第13話 快楽の都での密談
──星系ウォルプタス。
ローマ神話において快楽の神の名を冠したその星系に、然したる特異な点は見当たらない。
強いて言うなら、ハビタブルゾーンに複数の地球型惑星が存在しているということぐらいだ。
そんな星系に属する天体の一つ、ウォルプタスIVでは天蓋に至るまでに伸びる無数のビル郡がひしめき合い、それが生み出す爛漫と煌めく灯りの下で、多くの種族達が美と食と快楽に溺れている。
銀河に点在していた美を体現する構造体が幾多の博物館に展示され、幾千の異文化が紡ぎあげてきた食が互いに高めあい混沌の坩堝と化し、そして多くの男女が一つの城に集いそしてひたすらにまぐわい性を謳歌していた。
そこは正しくヒトの欲望が織り成す悦楽の摩天楼。甘い腐臭を撒き散らす爛熟した果実が如く燃え盛るその都市は、多くの者達からは魅力的なパラダイスに見えるだろう。
ならばこそ、その支配者もまたヒトの欲望の体現者であることも頷ける。
無数の摩天楼の一つに拵えられた豪華絢爛の体現した部屋に、その人物はいた。髪は絹のように細く柔らかく、触れる者の魂までも照らす神々しい金色。
物憂げな表情を湛えるその顔付きは、現世に降臨した美の女神をも思わせる程の美貌であった。
「あぁ……、暇だなぁ」
窓の先にある沈みゆく太陽を眺め、葡萄の血が注がれた杯を空にしながら呟く彼の名前は、マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス。またの名を、ヘリオガバルスという。
ローマ帝国代二十三代皇帝として君臨したヘリオガバルスだが、その治世は歴代ローマ皇帝の中でも最も破天荒なものと言われている。
公務の際に女装するのは当たり前。美少年を陵辱処刑をさも当然の如く執行。挙げ句の果てには娼館で男娼として勤務するといったものが知られている。
その最大のものとして知られているのは、エラ・ガバルという古代シリアで信仰されていた神をローマの主神にしたことだ。
今までの主神であったユピテルを捨て、別地方の神を信仰せよという命令を受けたローマ市民達の怒りは想像を絶するものだったことだろう。
そんな破天荒なエピソードしかない彼は、今とある人物を待ち続けていた。
「あの人が呼びつけた癖に、なーんで遅れるかなぁ」
ヘリオガバルスにはやりたいことが沢山あったし、やるべきことも見定めている。そしてそれを邪魔されることは彼にとっては余りにも不愉快だった。
もういっそのこと部屋を出ていってやろうか。そんな考えが脳裏をよぎるヘリオガバルス。だがその矢先に待ち合わせの相手──カエサルが現れた。
「いやぁ、すまないね。少々寄り道をしてしまった、許してくれヘリオガバルス君」
申し訳なさそうに笑みを浮かべるカエサルを前にして、ヘリオガバルスもまた満面の笑みを浮かべる。
「いえいえェ、私もついさっき着いたばかりなのでっ」
そうして社交辞令を交わし、二人の皇帝は各々ソファーに座り込む。その場には、彼ら以外誰もいない。二人だけの会談が始まる。
「それで、カエサルおじ様。私に何の用ですか?」
「いやなに、確認したいことがあってね──君、僕のこと裏切るつもりだろ?」
──静寂。カエサルの質問は、二人のローマ皇帝の間にそれを生ませた。
「嫌だなぁカエサルおじ様。私がそんなことするわけないじゃないですかぁ」
「はっはっは、だよねぇ」
互いに笑いあうヘリオガバルスとカエサル。先程まで流れていた不穏な空気は一掃されるが、まだ不穏な雰囲気は漂い続けている。
重苦しい雰囲気を気にすることもなく、ヘリオガバルスはは右手の指先で卓を二度叩く。音は控えめであったが、それで十分だった──扉が静かに開き、一人の給仕が姿を現す。
カエサルはその給仕が持ってきた混酒器に目を向けたが、それはすぐに給仕の方に釘付けとなる。
プラチナブロンドの短い髪の毛に緑の瞳をしたメイド服を着こなす給仕。その姿から目を離せない、執着する理由が分からない。
「カエサルおじ様?」
ヘリオガバルスの声でようやく、カエサルはその給仕が混酒器からワインを注ぎ、自分の目の前に置かれていることに気付いた。
「いや、すまない。少し見惚れてしまったようだ」
カエサルは軽く謝罪し、注がれたワインの香りを堪能しながらヘリオガバルスに目をやる。
ヘリオガバルスは給仕によって注がれたワインの杯をそっと手に取り、ゆっくりと紫色の液体で唇を濡していく。
それを確認し、カエサルもまた同様に口元に杯を運び、静かに味わっていく。
「彼女は君の専属かい? もし良かったら僕のところでも給仕して欲しいなぁ」
「ダメですよカエサルおじ様。この子は私が見つけた子なんですから」
「えー」
そんな他愛のない会話を皮切りに、カエサルとヘリオガバルスの対談は熱を帯びていく。それが収まるまでの時間は、日が沈み月が頭上に昇りきるには十分であった。
「それでは、僕はこれで帰るよ。どうも勘が鈍ったようだ……裏切りを疑ってしまい本当に申し訳ないね、ヘリオガバルス君」
「いえいえ、仕方ないですよぅ。私はカエサルおじ様のような偉大な皇帝でも何でもないですし」
既に夜も更けた頃、カエサルとヘリオガバルスの密談は終わりを告げた。
互いに打ち解けたかのように、カエサルは笑みを浮かべて部屋を退出する。その脳裏にあったのは、自分の勘が鈍ったという事実への嫌悪だった。
「これだと、コンモドゥス君を笑えないなぁ」
コンモドゥスは生前、部下に裏切られて殺された。それ故に、コンモドゥスは人としての身体ではなく機械の身体で居続けているのだ。
自分も信じていた朋友の手によって暗殺された経緯があった。だからこそ、カエサルは熱心に裏切りの芽を事前に摘んでいるのだ。
「コンモドゥス、コンモドゥス……念のため呼んでおこうかな」
そうして、カエサルは同じ裏切られ皇帝のコンモドゥスに通話をかけるのだった。
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「ふぃー」
カエサルが退出した後、ヘリオガバルスはソファーに深く座り、沈み込んでいく。
そこにあったのは安堵の表情。カエサルという弩級の政治家を欺くのは、彼にとっては至難の技だった。
何せ会話のあちこちに、ごく自然に裏切りの有無を問いかけてきたのだ。気が抜け、うっかり素で答えてしまえば後はカエサルの弁舌であることないこと引きずりだされてしまう。
「さっすがカエサルおじ様。伊達に政治家やってないよね~」
ヘリオガバルスは再び右手の指先で卓を二度叩く。そうして、また給仕が姿を現すのだが……。
「で、君はどう思ったかな?」
「どう思ったって……」
先程とは打って代わり、給仕の態度は一変していた。ヘリオガバルスへの忠義もなく、怒りに任せてホワイトブリムを投げ捨てる。
そして、給仕のフリをしていた少年はヘリオガバルスの対面に座り込み、本日二度目の密談が開始される。
「まあまあ、そんな怒らないでよ。これから僕と君たちは、カエサルを殺すための仲間になるんだからさ」
「ねえ? アル・ネムホワイト君」




