第17話 恐怖
ウォルプタス星系外縁部で繰り広げられている戦闘は激化の一途を辿っていた。
既にいくつもの艦艇と英雄機が物言わぬ残骸と化しており、そして今も尚激烈な闘争の果てに生み出し続けられていく。
二機の英雄機が放つブースターが蒼の光跡となり、まるで星座を思わせる光景を作り上げるものの、そこは正に死地と呼ぶべき修羅場となっていた。
『咲き誇れ、我が紫百合誇る燦然剣よッ!!』
『チィッ!!』
ルキウスの咆哮と共に、彼の英雄機の周囲に紫電が百合の花弁が如く弾けていく。
かつてアルとの戦いで振るった特殊兵装「《天帝の雷霆閃撃》」の応用である。
弾ける紫電はコンモドゥスの内部構造に電気的なダメージを与えていく。単なる生物であれば大きな問題にはなり得ないが、機械そのものは別だ。
焼き切れる電子回路に融解する各部装甲。真空空間すら焼き焦がす熱量はまず間違いなく、英雄機の戦闘行動の継続を許さない状況に運びつつある。
にも関わらず──剣闘皇帝は動き続ける。
『吼えろ、大英雄越えし試練の十二……ッ』
瀕死の機体を駆動させるは気合いと根性。精神論で動く機械という理不尽が、現実となって現れる。
損壊被害度外視で振るわれる大槌が、的確にルキウスの頭部を破砕し、続くブースターによる追加速で上半身を完膚なきまでに破壊する。
瀕死のコンモドゥス側もその直後に機体は停止、只の鉄屑へと成り果てるがしかし──。
『そのハンマー、なかなかに厄介だなぁ!!』
『貴様のその雷、アア腹立たしイッ!!』
沈黙した二機の屍を両断/破砕し、計何度目かも分からぬ激突を繰り返す両者。
咲き誇る紫電と咆える獅子頭の百花繚乱、戦域に咲き乱れる破壊の花畑が両者の殺意の昂りに比例し、より苛烈となっていく。
だからこそ、純然たる事実が明らかになる。二人の力量は全くの互角。ルキウスとコンモドゥスの殺戮技術は互いに平行線を辿っていく。故に──
『消え失セろ、偽りの皇帝ィ!!』
『ぬぅっ!?』
──一瞬の隙が致命となるのだ。
コンモドゥスの振るう大槌が変化する。槌頭が割れスライド、瞬時の内に刃の無い剣の柄となったのだ。
“何だそれは”
ルキウスの脳裏に疑問が浮かび、捨て去るまでの刹那の逡巡。それはコンモドゥスからすれば余りある隙であった。
次瞬、迸る光の粒子が剣状となって振り下ろされる。破滅的な濁流を前にしてルキウスは唖然とするしかなかった。
僅か数秒の後、少なくとも自分の機体は光に呑まれて蒸発するだろう。だからこそ、ルキウスは──。
『待ちかねたぞ、少年ッ!!!』
超音速で突撃し、コンモドゥスの頭部にドロップキックを叩き込むアルの姿を見て呵呵大笑するのであった。
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『何ダ貴様ァァァ!?!?』
『アル・ネムホワイトですっ!!』
顔を蹴り飛ばされバランスを崩したコンモドゥス。それに追撃と言わんばかりに、アルは手にした片手剣でコンモドゥスの英雄機をスクラップにしていく。
破断される胴体と四肢が連鎖的に爆発し、一瞬で沈黙するコンモドゥス。だが、アルのセンサーは即座に接近する熱源を感知する。
『ああ本当に腹立たしいッ!!!』
アルの頭上からスラスターを全開にし、爆発的な加速で突撃してくるコンモドゥス。同時に振り下ろされる大英雄越えし試練の十二の威力は、隕石の直撃にも等しい。
それを真っ向からアルは盾で受け止める。無音と共に生じた衝撃は、アルの英雄機が軋み無数のエラーが発生するには十分だった。
『ほウッ』
故にアルはそれを活かす。
大槌と盾がぶつかるその刹那、盾の角度を調節しての受け流し。機体制御の完全なる実行は、コンモドゥスの両断という結果に至る。
ここに人類史において千年に渡り紡がれた武術。その粋が今結実したのだ。
“──ああ、本当に”
だからこそ、アルはひとりごちる。千年に渡る技法を知らぬ存ぜぬと押し潰す凶念にありったけの罵詈雑言を。
『僕に勝てそうにないんだから、さっさと帰ったらどうですか!?』
『ハッ、たかが三度か四度死んだだけだろう。その程度で諦めるなら英雄は名乗れんッ!!』
英雄は諦めない。生きているなら、何度だって立ち上がる。死んだという史実すら糧として、胸に抱いた理想を実現するべく進撃する意思の怪物。
『己達は一度死んだ。ああそれは認めよう、だが英雄として再びこの世に舞い戻れた!!』
再び現れるコンモドゥス。手にしている武器は大英雄越えし試練の十二。その新たな形態。
まるでパンツァーファウストを思わせるそれはしかし、放たれるのは火薬の込められた弾頭ではなく、荷電粒子の奔流だった。
『──その奇跡、使わんとして何とするッ』
コンモドゥスの咆哮と共に放たれる熱線を、アルは盾に総身を隠して防いでいく。
しかし元が実体弾用の盾。対ビームコーティングも施されていないものでは、形状を保てるのは数秒が限界だった。
溶解する合金の塊が灼熱の飛沫となって飛び散り、そして爆発する。漆黒に咲く一輪の華と化した盾はしかし、コンモドゥスのセンサーは一つの事実を捉えていた。
『──そこかッ』
『ちぃっ!!』
爆炎を死角にしたアルの奇襲を、コンモドゥスは難なく受け止める。激しい鍔迫り合いの中、ふと浮かび出た疑問をコンモドゥスは口にする。
『解せんな。何故貴様ハ奴のようナ自爆をせん。個々人の好ミと言われればそれまでなのは認めるが……己も使うぞ?』
答えを聞くまでもなく、コンモドゥスは己の英雄機の機関部を強制暴走させての自爆を試みる。
瞬間現出する大火球を前に、盾を失ったアルはそれを防ぐ手立てがない。自爆寸前のコンモドゥスを蹴り飛ばし、その範囲から抜け出そうとする。
『自爆とか……くぅっ!?』
『ソモソモ貴様は何だ? 何処の英雄だ、アル・ネムホワイトなんて聞いたこともナイ』
辛うじての離脱はしかし、新たに現れたコンモドゥスの強襲によって無意味と化す。
背後を取られ、コンモドゥスの手によって頭と腕を抑え込まれているという危機的状況。
『答えろ、己はそれが知りたい』
ミシミシと軋む英雄機の機体。答えを出さなければ、その果ての未来をアルは幻視する。
破壊される自分の英雄機、その結末が予感出来たからこそ、アルは不本意ながら答える。
『──知りません。この名前も、姉を名乗る人から貰ったので』
『……それこそ解せん。《マザーベース》のサーバーに名前も刻まれているだろウ』
『残念ながら、僕にはその《マザーベース》がないんで。……僕は貴方たちと違って、死んだらそれまでです』
アルの返答に、コンモドゥスは返さない。不動の沈黙を保ち続けるコンモドゥスから逃れるべく、機体を動かそうとするアルだったが英雄機は微塵も動かない。
“隙だらけの筈なのに──!”
一体どれ程の出力差があるのか、絶望すら感じさせるこの状況。打開策を必死にアルは考えを巡らせていく。
『貴様──』
酷く重々しい雰囲気を漂わせたコンモドゥスの声はしかし、頭部と胸部の同時狙撃によって阻まれる。
それは、狙撃に疎いアルであっても理解出来るほどの完璧な狙撃。的確に恒星機関を破壊し、爆発さえ引き起こさせずに沈黙させたのだ。
『これは……っ!?』
それを機に脱出に成功するアルだったが、やはりコンモドゥスも諦めが悪いようで、スラスターを噴かし再度アルへ接近しつつあった。
『アル・ネムホワイト、貴様逃げ──』
『そうらッ!!!』
『……ッ、の糞女ァ!!!』
剣を構え迎撃体勢を整えようとするアルだったが、それも束の間。
新たに現れた英雄機によって横っ面を殴り飛ばされるコンモドゥスという、先程の自分の行いの再演をまざまざと見せつけられる。
『こちらヴァンダル・カンパニー所属、メアリー・リード』
高らかに謳い上げる四本腕の英雄機、それは正に──餌を前にした餓獣のそれだった。
『これより略奪を始める』
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──第二三四機動艦隊旗艦ヴェリタスブリッジ
「こちらに接近する熱源あり! 数は一つ……いや、二つ!! 英雄機ですッ」
「識別コード確認……ヴァンダル・カンパニー所属英雄機ですッ!!」
「あのイカれた傭兵企業が、何で!?」
アルがコンモドゥスとの戦闘を繰り広げる中、ヴェリタス率いる第二三四機動艦隊もルキウスと共に新生ローマ帝国の艦艇を撃滅し続けていた。
そんな中飛び込んできた、ヴァンダル・カンパニー所属英雄機の参戦という報告は、シャルロットの思考に深刻な衝撃を与えた。
破壊と略奪、そして無尽の戦火を巻き起こす狂人の群れが何の用事かとシャルロットが愚痴るなか、副官のジムは淡々と情報の処理に回る。
「どの英雄か分かりますか」
「はっ、英雄名メアリー・リード。それと……」
『こちらヴァンダル・カンパニー所属のアン・ボニーですわぁ。地球連合の第二三四機動艦隊の皆様、聞こえてまして?』
オペレーターがコンソールを操作し、コンモドゥスと戦闘を開始した英雄機とそれを操る英雄の情報を集めようとした矢先のことだった。
メアリー、そしてアンとくれば嫌でも分かる。
十六世紀のカリブ海で、略奪の限りを尽くした海賊達。その中でも数少ない、女性の身でありながら人類史にその名を刻んだ大悪党。
「……あのアン・ボニーとメアリー・リード本人、ということで良いのよね」
『正確に言うと、そのAIである英雄ですわぁ』
のほほんとした雰囲気の声がスピーカーに鳴り響き、ブリッジ内は一瞬、時間が止まったかのような静寂に包まれる。
警報灯の赤が揺れる中、乗員たちは互いに顔を見合わせ、声も出せずに固まってしまう。
そんな空気も知らずに、スピーカーからの軽やかな声だけが妙に浮いて響く。
『えっとぉ、私達の雇い主からの依頼で、貴殿方をこの場から逃がすよう言われているのですわ。あ、雇い主に関しては質問しないでくれますかぁ? 答えられませんのでぇ』
雇い主──その言葉を聞いて、シャルロットの脳裏に浮かんだのは一人の人物だった。
とはいえ、向こうとしてもコンモドゥスにその事がバレるのは不味いのは明白。それ故にあらかじめ釘を打ったのだろう。
「……分かりました。これより第二三四機動艦隊は転身し、アリアントン天体基地へ帰還します。アン・ボニーさんはその援護を」
『はぁい、アン・ボニー。これより略奪を始めますわぁ』
アンからの通信が切られた直後、第二三四機動艦隊の周囲に無数の爆炎が生じ始める。
それは新生ローマ帝国の艦艇であり、コンモドゥスの子機達を種としたものだと、シャルロットは即座に理解する。
「確か、アン・ボニーの英雄機って……」
「はい、極超遠距離狙撃特化型の機体と記憶しております」
「……嫌になるわねぇ」
あれ程の数を、同時にピンポイントでの狙撃。それがどれだけ恐ろしいことか知っているからこそ、敵に回したくないと切に願うのだった。
「アル君とルキウス、それとステラワイバーン隊に伝達。即時帰還命令を発令、全機回収次第アルクビエレ・ドライヴで戦域を離脱するわよ」
「「「はっ」」」
そうして、第二三四機動艦隊の面々は後方で繰り広げられる戦闘の爆炎を背景に撤退に成功するのだった。
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『チッ』
第二三四機動艦隊の撤退から数十分が経過した、ウォルプタス星系外縁部。そこは正に鉄屑の墓場と化していた。
『貴様ラが邪魔をするカら、逃げられたジャないか』
『あ……、ごめ……あそばせ?』
『これが僕……の略……なんだ』
コンモドゥスの側に居たのは、二機の英雄機……その残骸だった。
戦闘機能は完全に喪失、辛うじて通信が可能な状態だがそれも時間の問題だろう。
アンとメアリーは、この戦域に《マザーベース》を持ち込んでいなかった。それ故に英雄機の補充は叶わず、数と質の暴力で押し潰されてしまった。
『赦ス』
何を──その問いを、アンとメアリーは口にすることは出来なかった。
何故なら、その問いを放つ前にコンモドゥスの手によって破砕されてしまったからだ。これで、二人は自らの《マザーベース》に帰還を果たしたことだろう。
『くはっ』
だがコンモドゥスにとってはどうでも良い。木っ端の如き海賊、恐れるに足らん。
コンモドゥスの興味はアルにのみ向けられていた。本来英雄が持ちえない感情──死への恐怖を持つ英雄。
『知りたい』
最早カエサルなど関係ない。例え銀河にいる全勢力と激突しても、コンモドゥスは省みることなくその全てを撃滅することだろう。
『俺に教えてくれ。お前の感じる、死の恐怖とやらを』
よって、剣闘皇帝は進撃を決定する。総数三十五万──コンモドゥスという一人の英雄が動かせる艦隊の全てを率いることを。
そして、その目標──地球連合領域への侵攻を。
後の世において語られる大戦──アムラーテ会戦の始まりである。
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一方その頃、アル達の方はというと。
「アル君、ちょっと良いかな」
『はい、なんでしょう?』
二人の英雄の細やかな犠牲のもと、戦域を離れることに成功した第二三四機動艦隊。
束の間の落ち着きを取り戻したなかで、空母ヴェリタスのとある区画にアルとシャルロットの二人は居た。
「これ、何かな?」
だがシャルロットの放つ雰囲気は、有り体に言って不穏そのものだった。そしてその理由に、アルは何となく察してしまう。
アルは先の戦いに駆けつけるべく、身体となる生体ヒューマノイド躯体をウォルプタスIVに置きっぱなしにせざるを得なかった。
恐らく、その件についてだろう……アルは覚悟して、シャルロットの持つ携帯端末のカメラ越しに見る。そこにあったのは……。
「なにこのメイド姿!!! 超可愛いんですけどぉ!?!?」
『くっそあの淫乱皇帝め!!』
量子ワープゲートを用いるための機械に、恭しく鎮座していたのはアルの生体ヒューマノイド躯体。ただし、可愛らしいメイド服を着させられているものだった。
ご丁寧に化粧まで施されており、傍目から見たら美少女のそれだった。
『すみません、その化粧を落として服をいつものに変えるまで有給取って良いですか?』
「艦長及び艦隊長権限で有給申請を却下します」
『職権乱用!!』
「やだやだ!! この格好でアル君がお世話するまで不許可!!」
──そのやり取りは三時間近く続き、最終的にアルが折れて第二三四機動艦隊の女性陣に弄ばれることになるのだが、それはまた別のお話。




