第12話 皇帝、牢屋にて再就職
『いやぁ、負けた負けた。流石は少年』
『やっぱり英雄って理不尽ですよね』
二機の決着が着いたのもつかの間、ルキウスは再び《マザーベース》からその姿を現していた。
資材と《マザーベース》が健在な限り、英雄は無限に立ち上がれる。その在り方を実感したアルは、その驚異に舌を巻く。
『然り。英雄とは無限に立ち上がれる者を指す。ならば己程それに相応しい者は居るまい』
『そういうことじゃないんですよ』
先程とは打って代わって殺意の欠片も無くなったルキウスの姿にアルは困惑を隠せない。
まるで無二の友と言わんばかりのルキウスの態度を見れば、誰もがそう思うのも仕方ないだろう。
さてどうしたものか……アルがそう考えだした時に、ルキウスは満面の笑み──少なくとも、アルにはそう見えた──を浮かべ、言葉を紡いだ。
『ところで、地球連合はリュクス=アレクト捕虜条約に批准していたな?』
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リュクス=アレクト条約。
とある星系を舞台にした大きな戦いがあった。多くの命、英雄が投入されたその戦いは非人道的な事柄が多く為されたものでもあった。
戦争が終結し、五大勢力を中心に制定されたのが、先のリュクス=アレクト条約である。
その長いその条文を短く纏めれば『捕らえた捕虜に手荒なことはするな』、だ。
「いや、まあ……ある意味正しいのだけれど」
「すみません……」
戦闘が終結し、非戦闘態勢に移行した第二三四機動艦隊。その旗艦ヴェリタスのとある区画──俗に言う捕虜を拘束しておく拘禁区画にアルとシャルロットの姿があった。
困惑を隠せない彼らの視線の先には、牢に囚われながらも朗らかさを忘れない青年──ルキウスがいた。
その身にまとうは、紫と黒を基調とした、どこか古の騎士を思わせる外套と軍服。高い襟と幾何学的な文様が重厚さを演出しながらも、奇妙なほど清潔感がある。
同時その服の上から見て分かる程にルキウスの身体は、その骨格は無駄を削ぎ落とした刃のように均整を保っていた。
髪は濃い紫──黒に近いほどの色味をした短髪が、整えられすぎず、乱れすぎず、常に無造作と洗練の狭間にある。
整った顔立ちに、一見すれば柔和な笑み。だが好青年の仮面の下に覗くのは、己が天上に立つと疑わぬ者の、それでいて決して慢心で堕ちることのない者の、傲岸たる王者の気配だった。
「この姿で会うのは初めましてだな、少年」
「初めまして、ルキウス。生体ヒューマノイド躯体、あの《マザーベース》に積んでたんですか?」
「うむ!」
ルキウスの答えを聞いて、アルは得心する。彼のまとう装束は、確かに新生ローマ帝国の正式軍服に酷似している。
無論、所々異なる部分もあるが、それは彼の趣味だろう。
「それで、リュクス=アレクト条約を出してきたのは良いけれど……ローマに戻りたいのかしら?」
「いいや」
シャルロットの問いかけを否定するルキウス。やり取りは続く。
「少なくとも己はローマに戻りたいとは、現状考えていない」
「……理由を聞いても良いですか?」
「単純なことだよ、少年。どうにも己は他のローマ皇帝に嫌われているらしい」
ルキウスの言葉を纏めると、どうも彼は新生ローマ帝国から廃棄されたとのことだ。
ルキウスは第二世代型英雄。つまり、地球の歴史においてルキウスという皇帝は存在していない。
また、第二世代型は複数の人間のデータをパズルのように組み合わせて製造されている。その点を理由に廃棄された、と彼自身は推測する。
「それに、己はカエサルが気に食わん。皇帝を統べる皇帝など、己には許せん存在だ」
「…………」
そして、その言葉に込められた怒気。己こそが真の皇帝であるという自負に、アルは言葉を失う。
正に英雄。例え人類史にその名が刻まれておらず、創作のキャラクターであったとしても、彼の持つ英雄としての気風を否定することはアルには出来なかった。
「なら良い提案をしましょう。貴方、地球連合で働かない? 報酬は……新生ローマ帝国の領土ってところで」
「ほう、剛毅な女だな? 全てのローマ皇帝を倒すということか?」
「無論、そのつもりよ。アル君と貴方が組んだなら、それも実現できると思ってるもの」
そんなアルを尻目に、シャルロットとルキウスは淡々と言葉を交わしていく。
「……く、ははは!! 良いぞ気に入った! まあ元々少年との決闘で敗れたのだ、この身体意志武装その悉くを少年に渡すつもりだったからな」
「あらやだ、アルったらこの歳で奴隷持ちになっちゃったわ」
「ごめんなさいなんて?」
アルは耳を疑った。今、この二人は何と言ったか?
「では改めて、我が名はルキウス・ティベリウス! 偉大なりしローマの皇帝である。我が剣に従い、少年とこの艦隊の為に獅子奮迅の働きを約束しよう!!」
「はぁい、じゃあここにサインを……あ、私のことは今後『シャルロット艦長』と呼ぶように」
「了解した、シャルロット艦長。他のメンバーとも会いたい、宴のセッティングを頼みたい」
アルは自分が抱く疑問を解消する暇もなく、二人して和気あいあいとしたやり取りを繰り返すのを見守るしかなかった。
──尚、その数時間後には『ローマ皇帝を奴隷にしたアル・ネムホワイト』という噂が第二三四機動艦隊内部に走り回ることになる。
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同時刻、第二三四機動艦隊旗艦ヴェリタスブリッジ内──。
「暇だねぇ」
「だねぇ」
人員の減ったブリッジ内に残っている、二人の通信士が暇そうに職務を遂行していた。
無論、仮に敵が現れればすぐに対応を開始しなければならないが、その心配は今は皆無と言えよう。
既に鹵獲した新生ローマ帝国の《マザーベース》を曳航し、地球連合の勢力圏に戻っているからだ。
こんなところに敵は現れない。そんな油断が、彼らに余裕を持たせていた。だからこそ、彼らは異常に即座に気付けた。
「……ん? なにこれ」
「どしたん?」
「……通信チャンネル・レベルYから着信あり。これって確か、超秘匿通信用のだよね」
「……どの基地から? アリアントン?」
唐突なチャンネル・レベルYへの着信。それは最高機密レベルの秘匿通信を意味するものだった。
気の抜けた雰囲気は何処へやら、即座に神経を張り巡らせて通信内容を開封していく。
予想される内容としては、新たな作戦──しかも隠密を前提とした作戦。だが開封作業が進む中、違和感が次々に噴出していく。
「いや待って、なにこれ……識別コードが一致しない!?」
「っ! 全データネットワーク切断、対インターネットウィルス殲滅プログラム起動!」
全識別コードの不一致、それが意味することはたった一つだった。故にこそ、敵の策略を阻止するために下した決断は正しい。だが、余りにも遅かった。
『ハロー、地球連合軍第二三四機動艦隊の諸君。私の名前はマルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス』
再生される通信。その音声は各々が思う絶世の美少女を脳裏に浮かべてしまう程に、可憐であった。
『ああ、でもあんな長ったらしい名前じゃなくて……“ヘリオガバルス”って呼んで欲しいな?』




