第20話 カオスからカオスへ
「アン・ボニー、メアリー・リード。如何なる目的で私に近づくか、答えてみせよ」
怒気をはらんだ声で詰問するヴラドの背後から、こっそりと顔を覗かせるアル。
その視線の先に居たのは、余りにも対極的な二人の女性だった。
「んー、別に私達はそういうつもりはありませんことよ?」
一人は荒っぽく動き回った為かぼろぼろではあるものの、元は貴族を思わせる豪奢な赤のドレス。
そして金糸のような髪の内側に、燃えるような紅が潜む少女。
天真爛漫な笑みは向日葵を思わせるがしかし、その奥底からはヴラドに負けず劣らず死臭を撒き散らしていた。
「そうそう、僕達は貴方の後ろにいる子に用があるのさ。串刺し公」
もう一人の女性は、先の少女とは対極──凍てつく氷の刃だ。長い航海の果てにくたびれた深い紺のジャケットに、戦場を想定した実用的な作りの軍服。
銀の髪をかき上げると、内側から淡い青が覗いた。氷の刃のような冷たさが滲む男装の麗人。
どこか淫靡な雰囲気すら漂うものの、その奥底からはヴラドにも引けをとらない死の刃が秘められていた。
「……ん? アンとメアリー?」
三人の英雄が殺意を撒き散らしながら対峙する中、アルは記憶の奥底からある言葉を思い出す。
それは、先日行われたコンモドゥスとの戦闘の最中に乱入し、撤退の支援を行ってくれた英雄の名前。
「もしかして、あの時の……?」
アルはアンとメアリーに恐る恐ると問いかける。その答えは、無言の首肯。そのやり取りを見てか、ヴラドも漸く平時のそれに精神を落ち着かせるのだった。
──暫くして。
騒動も収まり、四人は改めて雑談を再開する。しかし……。
(剣呑だなぁ)
彼らの周りに漂う気配を、アルは何となく察していた。互いに笑みを浮かべているものの、まるで能面のそれだ。
面の裏には獰猛な敵意が見え隠れしており、それが互いを牽制しているようだった。
「それで、改めて問うが何用かね、賊共」
「賊って呼び方は酷すぎじゃありません?」
「そうそう、僕達海賊悪くない」
「海賊も山賊も野盗もさして変わらん、私の国なら即座に処刑しているよ」
「くっ、ぐうの音も出ねぇですわ」
「ぱぁなら出せるけどねっ」
「チョキ」
「パーを出さないでくださいメアリーさん。ヴラド公もチョキを出して煽らないでください……!」
一体何のやり取りをしているのやら……アルは互いの敵意を可能な限り抑え込もうと努力しているが、焼け石に水だった。
「ま、困る話じゃないから良いんだけどね。僕達、このアル君から報酬を受け取りたくてここに来たんだよね」
そんな中、メアリーがここに来た目的を口にする。そしてその報酬の件について、アルは薄々と感付いていた。
「僕達の雇用主からの依頼は達成、そして向こうはこう言ってきました。『報酬は向こう持ちで♪』」
「あんにゃろめ」
やはり淫乱皇帝の仕業か。脳裏を過るヘリオガバルスの煽り顔に苛立ちを隠せないアルであったが、対照的にヴラドは至って冷静だった。
「その件は既に第二三四機動艦隊の指揮官から報告を受けている。上層部から振り込ませておこう」
「お金はいらないんだよねぇ……僕達は報酬として、この子が欲しいなって」
直後向けられる視線──ねっとりとした熱を帯びたそれを向けられ、アルはゆっくりとヴラドの側に近付いていく。
少なくとも、この場において最も安全地帯なのはヴラドの近くなのは間違いない。下手にメアリー達に近付けば、そのまま拉致されるだろう。
だがどういう訳だろう、アルがヴラドに近付くにつれて、メアリーの鼻息が荒くなっていく。当の本人は必死に隠しているつもりなのだろうが、一目瞭然だ。
そして、アルがヴラドの側にぴったりくっつくかどうか……その瞬間。
「おじ×ショタ最高ッ!!!」
「「えっ」」
──メアリーはいきなり自分の額をテーブルに叩きつける。激しいテーブルと内部フレームの衝突は、周囲の英雄達に何事かとどよめかせるには十分だった。
「申し訳ありません、お二方」
額をテーブルにめり込ませるメアリーを尻目に、アンは申し訳なさげに語り出す。
「メアリー、今のように英雄となってから……その、BL趣味に目覚めてしまいまして」
「BL」
「趣味」
アルとヴラドは目を点にしながらおうむ返しをするしかなかった。アンの説明はまだまだ続く。
「私達の元仲間のジョン・ラカムをご存知で?」
「えっと……はい、名前だけは」
「確か、君らが海軍と戦う最中に仲間と共に船倉に閉じ籠っており、最終的には拿捕され、死刑にされた筈だったな」
ヴラドの説明を受け、アンはため息を吐きながら、未だ沈黙するメアリーの頭を撫でる。
「私はあれとは男女の中でしたが、メアリーはもう嫌っていまして……それこそ英雄として目覚めた際の最初の仕事が、ラカムの破壊でしたの」
「……アン、さんは止めなかったんですか?」
「あんな腰抜け、犬のように死ぬのが正解ですわ。とまれ、ラカムが死んでもメアリーはその怒りが収まることはなく、ラカムの尊厳を破壊し続けることに決めたんですの」
……何だろう、すごく嫌な予感がする。アルは後にそう語ったという。
「それで、昔にあったとされる同人誌? に倣って、ラカムのまああんなお話やこんなお話を作り始めたんですの」
「…………」
周囲の空気が冷たくなっていくのをアルは感じる。何せ先程まで凶者の気配を撒き散らしていたヴラドですら、メアリーから視線を逸らしているのだ。
「そうしたら、この人ったら男同士の恋愛にドはまりしちゃったんですのよ。元々ショタコンなきらいはあったのですが……それが爆発しちゃった感じですわね」
アンの説明をまとめるなら、メアリーはあの瞬間に……アルとヴラドの間に|恋愛要素を見出だしたのだ《・・・・・・・・・・・・》。
「……お願い」
アンの説明も終わった直後、メアリーはか細い声でアルとヴラドに懇願する。
「ちょっと今すぐ少し服をはだけさせて絡み合ってる姿をアイカメラで写真にちょうだい!!!!」
「「嫌ですが!?」」
「アル君、君は私の理想のショタなの!!!!」
「理想のショタって、なんなんですかそれ!?」
「アル君、いいかね。私が言うのもあれだがこういう女には近付かん方が身のためだぞ」
先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら、和気あいあいを通り越して混沌な状況へ転がり始めていく。
「む、こんなところに居たのか少年!!」
「いやぁ、彼ったら色んな英雄に話しかけまくってて大変だった……よし、ルキウス君ここ離れよっか。嫌な予感しかしないんだ」
「「正統派イケメン!!!」」
「あ、ルキウスさんに伊東さん」
悪戯の神の差し金を思わせる、更なる火種の追加。ルキウスと伊東が騒ぎを聞き付け戻ってきたのだ。
彼らもアンとメアリーの唐突な叫びに、きょとんと小首をかしげる。
「よし、艦隊司令補佐として命じる。上半身の服をここで脱ぎたまえ、伊東少将」
「脱ーげっ、脱ーげっ!!」
「半裸のイケメンは目の保養ですわぁ!!」
「待ってください何が何やら。あこらアル君何処行くんだい僕を置いてかないで欲しいなッ」
「ルキウスさん、今のうちに逃げますよ」
「待て少年、己はここの英雄と少し会話を……ッ!!」
その後、聖楽園での騒動は数時間は続いたという……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『こちら第一八六艦隊アルザング所属英雄、ジェフリー・ホルト。新生ローマの艦隊、未だ観測出来ず』
『だろうな、作戦予測部の予測だとあと四日といったところらしい』
『このまま来ないで欲しいもんだがね』
聖楽園でのドタバタ騒動が終わり三日が経過した頃、イアペトスを中心とした艦隊群は徐々に警戒を高めていた。
複数の英雄と英雄機──背部に長距離観測用のレドームや、光学望遠カメラを搭載した強行偵察仕様──を投入して、敵艦隊の接近を観測し続けていく。
先の英雄、ジェフリー・ホルトも上からの指示で虚空の闇を一人寂しく突き進んでいた。
通信機越しに語るのは、所属艦隊の通信士のジョン。そこそこ長い付き合いの、戦友と呼べる間柄だ。
そんな彼らだが、過剰とも呼べる観測任務が続けば、緊張は磨耗し思考は鈍化する。
『そういや、この前イアペトスで上級将校が脱がされたって話。知ってるか?』
『知らない奴いねえだろ』
昨日は来なかった。つい数時間前も来なかった。だから今日この瞬間も来ない。
そんな思い込みが、ジェフリーの思考を麻痺させていた。だからこそ、それを例えるなら、そう──。
『ッ!? 強力な重力変動を感知!! いや、これは……ッ』
『何っ!?』
今やジェフリーの身体と化している英雄機、そこに搭載されているあらゆる観測装置が悲鳴を上げる。
──異常な重力波を検知。
──広帯域EMバースト:低→高エネルギー急転。ブルーシフト発生。
──プラズマ/宇宙線モニタ異常観測。粒子シャワーの到達を確認。
エラー、エラー、エラー、エラー。
発生する莫大な情報の波を、ジェフリーは己の持つ機能をフル稼働させて処理していく。だからこそ、その事実に唖然とするしかなかった。
『アルクビエレ・ドライブの航跡予測を確認ッ!!! 艦隊、いやイアペトスに緊急伝達ッ』
『もうやってる!! お前もそこから早く離脱しろッ、巻き込まれるぞ!!』
──次瞬、虚空が破られる。
閃光。歪曲。爆裂する光子の奔流。
文字通り空間を爆砕しながら、艦が現れる。だが一隻では止まらない。
周囲の星々の煌めきが、空間そのものの揺らぎによって掻き消えていくなか、ジェフリーは撤退を開始し、そして後方に現れた艦隊が何なのかを知る。
『コンモドゥス、コンモドゥス艦隊だ!! 数……十、百、万。尚も増大!』
ジェフリーは知らない。知る由もない。
この場に現れた艦隊の総数が、三十万を超すことを。
──新生ローマ帝国第十七機動艦隊、集結。
後の世において、カッシーニ宙域会戦と名付けられる戦いの幕開けは近い。




