第23話 首斬りと凶獣
カッシーニ宙域での地球連合と新生ローマとの戦闘が開始され、既に一時間が経過していた。
両翼が新生ローマの英雄との熾烈な戦闘を繰り広げているなか、中央も同様の状況となっていた。
ただ、異なる点が一つだけあった。
『撃て撃て撃てぇ!!』
『子機を引っ込ませろッ、アイツの前じゃ邪魔になるだけだ!』
『チクショウ……チクショウッ!!!』
──中央のみは、地球連合による一方的な虐殺の体を成していた。
新生ローマの英雄達も、陣形を組み、互いの背を預けて攻撃を防ごうとするものの……。
『ふむ』
その守りを一方的にヴラドは踏みにじっていく。それは決して英雄機の性能によるものではなかった。
深紅の外套を羽織る重装甲の騎士を思わせるヴラドの機体、手にした巨大な二叉槍はまるで悪魔の槍を思わせるものだった。
だが、ヴラドは槍を振るおうともせず、ただ穂先を向けるだけ。ただそれだけで、向けられた英雄機に銀の杭が突き刺さっていくのだ。
『づぉアッ!? や、やべぇ……刺された、誰か俺を壊してくれッ』
『そうしてやりてえが……!!』
銀の杭に突き刺された者は、自らの破壊を懇願する。しかしそれをさせんと言わんばかりに、地球連合側の英雄達が攻撃を行い妨害していく。
現に、その宙域には既に百を越す鋼の屍が浮かんでいた。胴を、足を、頭を穿たれ沈黙する死者の群れ。
『そろそろか、さて……起きよ我が眷属達よ。共に惨劇の饗宴を楽しむとしよう』
そしてヴラド──かつて、ある小説家がモデルとした為に、後世にて同一視された怪物としての力を、彼は行使する。
その言葉と共に再起動を果たす英雄機達。既に《マザーベース》からの通信も切断され、動かす者のいない鋼の屍が、ぎこちない動きと共に目覚めていく。
何のことはない、これがヴラド・ツェペシュという英雄が持つ特殊能力。究極の対電子戦特化型の戦略兵器。
放たれる杭を通じて、あらゆる機械を侵食し、支配下に置くというもの。
かつての異星文明侵略の際は余り有効的な働きは出来なかったものの、対英雄に関しては全くの別。
敵の英雄機を奪い取り、支配下に置き突撃させるという地獄めいた光景を生み出す、まさに串刺し公に相応しき所業。
敵同士の殺し合いをヴラドが命じ、そして動き出す──その刹那。
死者の突撃は、瞬く間に鎮圧されることとなる。首と心臓部の破断という神業によって。
『あいすまぬ……既に死した骸が動くのは、ちと面妖にて斬り捨ててしまった』
『ふむ、コンモドゥス軍が集結していると聞いていた時には驚いたが、よもや貴様もか──山田浅右衛門吉継』
ヴラドは、目の前に現れた一機の英雄機、その持ち主のことを良く知っていた。
和服を思わせる意匠の黒の装甲に、腰に黒鞘の刀を佩いた英雄機。
山田浅右衛門──江戸時代初期から明治時代にまで存続した御様御用──刀の切れ味等を確かめる役職の一族であり、同時罪人の処刑を担った首斬り役人でもある。
そして、吉継はその山田浅右衛門一族における三代目である。
そんな彼から放たれる濃密な死の香り。幾万もの人間を串刺しにしたヴラドだが、目の前の英雄から放たれるそれは別格だと思わせる程だった。
『さて』
『ふむ』
各々が武器に手を掛ける。ヴラドは槍を、浅右衛門は刀を。ただそれだけで、周囲の雰囲気は静謐に染まっていく。
『貴様の刑罰は決まっている──串刺し刑といこう』
『生憎罪状を語る口は持ち合わせぬ故──打首御免』
瞬時爆発する殺意の奔流。互いに処刑を担う英雄が、新たな死を求め虚空を疾駆し激突する。
火花を散らしせめぎあう鋼と鋼。このカッシーニ宙域で、新たな戦の華が咲き始めるのだった。
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『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
『オオオォォォォォォッ!!』
『やぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
左翼側の戦場では、理解を越えた無法が罷り通っていた。
集結する英雄の数で勝るアル達だが、戦況は刻一刻と最悪の状況に転がり始めていた。
理由は単純明快、相対する敵側の英雄──ンジンガの壮絶なまでの強さだ。
『シャアァァッ!!!』
アル、ルキウス、メアリーによる三方からの同時攻撃。
それをンジンガは手にした巨大な片手斧と鎖で防ぎ、続け鎖に繋がれた刃群を振るって反撃に転じる。
結果、蛇の如く唸る鎖とナイフが、真空を切り裂いて火花を飛び散らせることとなる。
『ハッ、人喰いとは確かにその通りだな! まるで獅子か虎よ!』
『呑気に言ってないでくださいルキウスさん!! 来ますよッ』
ンジンガの猛攻を捌きながら、軽口を叩くルキウスに叱咤するアル。しかし二人のやり取りからも余裕は無いのは明白だ。
斧とナイフの振り下ろしを、それぞれが全霊で防ぎ凌いでいく。走る衝撃が機体各所にエラーを発生させていく様は、まさに地獄と言えよう。
『軽いんだよ、ガキ共ォ!!!』
ンジンガの咆哮が轟く。殺意を撒き散らす女王の一撃を前に、防御に徹さざるを得ないアルとルキウスを支援するべく、アンとメアリーが強襲する。
放たれる攻撃は弾丸と斬撃のシンクロ攻撃。片方を凌げばもう片方が致命になるそれを、ンジンガは容易く砕き迎撃に移行する。
『おかしいですわっ、何で弾を見てから避けれるんですのっ!?』
『銃は死ぬほど慣れてるのさァッ』
四人がかりの猛攻を前にして、女王ンジンガは健在どころか圧倒しつつある。数の暴力を上回る理不尽、その正体にアルは薄々勘づく。
そして、それはンジンガの台詞で明確となった。
『たかだか数年しか戦ってこなかったカス共が、私に敵うと思うなァッ』
それは単純な答えだった。数を上回る理不尽、それはンジンガの持つ経験値だ。
歴史に曰く、ンジンガはその治世の大半を戦争──遥か格上である西欧列強と──を繰り広げていたという。
その期間、実に三十七年間。数多くいる英雄でも、彼女ほどに戦い続けた者はそうはいない。
対するアル達はと言うと、全員の年数を合わせてもンジンガには遠く及ばない。
英雄という戦闘兵器としての経験を含めたとしても、それはンジンガも同じこと。
結果、数を踏みにじるどうしようもない差が彼の間には存在し続けることになる。
『これが、コンモドゥス軍……っ』
コンモドゥスが率いる軍団、その強さにアルは心底恐怖する。あの時はコンモドゥス単体で攻めてきたのはかなりの幸運だったのだろう。
ンジンガが参戦していたら、確実にアル──ひいては、第二三四機動艦隊は壊滅していた筈だ。
『臆するなよ少年ッ、英雄同士の戦いは気迫で決まるのだからなぁッ』
そんなアルの心境を察したのか、叱咤激励しながらンジンガに再度突撃するルキウス。
荒れ狂う台風を思わせるンジンガを少しでも食い止めようと大剣を振る──わずに剣先を向ける。
『照覧あれ天帝ユピテル、我が紫電の裁きをッ!!! 《天帝の雷霆閃撃》ッ!!!』
ルキウスの英雄機から放たれる紫電の奔流が、ンジンガを強襲していく。
巻き込まれた新生ローマ側の英雄機達が次々と爆散していくなか、ンジンガはしゃらくせえと吼えて、斧を一閃する。
『何ッ』
『宇宙で雷が走るか、間抜けが!』
それだけ、たったそれだけで紫電はンジンガに届かなくなる。ンジンガは、《天帝の雷霆閃撃》の仕組みを、刹那の間に読みきったのだ。
周囲に散布されたイオン粒子を媒体とする放電兵器、ならイオン粒子を一掃すれば良いという単純な理屈だ。
『全く、人喰いと呼んだことは謝罪しよう! よもやこれほどの英雄とは思わなんだッ』
『謝罪はいらないよ、欲しいのはその首だけさねッ!!!』
切り札を切り捨てられたルキウスに対し、ンジンガはスラスターを全開にし突撃を敢行する。
火花を散らせながら激しく衝突する二機だったが、それを好機と言わんばかりにアルとメアリーが動き出す。
アルは杭打ち機を、メアリーは四本のカットラスを、必殺を込めてンジンガの背後に撃ち込もうとする。
ンジンガはそれに反応するが──眼前のルキウスが迎撃を許さない。
損傷を受け入れた故の、右手の自由。それによってンジンガのメインカメラを文字通り鷲掴む。
視界を奪われると同時、身体の動きに制限が生じたンジンガの英雄機は、アルとメアリーの同時攻撃によって砕かれる。
パイルバンカーによって破砕された装甲に、叩き込まれる四本のカットラス。如何に重装の英雄機であったとしても、無傷では済む筈はなかった。
破壊されたンジンガの英雄機を尻目に、三人はする必要のない息を整える。それはAIでありながら、人であることを忘れられないように思えるものだった。
『はぁっ、はぁっ……! っ、センサーに感っ!!』
『まだだよ、もう来るっ』
『これ程に早いとは!!』
だからこそ、それは一種の油断となった。既にンジンガは自身の《マザーベース》を近くに移動させていたのだろう、戦線への復帰は予想より遥かに早かった。
『私ら英雄は、そう簡単には死なないんだ。さあもっと遊ぼうかッ!!!』
──ンジンガの咆哮は、絶望的な消耗戦の開幕を意味するものだと、アルは恐怖するのだった。終わりなき殺戮と破壊をもたらす、凶獣の宣告に。




