第24話 戦場に華と疑問が咲く
ンジンガ・ムバンデとの戦いは熾烈を極めた。
技量、経験、共に格上。しかもそんな相手が油断していないという現実が、アル達地球連合を敗北の坂に蹴り飛ばしてくる始末。
そんな中、アル達はというと部隊内極秘通信で作戦を練っていた。
『強すぎないかこの女王』
『同感』
『異議なしですわ』
『もっと真面目にやりましょ!?』
ぶーたれる三人に冷静に突っ込むアル。だが、皆がそう思うのも仕方のないことだと、アルも承知していた。
現に今も、アンの遠距離狙撃を防ぎながら数十の子機をまとめてスクラップにしているのだ。意味がわからない。
あと何年、戦場で生きればあのような芸当が出来るのか……アルには想像すら出来なかった。
しかし、そんな弱音を吐けば状況が打開出来る訳もない。死に物狂いで、目の前の吹き荒れる死の旋風の突破を試みる。
そして他三人の英雄達も無言でその援護にまわる。アルの接近に少しでも対応を遅らせる為に。
遠距離からの的確な支援狙撃、大剣による大振りの一撃、全方位からの斬撃による牽制。それらを欺瞞として、致命の刃となったアルは静かに突き進む。しかし──
『バレない、とでも思ったか?』
『く、づぁっ!?』
ンジンガの持つ経験が、その欺瞞を解き明かしてしまう。
アンによる狙撃を紙一重で避け、ルキウスの重い一撃を弾き、メアリーの強襲を無意味と断じて回避も防御もすることなく受け続けながら、アルに向け叫ぶ。
『一体何度言えばわかるのか、貴様らは浅いんだよォッ!!』
直後、放たれる殺戮旋風。斧と鎖とナイフが、縦横無尽に振り回されることで成立する破壊の嵐を前に、アルは全力で逃げるしか出来なかった。
あと少し遅れていたら──ルキウスがアルの出遅れに気付き、自らの英雄機を犠牲にしてなければ、間違いなくアルの生命は終わっていた。
『ひとぉつ!!』
ルキウスの撃破に気圧されてしまうアルだったが、それを見逃すほどンジンガは甘くない。哄笑を上げながら突撃を敢行する女王に、蒼と紅の機影が飛びかかる。
『アンッ』
『メアリー!』
互いの名を呼ぶのは、生前からの決まりごと。視線を合わせる必要すら無く、歴史に名を刻んだ空前の連携を見せつける。
斬撃と弾丸の嵐は、的確にンジンガの装甲を削っていくものの、やはり──
『しゃらくせぇッ』
二人の攻撃は致命には至らないというンジンガの判断が、攻勢に打って出ることで蒼紅の連携を崩しにかかる。
メインカメラと胴体の防御を最優先にし、即死以外の全てを容認し武器を振るう。
並みの英雄機を上回る重装甲と、闘争の果てに紡がれた戦闘眼を最大限に活かす強硬策。
しかしそれは、アンとメアリーにとっては最悪な対抗策であった。火力不足なのは事実であり、そこを突かれればどうしようも出来ない。
『ふたぁつ!』
結果、アンによる連続射撃を意にも介さず、距離を取ろうとしたメアリーめがけ、鎖に繋がれたマンベレを命中させる。
即座にメアリーはナイフを外そうとするものの……複雑な構造をした刃がメアリーの英雄機に食い込んでいた。
次瞬、ンジンガが斧に搭載された機構──巻き上げ機構を始動させ、強制的に引き寄せて斬滅させる。
瞬く間に英雄を二人も撃破したンジンガ。両者の《マザーベース》は遠くに離れており、こちらまでに戻るには相応の時間が必要なのは明白だ。
『後はテメェだけだなぁ、ガキィ!!』
『くぅっ!!』
更なる破壊を求め進撃するンジンガを迎撃すべく、アルは必死に剣を振るう。
しかし機体の出力差という、どうしようもない純然たる事実がアルを敗北へと誘っていく。
『少年、今暫く待っていろ! 直ぐに向かうッ』
『後三十秒で着くから!』
そんななか、ルキウスとメアリーからの通信が入る。《マザーベース》内で英雄機がようやく完成したのだろう、大急ぎで向かっているのが見て取れる。
『ルキウスさん達は、ンジンガの《マザーベース》をッ』
だが、アルはその救いを断り、別の指示を出す。事実、ここでンジンガを撃破したところで、根本たる《マザーベース》を破壊しなければ無意味である。
現に、ルキウス達が復帰したのと同様に、ンジンガもやがて復活することだろう。
『僕の方でンジンガは食い止めます、その隙に二人は!』
『……死ぬなよ、少年ッ』
『この戦いが終わったら、いっぱいハグするね!』
その通信を皮切りに、先程までこちら側に近付いていた光点が別方向に向かい始める。その方向には、新生ローマの艦隊が、地球連合との砲撃戦を繰り広げている戦場だった。
『アル様、私はどうしましょ』
『アンさんは他の英雄達の支援を』
残されたアンにも、アルは指示を飛ばす。
アル達以外の英雄も、かなり苦戦を強いられている様子。恐らくンジンガの仕業だろう。
この女王は単独の戦士として完成していながら、指揮官としての適正も極めて高いことを、歴史が証明している。
『かしこまりましたわ、それではアル様、もしこの戦いが終わったら、いっぱいキスして差し上げますわっ』
『なんかこうフラグっぽいんでやめましょ!?』
死亡フラグのような台詞しか吐かないアンと、既に通信が切られているメアリーにアルは泣き言を言うことしか出来なかった。
しかしそれも直ぐに、強襲を仕掛けるンジンガによって阻まれてしまう。隕石すら砕きかねない勢いでの突撃を、アルは寸前のところで回避する。
『お話は終わったかい、ガキ』
『ええ、今しがた』
急速反転するンジンガと、スラスターを全開にし突撃を行うアル。両者、共に溢れんばかりの戦意を滾らせ、そして各々の刃に乗せぶつけ合う。
『ハァァッ!!』
『オオオォォォッ!!』
覇気と覇気がぶつかり合い、壮絶な闘争が開始する。何もかもが上回るンジンガを前に、アルは気合いと根性を燃料とし食らいついていく。
だがやはりと言うべきか、地力の差が徐々に趨勢を決めていく。アルの攻撃が届いても、それを上回る数の猛攻が叩き込まれていく。
『────』
振りかぶった斧の一撃が、アルの英雄機の頭部を掠める。それだけで機体各所に衝撃が走るものの、その刹那にアルは謎の通信が入ったことに違和感を覚える。
何者か? 何処から? その疑念を解消したかったが、そうも言ってられない。藁にも縋る思いで、謎の主に叫ぶ。
『僕の、みんなの味方なら──助けてくださいっ』
『──それが、貴様の願いなら』
その叫びの返答があったことに驚きつつも、じゃあ早くしてくださいよと内心悲鳴を上げながら、必死に殺戮の女王に食らいついていく。
『──あ?』
対するンジンガはというと、そのまま縦横無尽に刃を振るい、敵手の命脈を絶とうとする。その最中、ンジンガは小さな違和感を覚え始める。
(私の技を学んでいる? 良いや違う、これはそうじゃないな……!?)
徐々に徐々に、アルの剣技の冴えが高まっているのだ。無論、戦闘用AIである英雄には良くある現象なのは否定しない。
しかし、これは学習ではないとンジンガは即座に気付く。
『貴様、名をなんと言う』
だからこそ、ンジンガは問いかける。その違和感が事実なら、目の前にいる少年の正体が異質すぎるから。
『アル・ネムホワイト。何処にでもいる普通の英雄です!』
『英雄が普通にいて堪るかァッ』
アル? 何だそれは、聞いたことの無い名前だ。ネムホワイト? ふざけるなそんな家名聞いたこともない──戦いの最中、ンジンガは心の中で絶叫する。
それもその筈、ンジンガの経験は、本能はアルを名のある英雄であると結論付けていた。
英雄として目覚めたばかりで、生前の技術の再現が不完全であったのだと、考えていた。
衰えた技を、戦いの果てに磨いて研ぎ澄ましているのだと。
にも関わらず出てきた名前は、いくら調べても出てきやしない。故に困惑を隠せない。
直ぐに思考を切り替えようとするものの、それを邪魔するかの如くにアルはンジンガに叫ぶ。
『どうしました、もしかして想定と違ってました? それは残念。僕でも知らないことを、他人の貴女が理解できるわけ無いでしょうッ』
アルの冴え渡る剣技を前に、ンジンガは舌を巻く。同僚の浅右衛門をも上回りかねない技量、そしてそれは上司であるコンモドゥスをも凌駕しているという証左に他ならない。
『チィッ!!』
接近戦は不利であると判断したンジンガは、即座に戦法を変える。斧とナイフによる近接戦闘ではなく、鎖を使った中距離戦闘に。
しかしそれは、余りにも遅かった。直後脳裏に響くエマージェンシーコール。何事かと意識を割けば、自身の《マザーベース》が襲撃されているという報告だった。
『……あの二人かッ』
この場に居ない英雄──ルキウス・ティベリウスとメアリー・リードの仕業だと即座に看破するンジンガ。
そして同時、もう自身だけではどうしようもない状況に陥っていることに気が付く。
今から向かおうにも、目の前のアルは全力で妨害するだろう。
子機を向かわせようにも間に合わないし、何より他の英雄達とアンの狙撃で減らされている。
では機体を自爆させ、意識だけ向かわせるというのも愚策と言えよう。
既に《マザーベース》は中破しており、尚も損傷は増え続けている。このままでは新造機体も間に合わない。
『──貴殿には、心からの礼賛を。だが、俺は負けるわけにはいかんのだ。全ては、約束された勝利のため』
『……は?』
その刹那、アルからの通信にンジンガは心を取られる。何故なら、そこから響いた声はアルとは異なるものだったから。
意味がわからない、そう思った瞬間にンジンガの胴を貫くものがあった。
アルが携えていた杭打ち機。それが重装甲の英雄機を容易く穿ち、内部機構を破壊し尽くす。
『──ああ、ったく。お前、本当に……なん、なん……』
遺言の如く零れた独白と、それを遮るかのような爆発が生じる。既にンジンガの《マザーベース》は破壊されている。
かつて、西欧列強に抗い続けた不屈の女王は宇宙に咲く一輪の華となり、虚無の彼方に消え去った。
『……うう、なんかエラー出てる』
ンジンガ撃破後、アルは内部から発生し続けるエラーに苦しめられていた。
原因は分かっている、先程助けを求めた通信元だ。それが何らかのエラーを引き起こしているのだろう、とアルは考えていた。
エラーをチェックするなか、ふと変なことに気が付く。
『……あれ、この時……僕、通信してないような』
それは、アルがパイルバンカーを撃ち込む前の通信記録。この時は、アルの視点からは通信が途切れていたのだが……何故か通信していたことになっている。
他に変な記録が残っていないか、暫くの静寂を取り戻した戦域で行っていくアルであったが、たった一つだけ見つかった。
『……何で僕、自分と通信してるんだろ』
助けを求めた通信元、それは──アルであった。




