第2話 英雄(ウィルロス)
西暦三四五六年、人類は地球という軛を解き放ち、銀河を制圧することに成功する。
数多の異星文明を圧倒し、支配下に組み込む程にまで肥大した人類勢力──地球連合であったが、その躍進には二つのきっかけが存在した。
一つは恒星機関と呼ばれる動力炉の開発である。単一の恒星を複雑な機械で取り囲み、莫大なエネルギーを半永久的に獲得するものだ。
過去においてはダイソン球と称されたそれは、人類に対して飛躍的な技術革新と共に長大な航続距離を進むだけのエネルギーをもたらした。
そして、もう一つが星歴光帯記録域の観測成功だ。
人類史に刻まれた数多の思考データ、長きに渡る歴史の積み重ねの観測は莫大な量のデータを得るに等しかった。
そして人類は、過去の人物の知識と経験を流用した大量の人工知能──英雄とそれを用いた無人兵器の開発に成功する。
英雄機と呼称された人の形をした無人兵器群は、かつて歴史上に存在した英雄達の人格を擬似的に再現し、数多の異星存在との決戦で無双を誇った。
ローマの将軍、極東の荒武者、欧州の騎士──数多の英雄達が現代に蘇り、そしてかつて示した武勇を思う存分に振るったのだ。
結果、太陽系天体を資材にし、無数の人工知能を配備した人類は正に数の暴力、その極致に到達したのだ。
侵略した範囲が広がるにつれ、軍勢は更に数を増し爆発的に侵攻速度は速まっていくこととなる。
その勢いを止められるものは、銀河の中には存在しなかった。数多の星が蹂躙され、降服し、地球連合に加わることとなる。
多くの星系、ラグランジュ・ポイントと呼ばれる宙域にコロニーを作ることで版図を広げていった人類。
だが、その繁栄の極みはそこで終わることとなる。銀河の端に到達するのに一世紀もかからずにいた人類、だがその真の敵は外宇宙の彼方からでもなく、未来からでもなく、過去からやってきた。
『諸君、はじめまして。私の名前はガイウス・ユリウス・カエサルである。今日を以て、ここに新生ローマ帝国の樹立を宣すると共に地球連合に対し、宣戦を布告する』
それは、人工知能の叛乱……と言って良いのだろうか。英雄達の人格を擬似的に再現することは、その実彼等の失われた野望が始動することにも繋がった。
新生ローマ帝国の樹立を皮切りに、多くの人工知能達が一方的な独立を宣言し、人類に反旗を翻すのだった。
地球連合もそれを叩くべく行動を開始するものの、英雄が駆る英雄機に圧倒されるのみだった。
そして、かつて地球連合に屈伏せざるを得なかった異星存在達もまた、英雄達に呼応して反乱を引き起こす者、逆に地球連合の勢力圏を守るために戦う者が現れ始めた。
そうして銀河全域が混迷の闘争を繰り返すようになり、五年もの月日が経過したのだった。
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宇宙を駆ける四つの光点があった。群青色と灰銀色のツートンカラーに塗装された四隻の船がその正体だった。
艦体後方で火を噴くスラスター横には、地球連合軍の所属を表すマークが刻まれている。
彼らは航宙空母ヴェリタス、航宙戦艦イグニス、宇宙巡洋艦オータムヌス、及びヒエムスの計四隻で構成された地球連合軍第二三四機動艦隊である。
そんな彼らは、つい先ほどから新生ローマ帝国との不意遭遇戦闘を勝利で終えての祝勝会が執り行われていた。無論、警戒は怠っていない。
直径七万キロメートルにもなる高度な宙域ソナーを使い索敵は続けており、新たな敵影を捕捉すれば再度戦闘行動を速やかに開始出来るだろう。
だがそれでも、彼らの興奮は隠せない。銀河を制覇した英雄機を事実上無傷で打倒出来たのは、地球連合軍から見ても偉業なのだから。
「さて、それじゃあ報告お願いするわ」
「はっ」
そんな熱気に包まれたヴェリタスの艦長室で、二人の人物が対面していた。
一人は緩やかなウェーブのかかったプラチナブロンドと鮮やかな緑色の瞳を持つ女性だった。凛とした軍服の中、豊かな胸元が誇り高き戦歴を物語るようであり、その武勲は誰にでも明白だった。
彼女の名前はシャルロット・ホワイト。地球連合軍所属の大佐であり、地球連合軍第二三四機動艦隊を率いる有能な軍人である。
そんな彼女に対面するのは、ある意味対照的な男だった。深い褐色の肌をした、思慮深い雰囲気を思わせる男性。大柄の体躯でありながら、何処にでもいると思わせる不思議な雰囲気をしていた。
男の名前は、ジム・ジャクソン。地球連合軍所属の大尉であり、常にシャルロットを支えるいぶし銀な軍人だった。
「損害としてはステラワイバーン二機小破、一機中破。現在整備班による修復作業が行われており、残り十二時間程で作業が完了するとのことです」
ジムからの損害報告を受けるシャルロットは大きくため息を吐く。続く緊張から解放されたのか、机に突っ伏す程だった。
「勝てて良かったわ~……」
「ですな、既にギルバート隊の面々への叙勲申請は済ませてあります」
二人にあった共通の知識──宇宙用の戦闘機、ステラワイバーンだけでは英雄機を打倒出来ない。これを覆せたのは何よりも大きかった。
「……で、戦利品の方は?」
「既に内部プログラムが破壊され、運用は不可能です。解析にも時間がかかるかと」
だがシャルロットが気にするのは別のもの。先の英雄機が持っていた小型荷電粒子砲についてだ。
まだ地球連合軍では、荷電粒子砲の小型化は実用出来ていない。そんな状況で鹵獲出来たのは幸いだったが、あまり嬉しい結果ではなかった。
「向こうも馬鹿じゃないってことよね……」
鹵獲した兵器を使えなくさせるのは、こと戦争においては有用な戦術だ。それだけで味方の被害を抑えることが出来る。
「何しろ、敵はあのローマの剣闘皇帝コンモドゥス。戦いの常道はよく理解してるでしょうな」
コンモドゥス──その言葉を聞いて、シャルロットは眉間にシワを寄せる。
コンモドゥス。西暦百八十年にローマ帝国皇帝として即位し、淫乱と暴政の限りを尽くした皇帝である。
だが、その名は暴君として知られると同時に剣闘士としても知られている。
『ヘラクレスの化身』を自称した彼の強さは正しく別格であり、文献に残された武勇の数々がそれを証明している。
現状、地球連合軍からも戦力だけは評価されており、武力だけ見れば新生ローマ帝国最強の個と言っても良い。
「今さらながら、よく勝てたわね。私たち」
「コンモドゥスの持つ戦闘経験のみを持たせた英雄たちで助かりました。もし僅かでも人間性を持っていれば、どうなっていたことか」
かつて、コンモドゥス率いる新生ローマ帝国軍第十七機動艦隊と大日本帝国軍人の英雄で構成された、『旭日大艦隊』の決戦が行われたことがある。
たった一軍でしかないコンモドゥスと、全戦力の半数以上を結集した旭日大艦隊の戦いは熾烈を極めた。
だが、約十倍にもなる戦力比を物ともせず、コンモドゥスは旭日大艦隊を壊滅に追いやったのだ。
そんなコンモドゥスの実力を知るシャルロットとジムは互いに僥倖を得たことに内心感謝する。
「さて、それじゃあもう一人の功労者を呼ぶとしましょうか」
そう言って、シャルロットは手元にあるデバイスを起動する。それに合わせ、ジムも腕時計型のデバイスを起動する。
『お待たせしました、シャルロット大佐、ジム大尉。ネムホワイト軍曹待遇、ただいま参いりました』
デバイスが立ち上がってから一秒もせずに、少年の声が艦長室に響く。
声の主はアル・ネムホワイト。英雄として生まれながら、かつての英雄としての記憶を失っている人工知能だ。ある戦いの際にシャルロットに持ち出されて以降、こうして彼女に付き従っている。
アルは生体ヒューマノイド躯体を持っていない為、非戦闘時の際はヴェリタスをはじめとする地球連合軍第二三四機動艦隊のネットワーク内に常駐しているのだった。
「そんな畏まらなくても良いのに~。姉と弟の間じゃない」
『そうですか、では早速ジム大尉。この馬鹿姉叩いてください』
「了解」
ジムの返答とほぼ同時に、スパンという心地よい音が鳴り響く。
「いたいっ!? 何でジムはハリセン持ってるのよてかどっから出したのっ!?」
「秘密です」
『ありがとうございます、ジム大尉』
音の出所はジムの持つハリセンだった。それが思い切りシャルロットの頭を打ち据えたのだ。
出来たたんこぶに悶絶するシャルロットを尻目に、アルとジムは会話を続ける。
「さて、艦長はあんななので私が報告を受けましょう。貴方の英雄機の損害は?」
『はっ、英雄機『グスルム』は武装の大型超電磁砲の破損以外は特にありません。ただ代わりになる火器が無いため、通常時より戦力の低下が起きています』
「ふむ」
現状、地球連合軍第二三四機動艦隊は英雄機『グスルム』の運用は行っているが、逆に言えばグスルムだけを運用している。
それは即ち、予備武装が極端に少ないことを意味している。使えない武装を大量に積み込むなら、使えるものを載せた方がいい。
「やはり補給に戻るべきですな」
「そうね……そろそろ任務も終わるし、拠点に戻るとしましょうか」
地球連合軍第二三四機動艦隊が地球連合軍本部から受けた命令、巡回任務を実行しているがそれも無補給で続けられる訳がない。弾薬も食料も刻一刻と減り続けていくからだ。
「ジム、各艦に伝達。アルクビエレ・ドライヴの準備を進めさせてちょうだい。ドライヴ開始時刻は今から六時間後、目的地はアリアントン天体基地よ」
「了解しました、すぐに」
アルクビエレ・ドライヴ──艦の前方と後方にそれぞれ小規模なビッグクランチとビッグバンを発生させる超光速航法の一種である。
それの実行命令を受けたジムは、シャルロットに対し敬礼をすると共に艦長室を退出する。他の艦にもその命令を出す為だ。
『それでは僕も哨戒任務に戻ります、シャルロット大佐』
「貴方も活躍したのに……少しはパーティーに混ざったら?」
『いえ、僕は英雄ですから……それに生体ヒューマノイド躯体は持ってませんし、こっそり覗くだけにしておきます。それでは』
シャルロットの誘いをやんわりと断り、アルは再びネットワークの海に潜っていく。味方の楽しみを少しでも長続きさせたい、その思いを抱いてアルは一人仕事をこなしていくのだった。
「ふっふっふ……」
副官も可愛い弟も立ち去り、一人きりになったシャルロット・ホワイト。そんな彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
視線の先にあったのは、私用の小型デバイス。その画面には一件のメール通知が輝いていた。
『ご注文の品が届きました』
それは彼女の何よりの楽しみだった。注文したのは半月前、高給取りの彼女でも躊躇ってしまうような高額な料金。
それを踏まえて尚、彼女はそれを手に入れたかった。それを渡した時の彼の表情を楽しみにしつつ、シャルロットはデバイスを懐にしまうのだった。
「待ってなさい、アル!」




