第19話 お茶会
ティーターン級超々々弩級天体空母三番艦。広大な銀河を進むこの巨大空母は、正に空前絶後の代物だ。
無数の戦闘機、無数の英雄機、そして無数の艦艇。それらを戦場まで運搬し、戦力を適宜投入し、勝利を捥ぎ取るべく指揮を執る。
だが、それだけでは空前絶後とはまかり間違っても称せない。故に、それに相応しき理由がある。それは──。
「ようやく着艦できたわぁ」
「まさか三時間も待たされるとは、思ってもみませんでしたね」
空母ヴェリタスのブリッジで、艦長シャルロットと副長ジムがコンソールを叩きながら軽口を交わしている。
視線の先には無数の艦艇──ざっと千を上回る数の艦が、無数のチューブに繋がれていた。
目を凝らせば、更には搬送用の小型ロボットによる物資の補給を行っているのも見える。
「イアペトスって、何隻くらい収容出来るんですか?」
「内部格納庫のみなら、最大五十万隻。表面部分にある仮設ドックを含めれば、億は越えるそうです」
「うへぇ……頭がおかしくなる数字だわ……」
同じくコンソールを叩くミラという通信管制担当の質問にジムは淡々と答える。
事前に送られている情報──対コンモドゥス迎撃作戦の為に運用される兵員及び艦艇数を知るシャルロットは、その答えに頭痛が止まらない。
余りにも過剰戦力が過ぎる。一隻の空母だけでそれなのだ、しかもこのティーターン級は十二隻も存在していたというおまけ付き。
流石にカエサル離反に伴う英雄達との度重なる会戦で、何隻かは破壊されたり鹵獲されたりしているが、それでも尚八隻は健在。
「ま、上層部が投入決めたのなら、仕方ないのかしらね」
「相手はあのコンモドゥス、やり過ぎることは無いでしょうな」
敵は常勝不敗、数多の勢力を薙ぎ倒し君臨し続ける剣闘皇帝。それだけならまだしも、彼がかつて率いたローマの軍人達までもが集結しつつある。
ならば、地球連合もそれ相応の戦力を集めなければならないのは自明の理だろう。
今も無数の艦艇が、《マザーベース》がイアペトス内部に収容されつつある。中には、地球連合でもない外部勢力の艦すらいる程だ。
空前絶後の大戦が幕開ける、そんな予感がシャルロットの脳裏をよぎる。それと同時に、ひとつの疑問をジムに投げ掛ける。
「ところで、あの二人は?」
「彼らなら、伊東少将殿と共に既にイアペトスに。今は恐らく、英雄専用のスペースかと」
「……はしゃぎすぎなければ良いんだけどなぁ」
──何かやらかしそう、そう思えて仕方の無いシャルロットであった。
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「「おおおおおおぉぉぉぉ!!!」」
一方その頃、シャルロットが心配していた当の二人──アルとルキウスはというと、目の前に広がる光景に度肝を抜かれていた。
「いやぁ、ここに来るのも久々だなぁ」
「ここ、ここって何なんですかっ」
「見ろ少年、英雄があんなにいるぞ!?」
そんな二人の背を見守るように、伊東甲子太郎はニコニコと笑みを浮かべていた。興奮隠せぬ子供を思わせるアルとルキウスの様子が、余りにも可笑しく、そして純真なのだと言うかのように。
「ここは聖楽園。この艦に滞在する英雄専用の、まあラウンジみたいなものかな」
英雄専用──その言に違わず、この場に居る者の殆んどが英雄だった。西洋東洋、古代近代問わず数多の英傑達が楽しそうに談笑している。
「むっ、そこに居るのはローマの……!? よもやこんなところで会えるとは。すまない少年、少し行ってくる!!!」
「あ、待ってくださいルキウスさん!!」
「ありゃま、もうあんなところに」
そして、目を離した隙にルキウスは一人駆け出していた。アルの制止もむなしく、伸ばした手は虚空を掴むだけだった。
アルと伊東は、そろってやれやれと頭を振るう。
「ん? ……あー、じゃあアル君。ルキウス君は僕が見てるから、後は任せたよ」
「へ? 任せるって何を」
その質問に答える間も無く、伊東はそそくさとその場を離れる。その姿に疑問を浮かべるアルであったが、直後──背後からの殺意に総身が強ばった。
何者か、敵か、理由は──それらの思考が脳裏を走るが、そんなことはどうでも良い。
今の身体では、戦うことすら出来やしない。つまるところ、今のアルが出来るのは──。
「にげ──あいたっ」
「はっはっは、まだまだ子供だな」
逃げようとしたアルの後頭部に、衝撃が走る。痛みの余りその場で踞るが、背後から響く呵呵大笑が敵ではないことを知らせていた。
「いやすまないな、ネムホワイト君。少々狙い易かったのでね」
「痛ぅ……はじめましてぇ……。えっ、とぉ……貴方は?」
「私はヴラド。このイアペトスの英雄を統括する立場に居る」
背後を振り向いたアルの視界に入ったのは、金と黒が入り交じった髪に土気色の肌をした、吸血鬼のような男──ヴラド・ツェペシュだった。
不気味な気配を放つヴラドであったが、その表情はまさに、イタズラが成功した子供のような朗らかさだった。
「ヴラドって、あの……」
「ほう、私のことを知っているのかね」
「それは勿論! オスマン帝国のヨーロッパ侵攻を食い止めた護国の英雄、知らない訳がありませんとも!」
「く、ハハハ……! 何とも、そう思ってくれているのか」
目を輝かせながら語るアルに、ヴラドは苦笑を返すしかなかった。
「それで、何の用事があって……? あ、まさか伊東少将に?」
「ふむ、彼にも少し話を聞きたかったのは事実。だが今回は、君に会いに来た」
「?」
ヴラドの目的が理解できず、疑問符が頭に浮かぶアル。だが、「取り敢えず向こうでお茶でもどうかね」とのヴラドの誘いを断る訳にもいかず、二人そろってラウンジ「聖楽園」の一角──宇宙を見渡せる椅子に座り込む。
雄大な星の海を眺めながら、二人してお茶の入ったカップを口につける。
ほのかに香る匂い、そして味はアルには未体験のものだった。
幼子のように楽しむアルを眺めるヴラドだったが──次の瞬間、微かに、空気が震える。
──音もなく、空調が一瞬止まったような錯覚。
「……どうかしたんですか?」
「いや、君はそのままでいい。少し虫が入っていただけだとも」
尋常ならざる気配を放つヴラドだったが、それもすぐに治まってしまう。そのことに疑問を抱くアルであったが、気にすることはなく早速質問を投げ掛ける。
「それで、話とは……?」
「先の帝耀騎聖連盟ルミニオンとの戦いで、君の成した竜鏖機の撃滅。その称賛をな」
「……と、いうのは建前で?」
「……バレてたかね」
ヴラドの言は、確かに真実なのかもしれない。だがアルにはどうも引っ掛かる要素が多すぎた。
勲章の授与なら、こんなところではなく大々的に執り行うだろう。それ以外でも、こんな人気の無い場所でなくても良い筈。
そう思い、アルは試しにかまをかけてみたのだ。結果は、ご覧の通りと言うわけだ。
「まあ、普通の流れではないかなぁと思いまして」
「流石は第二三四機動艦隊の竜殺し、というわけか」
「待ってくださいなんですかその異名!?」
アルの知らぬ間に付けられた異名に対する質問にヴラドは答えることなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「君は竜鏖機について、どれだけ知っているかね」
「え、ええと……地球連合が開発した、対英雄機用の兵器としか」
「その認識で問題はないな。あれは我々英雄を打倒するために作られたが、余りの非人道的な手法ゆえに廃棄されたものだ」
二人の会話は、どことなく教師と教え子を思わせるようなものだった。分からない者に、分かる者がこんこんと教え込む。
結果、アルは竜鏖機に対してそれなりの知識を得ることに成功した。そして同時に、あの時撃破出来たのが奇跡なのも含めて。
「さて、本題はここからだ。あれは本来、この世には存在し得ない兵器なのだ。鹵獲しようにも、連合が破壊しているからな」
「……それ、僕は聞いて良い話なのでしょうか……?」
「問題なかろう。リーク者が君、もしくは第二三四機動艦隊である可能性は極めて低いからな」
けらけらと笑うヴラド、そして対照的に険しい表情でぶつぶつと呟くアル。
「誰かがリーク? 設計図か、機体そのもの?」
「だが、今はそこは気にしなくて良い」
アルの疑問に、しかしヴラドは不要と唱える。理由は単純、意味がないからだ。
既に事が起きている以上、鹵獲漏出はどうでも良い。起点と終点までの道のりを論ずる必要性は皆無。
問題は、誰が起点となったかだ。
「ある程度は目星はついているのですか?」
「残念ながら皆目見当もつかぬ有り様だ」
竜鏖機を有する帝耀騎聖連盟ルミニオンは、カール大帝を首領とする一大勢力。ならばフランスに所縁のある英雄かと考えたヴラド。
「フランス所縁の英雄が、思いの外少なくてな。それこそ数人いるかどうかといったところだ」
「それは怪しすぎますね……」
数が少ないということは、反面疑われやすいという意味を持つ。
木を隠すなら森の中、その対極の状況下で事を始めようとする間抜けは古代の英雄達にはあり得ない思考だ。
アルの中で結論が出かけるその直前、ふとあり得ない、だが可能性は否定できない答えが脳裏を過り、呟く。
「……もしかして、ヴラド公?」
「……ほう」
アルの呟きに、ヴラドは目を細める。
歴史を考えれば、なるほど確かにそれも一理あると言えるだろう。ヴラド三世という英雄は、かつてキリスト教の熱烈な信者であったのだ。
その生涯で些細な教義のゴタゴタはあれど、信仰の徒としてあったことには違いない。
そして、ルミニオンはそのキリスト教を国教として掲げている。繋がりは僅かではあるが、宗教という強固な関係性は否定できない。
アルは恐る恐る、ヴラドに視線を移す。下手をすれば消される、そう思っていたが──それは杞憂に終わる。
「く、はははは。中々に聡いな、君は。だが安心したまえ、私は違うさ」
けらけらと笑い、良くできたと言わんばかりにアルの頭を撫でくりまわす。
「その、怒らないんですか?」
「怒る理由があるかね?」
問いに返されたヴラドの言に、アルは何も言い返せなかった。
「普通に考えれば、フランス所縁の英雄以外なら……キリスト教所縁の英雄が疑われるのは必然。そして私はその内の一人だ、逆に疑わなかったらその方を疑うとも」
故に問題なし。自分が疑われて当然だと、ヴラドは胸を張って答えたのだ。
「私は地球連合を裏切らんよ、友との約定があるのでね」
「……無礼をお許しください」
「君なら二度も三度も許すとしよう!」
友との約定、その言葉にアルは嘘偽りを感じ取れなかった。神への信心すら上回る、友情の結束。
それを感じ取れたからこそ、アルは謝罪したのだが……それもあっさりと許されてしまう。
何ともはや、胸にしこりが残ってしまう。これでは責められた方がまだましな気分だ、そう考えるアルであったが。
「さて」
──直後、吹き荒れる殺戮の希求を前に、アルは自らの死を予感させられた。
叩き込まれる悪意、凶意、殺意。それが自分ではない誰かに向けられているにも関わらず、その余波のみでそうなった。
「略奪王の傀儡よ。私と、彼の対話を盗み聞きすることを許した覚えはないが……どうするね」
アルは平常心を手放しつつあった。その中で、ようやく思い出す。
隣にいる英雄は、国を守るためだけに二万もの人間を生きたままに串刺しにする怪物なのだ。
これであれば、まだコンモドゥスと相対する方がましである。そして、自分が英雄であることを感謝するのだった。
もし生身の人間なら、粗相は免れなかっただろう。そしてだからこそ、と言うべきだろうか。
この場において、アルのみが常人なのだとつくづく思い知らされる。
「怖いですわ怖いですわ! そんな怒らなくても良いじゃないですの」
「そうそう、僕たち海賊。奪うのが常なんだから、まあある意味職業病だよね」
地獄めいた空気の中、凛と響くは百合のような二つの声。それを耳にしたアルは、その主達に正気かと投げ掛けたかった。
凶王たるヴラドの殺意を受けながら、平然としている二人を。あれ程の暴威を受けながら、何とも思わない二人に。
直後、四本の腕がアルの身体を背後からからめ捕っていく。艶かしく動く指が撫で舞わす感覚に、アルは言葉を失ってしまう。
「ねえ、お兄さんとのお話が終わったらさぁ」
「今度は私達とお話しましょ?」
「去ね」
甘く湿った吐息が耳朶を掠め、アルの背中にぞわぞわと悪寒が走る。だが直後、アルの頭上を一条の銀が走る。
その正体は、ヴラドが手にする槍であった。いいや、槍と評するには少々訂正が必要かもしれない。
言い換えれば、それは杭だ。敵を穿ち、貫き、掲げる鏖の武器。
いつの間に? ヴラドが武器を出した瞬間が見てとれなかったアルであったが、それを軽々と躱すのも大概ではない。
アルは慌てて、ぎこちない様子でヴラドの背後に隠れる。少なくとも、ここは安全圏であるには違いない。
そしてようやく、落ち着いて声の主達を視界に納められるのだった。
同時、ヴラドは苛立ちと殺意を微塵も隠さずに声の主達に詰問をするのだった。
「アン・ボニー、メアリー・リード。如何なる目的で私に近づくか、答えてみせよ」




