第18話 バルダックは仕事が嫌だ
一人の少年が、昇る太陽の光を浴びながら空を見上げていた。
畑では父親が黙々と鍬を振るっている。本来ならそれを手伝うはずだった少年は、すっかり忘れてしまっていた。
理由は一つ──空に浮かぶ影。それを見つけてしまったから。明らかに文明によって造り出されたと分かる、金属の塊。
空の彼方をゆるやかに進む巨影は、まるで星そのもののような形だった。
今まで見たことのないような光景に心奪われてしまった少年。だがそれは、「仕事せんか、ヨハン!!」という父親の怒声で中断することとなる。
名残惜しそうにその場を立ち去るヨハンだったが、その光景は二度と忘れることはないのは確かだった。
そんなささやかな日常が行われているなど露知らず、巨大な影は宇宙を突き進んでいた。
直径一万二千キロという、かつての人類生誕の星と同規模の大きさを誇る、人類が造り出した最大の超巨大構造体。
名を、ティーターン級超々々弩級天体空母三番艦。
そんな地球連合が誇る最大最強の艦であるイアペトスのブリッジは、重量の枷から解き放たれたかのように複雑怪奇な構造をしている。
だが、ブリッジ内で最も位の高い者がいる場所は、誰が見ても明らかだった。
無駄だと言わんばかりにコンソール類は無く、無駄に豪勢な椅子に、無駄に深く座り込んでいる一人の醜男。
名前を、バルダック・ウィリアムズという。階級は元帥である。
常に不機嫌であると思わせるような眉間のシワ、軍人とは思えない程の丸々とした腹。どこからどう見ても、有能な軍人とは思えない風体のバルダック。
なら将帥としての才はと問われれば、それもまた否と満場一致の結果になる。
優柔不断にして、優れた軍略も知性も無い。辛うじてワインの良し悪しが分かる程度。
そんな男が、なぜ元帥なのか──誰もが一度は抱く疑問だ。答えは単純。バルダックは“人を使う”ことにかけてだけは天才だったのだ。
必要なところに、必要な人材を派遣するという、上に立つ者に求められる才能。
無論、それに対し不満は出る。だが結局は職務ゆえと諦めて、仕事を行っていく。
そうして各々が各部署で隠された才を活かし、活躍し功績を積み重ねていく。バルダックの采配など忘れたかのように。
そのことに感付いた上層部が、あれこれ手を回して元帥職に据えたのだ。彼以上の人材配置に長けた者は、地球連合にはいなかったから。
「私は、ただ気楽に生きたいだけなんだがなぁ」
「軍人ともあろう者が、よもやそんな世迷い言を言うとはな」
「カカカッ!! 遂にあのわいんとやらがお主の血と置き換わったか、バルダックよ」
「……ああ、全く。いつもお前達は私に仕事を持ってくる」
そんなバルダックの溢した独り言に反応するのは、二人の男達だ。
一人は、黒と金が入り交じった髪に、土気色の肌に異様に深い目の下の隈。西洋の貴族を思わせる豪奢な衣装と外套を纏い、まるで己は吸血鬼であると言わんばかりの風体の男。
もう一人は、宇宙船には不釣り合いとしか言いようのない、漆黒の甲冑と鬼面を着けた大男。
その姿を見たバルダックは、仕事の種を持ってくるなと言わんばかりにそっぽを向く。
「軍人たる者、故国を護らんとしてどうする」
「そうじゃそうじゃ、儂の生きていた頃よりはるかにマシじゃわい」
「ヴラド、ソウテキ、少し黙ってくれないかね。会敵まで予想だと後数週間はある……せめてそれまでは私はただの無能でありたい」
ヴラド──真名、ヴラド・ツェペシュ。十五世紀ルーマニアのワラキア公国に君臨した領主。
侵攻してきたオスマン帝国を苛烈な手法で迎撃し、ヨーロッパ世界を護り抜いた『護国の鬼将』。
ソウテキ──真名、朝倉宗滴。戦国時代の越前を支配した朝倉氏を支え続けた宿老。
その圧倒的な武勇と、卓越した外交術を以てして朝倉家の最盛期を作り上げた『不敗の老将』。
両者共に、その気になれば独自の勢力を率いて、銀河の覇権を握らんとしていても可笑しくない英雄達だ。
そんな彼らが、何故地球連合に残り続けているかというと──友情のためである。
カエサルの離反を皮切りに、多くの英雄が地球連合を裏切っていった結果、地球連合内部で英雄は裏切り者の代名詞と化していた。
そんな状態で優遇される筈もなく、その扱いに据えかねて一人、また一人と去っていく英雄達。
ヴラドと宗滴も、その場を去って旗揚げでもしようか悩んでいた時に、バルダックと出会ったのだ。
『連合のために戦えとは言わん。ただ……一人の男から、仕事を奪ってほしい』
そう頼み込むバルダックの姿を、ヴラドと宗滴の二人は忘れることは出来なかった。何とも頼りなく、情けない姿なのか。
呼び出された部屋で、深く椅子に座り込む醜男の滑稽さに稀代の英傑達は苦笑し、そして快諾する。
そうしてヴラドと宗滴はバルダック麾下の英雄として武功を積み重ねていくこととなる。
『護国の鬼将』と『不敗の老将』、その猛攻を前にして、凡百の英雄達は木っ端も同然の有り様。
結果、数えきれぬ程の武功と持ちきれぬ程の勲章を以て、地球連合は英雄を冷飯食らいの裏切り者候補者という扱いを捨てざるを得なかった。
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「無能でありたい、か……流石にそれは承服しかねるぞ?」
「私に出来てお前達が片付けられぬ仕事は、無いと思うのだがね」
これらの経緯を踏まえ、三人は無二の友情を結ぶに至る。それは地位が向上しても尚離れる様子は無かった。
だからこそ、立場など関係無し。互いに対等の存在として振る舞うのだ。
「カッカッカ!! 全く、儂らに頼み込んだ時のお主は何処へ行ったか。まだ三郎の方が良く働いたわい」
「その三郎やらは知らんが……はぁ、ここに来たというのなら嫌でもやらせるのだろう。状況は」
呵呵大笑する宗滴を尻目に、バルダックは目の前に広がる巨大なモニターに視線を移す。そこに映っていたのは、イアペトスが収容し続けている地球連合艦隊の光学映像だった。
「現在、イアペトスが収容している艦艇数は凡そ十五万。まだ増え続けてはいるが、最大でも二十万を越えるかどうかと言ったところだな」
「新生ローマのコンモドゥス艦隊と接敵するまで、後システム時間で一週間といったところじゃの」
ヴラドと宗滴からもたらされた情報に、バルダックに軽く頭痛が起きる。
猶予は一週間、それまでに新生ローマの大艦隊を──あのコンモドゥスが率いる大艦隊を迎撃できるだけの戦力をかき集めなければならない。
「艦はいい、英雄はどれだけ集められている」
バルダックの問いに答えるのは、ヴラドだった。
「現状、二千を越えるかどうか……地球連合に属する者は無論、旭日艦隊とナチス第四帝国の残党、それとヴァンダル・カンパニーの傭兵を含めての数だ」
「旭日艦隊とナチス第四帝国か……使えるのか? 奴ら、コンモドゥスにやられた連中だろうに」
旭日艦隊とナチス第四帝国、そのどちらもがコンモドゥス艦隊と激突し、そして壊滅に追いやられたというのはバルダックの記憶に新しい。
ヴァンダル・カンパニーも、社長の方針で対ローマ戦線においては格安で海賊傭兵を派兵してくれるが、どう取り繕うとも海賊は海賊。歴戦の戦士には遠く及ばない。
「そこは儂に任せておけ、バルダック。兵の運用には一家言あるでな」
「任せる」
宗滴の自信満々の発言を受け、バルダックは彼に不穏分子をまとめを任せることに決めた。優柔不断ではあるが、仕事を他人に押し付けるのは素早いのだ。
「とはいえ、英雄と英雄機はあればあるだけ良い。他に使えそうなのはおらんのか」
「ヴァーリントン宙域拠点、メ・サイア要塞、コンフェイト基地、アリアントン天体基地……複数の拠点から可能な限りの兵力を集めてはいるが、使えそうな者はとなると……」
「ん? 確か少し前にアリアントン天体基地で、ルミニオンの襲撃があった筈じゃが、その時竜鏖機を撃破した英雄がおらんかったか?」
ヴラドの報告を聞き、宗滴は過去の記憶からその情報を引き摺り出そうとする。しかし、バルダックはそれに先んじて答えを出す。
「第二三四機動艦隊のアル・ネムホワイトだったか」
「そう、そいつじゃ。そいつ含めた第二三四機動艦隊は召集しとるのか」
「当然だ、竜殺しの英雄は現状の士気を上げるにも役立つし、何より第二世代型英雄をも部下にしていると聞く」
「ふむ」
まるで我がことのように自慢気に語るヴラドであったが、対照的にバルダックの表情は晴れない。
そのことに疑問を抱いた宗滴は視線をバルダックに向ける。その圧に耐えきれなくなったのか、バルダックは渋々口に出す。
「……何故竜鏖機がルミニオンに配備されていたかが分からん」
「そうかのぉ? 兵器を鹵獲し運用するのは戦争の常であろう」
「いや、そうとも言えんぞソウテキ。竜鏖機は本来廃棄されたもの、それを十全に運用するなどあり得ん」
バルダックの言を聞き、ヴラドもその不可解に気付く。
竜鏖機は元来、地球連合が離反した英雄を撃破するために造り上げ、そしてその非人道的な運用方法から廃棄された兵器なのだ。
つまり、地球連合から離反した帝耀騎聖連盟ルミニオンが持てる訳がない。鹵獲しようにも、丁寧に破壊されているのだから。
「誰かが横流ししたというわけだ。設計図か、機体そのものかは分からんがね」
バルダックの出した結論に、二人の英雄は無言で同意する。いや、するしかなかった。
他にも理由はいくつか考えられるが、かなり無茶なことをしなければならない。それを考えれば、誰かが流出させたと考えるのが妥当だろう。
「……ヴラド、例の第二三四機動艦隊とコンタクトを取って当時の情報を集めてくれ」
「了解した」
「ソウテキ、お前はその間このイアペトス内の兵力の運用と作戦展開の立案を頼む」
「任されよ」
バルダックは目の前のデスクをコンコンと指で叩きながら、二人に指示を出していく。
竜鏖機の件は不可解極まりないが、コンモドゥスを無視するわけにもいかない。
とにもかくにも、仕事をしなければならないのだ。
「例の竜鏖機の流出の件については……不満だが私が調べよう」
「ほう、調べられるのか?」
「コンソールもまともに使えんのにか?」
自らも仕事をする。その宣言にヴラドと宗滴はニヤニヤと笑みを浮かべる。
それを前にバルダックは、やれやれと苦笑し返すのだった。
「そこは上手く、人を使うさ」




