第15話 密談
──とある宙域にて
男の脳裏に走ったのは、目の前の敵と殺し合う光景だった。
一瞬、これは夢か。そう思ったのも束の間、すぐに否定する。何せ男に夢を見るという生理機能は持ち合わせていない。そう思い、改めてその光景を観賞する。
互いに咆哮し、肉と肉のぶつかり合う様は余りにも■■かった。
流れ出る血潮が煮え滾るのを足を通じて感じ取り、肉と骨が弾け砕ける感触を味わっていた。
側には寵愛した愛妾の女が絶叫していたが、何と言っているかとんと分からない。
それもその筈、訳の分からぬ声にかまけている程この時の男に余裕はない。命を賭した戦いに、男は■■■■■■。
“──ああ、そうか”
そう思った瞬間、映っていた光景は夢幻と消え去る。代わりに、鋼のみで構成された無骨な部屋が視界に入る。
『……チッ』
男──コンモドゥスは、先程の光景を忌々しいかのように頭を振るって振り払う。ただそれだけで、先の光景が何だったか、上手く思い出せなくなる。
それで良い──コンモドゥスはそう割り切って、いつの間にか来ていた通信を繋げる。相手はカエサルだった。
『やあコンモドゥス君、眠っていたのかい?』
『オレにそんナ機能、あると思ウか?』
『ははは、確かに。君の躯体は機械オンリーだったね』
カエサルの笑い声が無性に苛つく。だがそれでも、コンモドゥスは彼に付き従う。そうしてコンモドゥスはぶっきらぼうに問いを投げ掛ける。
『そレで、何ノ用だ』
『今から送る座標に向かって欲しい、頼まれてくれるね?』
『理由ハ』
『僕の勘。理由なんて、それで十分だろ?』
カエサルの答えは、コンモドゥスの神経を逆撫でる。だが同時にそれがコンモドゥスの、ひいてはカエサルの利になるのも理解できる。
カエサルの勘は異常に当たる。それも未来でも見てきたかのように。だからこそ、ふと思い浮かんだ疑問が口を出る。
『──それデ、何故ブルータスの暗殺モ読めなカったノかね』
『ふぐっ、急に痛いとこ突いてくるじゃないかコンモドゥス君……っ!』
カエサルの苦しむ声を聞き、コンモドゥスはありもしない口角を喜悦に歪ませる。
こいつが苦しむ姿は良いものだ──それはコンモドゥスの苛立ちを抑えるにはうってつけの感情。それだけで、溜飲が下がるのを感じる。
『ハッ。じゃあ、今かラ行クとしヨウ』
『戻ってきたら説教だよコンモドゥス君!!!!』
吼えるカエサルの声を知らぬ存ぜぬと言わんばかりに通話を切るコンモドゥス。
カエサルは嫌いだが、有用な男でもあるとコンモドゥスは認識している。何故なら、彼はいつも欲しいものの可能性をくれるから。
『戦場か、久シイな』
心のそこから求める■■■。それを追い求めて、いったいどれ程の月日が流れたことか。
それを探し求める為に、コンモドゥスは戦場を駆け抜ける。真に求める安息を、その手に掴むまで。
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──ウォルプタスIV
「それじゃ、始めよっか。アル・ネムホワイト君」
沈み行く赤い夕陽に照らされる中、朗らかな笑みを浮かべながらそう告げるヘリオガバルス。
だがアルは眉間にシワを寄せるという、ある意味対照的な表情をしていた。
「始めるのは構わないんですが……何で僕はメイド服を着せられてるんですかねぇ……?」
「え、似合うから」
「えぇ……」
理由は、アルの服装だ。普段の軍服とは異なり、彼は今可愛らしいメイド服を着ている。しかも由緒正しきヴィクトリアンメイドではなく、フレンチメイド。
羞恥心に疎いアルだが、スカートの頼りなさに底知れぬ違和感を覚え、無意識に手で隠そうとしている。
「いやさぁ、カエサルの奴も来るっていうから一応ね? 英雄のメイドも今は珍しくないし、気にしない気にしない」
不愉快極まる態度でけらけらと笑うヘリオガバルス。そんな彼は笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「にしてもアル君、来るの早いねぇ。メッセージ送ってから一日もしてないのに……どうやって来たのさ」
「この星は交易都市惑星としての役目も兼ねてますからね。荷物運搬用の量子ワープゲートを使わせてもらいましたよ」
「あー、そっちかー」
富裕層向けの荷物を高速で運搬する量子ワープゲート輸送。それを用いた大胆な潜入方法に、ヘリオガバルスは笑うしか出来なかった。
「輸送業者に地球連合居たかぁ……潰して良い?」
「ダメでーす」
あっはっはっは、と笑いあう美少年達の姿は、傍目から見れば可愛らしいものだ。だが内実は、彼らの間にはどす黒いナニカが渦巻いていた。
「それじゃ、本題に戻りましょう。カエサル暗殺の件ですが……貴方は一体何を考えてるのですか」
「それ聞いちゃう?」
アルの問いかけに、ヘリオガバルスはまたもやけらけらと笑う。だが直後、彼の纏う雰囲気は正しく皇帝のそれへと切り替わる。
「簡単な話さ、カエサルは地球連合を裏切り、銀河全域を渦巻く混沌の状況を作り上げた。それを討伐し、銀河に平和をもたらそうってこと」
「その思いが事実なら、尚更カエサル暗殺はやってはいけない……僕はそう思います」
アルの答えを聞き、ヘリオガバルスの眉が小さく動く。
「……ここにいるってことは、少なくとも君達第二三四機動艦隊はカエサル暗殺に乗ったと思ってたんだけど?」
「僕以外は、まあ話を聞いて吟味する。そんなつもりでしたが、僕は意味のない暗殺は反対です」
「……根拠を聞かせてもらえる?」
アルの立場──カエサル暗殺反対、それを聞いたヘリオガバルスは怒りと困惑を隠せない。だがそれを何とか押し留めて、言葉を捻り出す。
それに対して、アルは真っ正面から迎え撃つ。
「まず、現状この銀河を支配する大勢力と呼べるのは五つ。地球連合、新生ローマ、連盟、統治機構圏、そして啓蒙連邦」
アルの挙げた勢力は、正に銀河を分割し支配する巨大勢力の名前だ。
新生ローマ帝国──ガリア最大の英雄カエサルを中心とした、数十人ものローマ皇帝と無数の異星存在による巨大帝国。
帝耀騎聖連盟ルミニオン──フランク王国及び多数のフランス王、無数の騎士や将軍を束ねる大英雄、カール大帝を首領とする惑星連合。
ログレス統治機構圏──多数の第二世代型英雄を率い、銀河最悪の勢力と称された絶滅猟団を半壊させ名乗りを挙げた騎士王アーサー・ペンドラゴンを首領とする勢力。
ハプスブルク=ロートリンゲン啓蒙連邦──女帝マリア・テレジアを首魁とする、かつての神聖ローマ帝国の威光を再演してみせている巨大統一国家。
銀河系内には他にも多数の勢力が存在するが、銀河統一を成し遂げられる程の規模となると、彼らこそがその資格を持っていると言えよう。
「これらは現状、軍事衝突はしつつも大規模な戦いはごく僅か。何故だか分かります?」
「そりゃ、カエサルとかいう獣がいるからねぇ」
「その通り。カエサルの存在が、一種の抑止力となっているのは否定できません」
古代ガリア最大の英雄。その戦歴はほぼ無敗という極めて優れた軍事指揮官。
そして溢れんばかりの欲望の権化を前にして、自国の戦力を減らすという愚の骨頂は他勢力の首領達は何としても避けたいのは明白だ。
「でもそれだと、地球連合はともかく他の勢力が連合を組んだら流石のカエサルでも只ではすまないんじゃない?」
「逆に聞きますけど、連合を組んでカエサルと戦えると思います?」
「無理っしょ。仮にカエサルが戦死したら、次の戦いに備えない訳がないもん」
そして連盟、統治機構、連邦の三つの勢力による連合もあり得ない。
打倒カエサルという目的は一致するも、その後に来る銀河統一を懸けた戦いの為に、仮想敵国の戦力を減らしに取りかかるから。
互いに足を引っ張り合う連合に、カエサルが負ける筈がない。
「そしてカエサルが戦死したら、確実に大戦乱が巻き起こります。特に啓蒙連邦のマリア・テレジアは積極的になるでしょうね」
「愛娘が処刑されたからと言って、ほぼ無関係の連盟に攻撃しかける程だからねぇ」
カエサルという抑止力が存在しなくなれば、開始するのは銀河最悪の大戦乱。文字通りの絶滅戦争、少なくとも地球連合による銀河統一戦以上の被害が出るのは明白だ。
「と、いうのが僕ことアル・ネムホワイトがカエサル暗殺に反対する理由ですね」
「理屈は分かった、でもそれはカエサルが大人しくしているのが前提じゃない? 多分、数年後には暴れだすよ」
「無論、地球連合もそれは嫌なので……カエサルの影響力を減らす方にシフトしません?」
「影響力を減らすゥ……?」
怪訝そうな表情を浮かべるヘリオガバルスに、アルはにこやかな笑みを返す。
「居るじゃないですか、カエサルという極大の影響力に関わりを持ち、けれどカエサル本人ではなく、ローマ最大の武力を持つ個人が」
「……もしかして、コンモドゥス?」
剣闘皇帝コンモドゥス。カエサルに付き従う、ローマ最大の武力を持つ皇帝。確かにこの男を排除することが出来れば、カエサルは自身の持つ有力な剣を失くすにも等しい。
「ぷ、っはははは!!!!」
ヘリオガバルスは遂に堪えきれず、げらげらと笑いだす。そして絞り出すような声で、アルに問いかける。
「それ本気? あの化物を?単独の艦隊で多くの英雄達を滅ぼしてきたアイツを?」
「本気でなかったら、ここには居ないですよ」
「それもそうか。よし乗った、多少は協力しよう」
そして、互いに言葉なく、差し出された手が重なった。ここに密約は交わされた。対コンモドゥス同盟の結成の瞬間である。
「ところで、一つお聞きしても?」
「なぁに? 初体験の時の話でも聞きたいの?」
「ぶん殴りますよ」
冗談冗談、とけらけら笑うヘリオガバルス。だが直後に返された答えは、アルの想像を超えていた。
「時期は短いし、無能だったかもしれないけどさ……一応、僕もローマ皇帝。にも関わらず、こっちに従えと上から命令してくるローマ皇帝はさぁ……気に食わないじゃん?」
そこにあったのは、怒り。肩書きだけの「皇帝」というヘリオガバルスの立場は、カエサルが存在する限り無意味と言えよう。
そんな彼の胸の奥底で沸き立つ熱は、言葉にならぬまま、ひたすら自尊を灼き続けていた。
「逆に聞くけど、君は何で戦うの?」
ヘリオガバルスの怒りを目の当たりにしたアルだったが、ヘリオガバルスからの急な問いに一瞬身体が動かなくなる。
戦う理由──仲間の為だ、そう言いかけたアルだったが、直後に気付く。
これはそういう問いではない、真意は別にあるもの。即ち、存在意義を問うているのだ。
かつての英雄としての記憶が皆無なアル・ネムホワイトにとって、戦う意義を見出だそうとはしてこなかった。
だからこそ、その問いへの答えは彼には出せなかった。かつての英雄達が備えていた、確固たる信念すら持ち得ない、単なる兵器のアルには──。
一瞬の静寂が走る中、次瞬二人の英雄は脳内にアラームが鳴り響く。
「ちっ、もう動き出したか……早いなぁカエサル」
「まさか、コンモドゥスがっ……!?」
それぞれの発信先は異なるものの、その情報は一致していた。
コンモドゥス、第二三四機動艦隊を襲撃──その報を受けたアルはすぐに意識を艦隊に戻すべく、ネットワークを繋げていく。
「すみませんヘリオガバルス帝、お先失礼します!」
「あいあい~、そのヒューマノイド躯体は落ち着いたらおめかしして返すよ」
コンモドゥスの襲撃という、一種の災害のような事態を前にしてもヘリオガバルスは落ち着いて、だが諭すようにアルに言葉を投げ掛ける。
「さっきの質問の答え、いつでも待ってるからね」
アルはその言葉に返答することはなく、しかし脳裏にしっかりと刻み込むのだった。
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「さて、と」
一人残されたヘリオガバルス。目の前には、先程までアルと名乗っていた単なる肉と機械の塊が転がっていた。
どうやっておめかししようか悩みたかったが、そうも言ってられない。地球連合の戦力では、コンモドゥスの襲撃から逃れるには少々足りなかった。
「と、言うわけで」
あちらは協力する意志はあった。ならばそれに対する返礼くらいはしなければならないだろう。
故に、ヘリオガバルスは自らの私兵達を動かすことを決断する。あの二人は少々、いやかなり厄介だがその強さという点においては保証されている。
「せめてお給料に見合った働きはして欲しいな~、ヴァンダル・カンパニーのお二方?」
『『はぁい』』
通信機越しに返ってきた声は、獰猛な女豹を思わせるものだった。




