第25話 戦いが終わって、また戦いが
『ンジンガが敗れただと』
戦場に流れる一抹の静寂のなか、コンモドゥスは独り呟く。
同時、新生ローマ帝国艦隊に流れた急報は、鋼の群体を静かに揺らしていた。
敵対している地球連合艦隊に属する、著名な英雄といえばヴラド三世と朝倉宗滴。彼らの手によるのならば或いは……とコンモドゥスは考える。
しかし直ぐに否と、首を横に振る。
『ヴラドは浅右衛門が抑えテイる、宗滴は少ナクトも動いてイない』
先程、山田浅右衛門吉継からヴラド三世との交戦を開始したと報告は受けていた。連合の艦隊指揮も、歴戦の古強者が取っているかのように無駄と隙がない。
ならば誰が……という疑問を、コンモドゥスは抱かない。抱く必要すら無い。
『全軍、一時後退。艦隊及び隊列ヲ再編し、再攻撃の準備を整エロ』
コンモドゥスの命令を受け、新生ローマ軍は徐々に戦域から離れていく。無論、後背からの強襲を避ける為に警戒は怠っていない。
『いるか、スヴォーロフ』
『おお我がドゥルークよ!! 早くワシにも突撃命令をくれんか、今にも暇すぎてナポレオンをぶっ殺してから死にそうじゃわい!!』
続け、コンモドゥスが通信を繋げたのは、彼の配下の英雄が一人、軍神スヴォーロフ。
数多の戦争を戦い抜き、生涯不敗を謳う、帝政ロシア最大最強の大元帥だ。
そんな老兵の懇願に対して、コンモドゥスは淡々と返す。
『艦隊指揮は任せル、地球連合も奇襲カらそロソろ立て直すだロうしナ』
『任せい、疾風すら生ぬるい神速の用兵を地球連合の木っ端共に見せつけてやろう』
『頼む。ソレと、アレを呼べ。あの艦……イアペトスを撃沈すノニは、必要不可欠だ』
コンモドゥスからの指示を受けたスヴォーロフだが、まるで子供のように駄々をこね始める。
『ぬぅ……ワシあれ好かん。やだ』
『頼む』
『……まぁ、主の頼みとあらば仕方あるまいか……』
コンモドゥスの真摯な頼みに、スヴォーロフは折れざるを得なかった。通信が切れると同時、部隊が動き出していく。
コンモドゥスもそれに続き、後退を開始する。そんな彼の胸中を渦巻くのは、ある種の嘆きであった。
コンモドゥスはンジンガを部下とは微塵も思っていない。いいや、ンジンガだけではない。
吉継も、スヴォーロフも、コンモドゥスにとっては教師なのだ。
己が持っていない才能、才覚、技術──それらを学びたいがために、コンモドゥスは彼らを勧誘した。
あのカエサルすらをも言いくるめ、他のローマ皇帝から後ろ指を指されようとも知らぬ存ぜぬと言わんばかりに。
理由は一つ、己が無才だと知っているから。
統治者としても、戦士としても半端なコンモドゥス。それは歴史が証明しており、そしてコンモドゥスもそれを自覚していた。
だからこそ学ぶのだ。後付けで構わない、君臨する数多の王に並ぶ為に、剣闘皇帝は進み続ける。
『スマない、ンジンガ。お前の仇を討つトは言わん、だが……』
刹那の黙祷。死した戦友に祈りを捧げ、しかし同時、高らかにコンモドゥスは吼える。
『お前の死は無駄にはせん』
その叫びが響く場には、完膚なきまでに破壊された白亜の英雄機が、敗れた山下奉文が静かに浮かんでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「全軍に損害を報告するよう伝えろ、状況を知りたい!」
「英雄、ヴラド三世より報告。敵軍の撤退を確認したと」
「航行不可能な艦の収容体制はどうなっている!?」
「イアペトスの対宙迎撃火砲の緊急メンテナンスを急がせろ!! 第二波は何時来てもおかしくないぞ!!」
新生ローマ帝国、後退。
その情報は、地球連合艦隊でもキャッチ出来ていた。攻勢が止むならこれ幸いと、態勢を整え始めていく。
無論、反転攻勢の機会と具申する者もそれなりに居たものの、バルダックはそれを固く禁じたのだ。
「不可解だな」
「うむ」
理由は一つ、意味が分からないからだ。
こちら側として見れば、奇襲を成功させ勢いのまま撃破し続ければ、敗北以外の可能性は極小皆無だった。
にもかかわらず、目の前に広がる光景はそそくさと逃げ帰る新生ローマ軍。正直言って、理解に苦しむ光景だ。
「ローマに島津に関連する英雄はいたか?」
「いやぁ、居るまいよ。奴らが居たら居たで、もっと上手くやるわい。」
バルダックは捨て奸という、島津家が好んで使った戦法かと疑ったものの、宗滴はそれを否定する。
そもそもあの島津の化物共がいたら、被害は更に広がっていたことだろう。
生前には遭遇したこともない兵達だが、宗滴の知る知識から照らし合わせて見れば、この撤退は別物だと宗滴は結論付ける。
「奇襲の利点を捨てたんじゃ、今は態勢を整えるしかあるまいよ」
「それもそうだな……」
宗滴は、敵襲の最中にいても尚、気だるげな態度を崩さないバルダックに苦笑を溢しつつ、指示を飛ばしていく。
敵の戦法は分かった。ならそれに対応したものを布陣するまでと、不敗の老将は笑みを浮かべる。だがその直後、笑みは唖然とした表情に変えられることとなる。
「ッ!? 前方宙域に、異常重力場の形成を確認ッ!!!」
「なんじゃと!?」
管制官の報告と共に、スクリーンに映し出されたのは異様な光景だった。
空間がねじ曲がると同時、本来発生し得ない雷電が虚空を焼いていく光景。
遥か彼方に見える新生ローマの艦隊が不自然に歪んでいたが、その配置に宗滴とバルダックは直ぐに違和感に勘づく。
「何故左右に……!?」
新生ローマの艦隊の中央にぽっかりと大穴が空いていた。くり貫かれたようなような布陣、その意図と理由にいち早く気付いたのは──バルダックであった。
「全艦後退、イアペトスを前に出せ!」
久方ぶりに──いや、もしかしたら初めて──バルダックの怒声を浴びた操舵手と通信士が慌ててその指示に従う。
超々々弩級の名に相応しい巨体を揺らしながら、天体空母三番艦は最前線に現れる。
「全く、コンモドゥスめ……面倒なことをして……!」
直後、イアペトスを荒れ狂う時空震が襲う。空気すらない空間をも揺るがす莫大なエネルギー、それを何に用いたかをバルダックは既に悟っていた。
「イアペトス前方、巨大な艦影を確認……いや、これはっ」
「前方に生態反応を検知、生物です!!」
「重力変動を確認! ブラックホール級の質量が、アルクビエレ・ドライブを使用した模様です!」
「来たな、ローマが保有する、最悪の生物兵器。多層結晶構造生命体──」
バルダックの視界に映る、虹色に煌めく異形の生物。ビスマス結晶を思わせる多層構造の外郭を纏った、宇宙怪獣。その名を──
「アビサリス」




