いに柔和な笑みを浮かべているのは想像に難くない。
刹那の静寂が流れ、そして次の瞬間──両艦隊から放たれる無数の砲火が、英雄の激突を彩っていく。
百花繚乱の火線の中を、アルとコンモドゥスが咆哮し最大出力で突撃しそして──
『貴方の戦いを──』
『貴様の全てを──』
──殺意と覇気を伴って激突する。
『『ここで終わらせてやる!!!』』
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──時を幾ばくか戻して、地球連合艦隊中央
『急に呼びつけてすまない、もう一刻の猶予もないのでな』
ヴラド三世の一言は、謝罪だった。それもそうだろう、緊急とはいえ、近くもない距離を無理矢理移動させられたのだから。
だが、彼らは別に対面して話し合っている訳ではない。
超速通信──英雄間のみで成立する通信方法。
情報を超圧縮することにより、人間の感覚では数時間近い情報のやり取りを、僅か数秒にまで圧縮する。
しかし常に出来る訳でもなく、それなりに時間も手間も必要だが──そんなものは戦闘開始前に終わらせている。
『構わんとも、それで己達を呼んだ理由は何なのだ』
『そうですわそうですわ、こっちはアル様も急に居なくなってしまって大変ですのよ』
『僕はこの話が終わったら、早く捜索しに行くつもりだから』
超高速のやり取りでルキウス、アン、メアリーの三名は思い思いにヴラドに対して、己の考えを吐露する。
『待て、アル君が行方不明だと』
『うむ、こちらに呼ばれた時には既に、な』
『こんな時に……まあ仕方ない、今はあのデカブツが優先とする』
アルのことを心配もしていないのか、ヴラドは話を進めていくことに三人の英雄は不快感を露にする。
だが同時に、ヴラドとしてもこの三人に動かれては困るのが現状であった。アビサリス級の怪物に対処するには、多くの戦力が必要不可欠だから。
『探しに行くのは結構だが、あれを放置してはそれも無意味と化す可能性もある。おすすめはせんよ』
『ちっ……で、地球連合様にはアビサリスへの対処策はあるんですのね』
『無論、無ければ呼ばん』
苛立ちを隠さないアンであったが、ヴラドは凪と受け流していく。そんなやり取りを打破したのは、この通信にいるべきもう一人の英雄であった。
『なんじゃ、大層険悪な雰囲気じゃのう』
『……朝倉宗滴、大物のご登場だね』
入ってきたのは、艦隊の実質的なトップの英雄が一人、朝倉宗滴だった。名の知れた英雄の登場に、メアリーは思わず固唾を飲む。
『さて、では必要な人員は集まった故、これより軍議を始める』
ヴラドは、堂々とした態度でその場に集った英雄達に叫んだ。
『アビサリス撃滅作戦──オルフェウスの竪琴作戦をまとめていく』




