第11話 灼熱と紫電
──ヴェリタスブリッジ内。
突如として起動した《マザーベース》に慌てていたシャルロット達だったが、続いて現れた英雄──ルキウス・ティベリウスを前にして言葉を失っていた。
ルキウス・ティベリウス。
ブリタニア列王史を初めとした、アーサー王伝説にその名を残した伝説のローマ皇帝。しかし、同時にその名は空想のものであった。
その実在性は未だ確認されておらず、歴史には語られない存在。それが英雄として活動しているのだ。
「まさか、あれって……」
「恐らく、第二世代型の英雄かと……」
シャルロットとジムは、ルキウスを名乗る英雄の正体に心当たりがあった。
だがそれは、現状が最悪であることを意味するものでもあった。しかし、文句の一つも言ってられない。
「ジム、アルにメッセージ送信。戦闘が始まってしまった以上、やるしかないわ」
「了解。それとステラ・ワイバーン隊に緊急発進を?」
「ええ、お願い。全機発進、急がせてね」
「はっ」
シャルロットは、目の前の理不尽を睨み付けながら次々と指示を出していく。全ては、この場を生き残るために。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『はぁぁぁ!!!』
『オオオオオォォォ!!!』
満天の星々により照らされるステージ、そこの主演たる二機の英雄機は激しく衝突していた。
片手剣と両手剣の激しい剣戟は、しかし無音で舞台に色を添えていく。
『強い……っ』
アルは英雄機を巧みに操り、眼前のルキウスめがけ蹴りを叩き込む。互いに加わった衝撃で距離を取るためだ。
その隙を使い、ヴェリタスから送られてきたメッセージを受信、閲覧する。戦闘中でも見れるよう、短く簡潔なメッセージを見て、アルは敵対しているルキウスの詳細を把握した。
『第二世代型英雄、噂には聞いていたけど……これ程とはっ!』
『ほう、決闘の最中によそ見とは……頂けんなぁ、少年ッ!!!』
翼を思わせる背部スラスターを巧みに動かし、超速接近するルキウスの一撃。
アルはその一撃を全力で手に持つ盾で防ぐ中、データを再整理していく。
第二世代型英雄。通常、英雄と呼ばれる高度なAIは、地球に存在する星歴光帯記録域を観測し、偉人達の個人データを流用して製造する。
第二世代型は、その製造方法に一手間を加える。即ち、複数の個人データをパズルのように組み合わせるのだ。
記憶や人格、更には経験値を。それを以て造られたのが、本来なら幻想に生きる英雄達。伝説、伝承のみにその名を刻んだ空想のキャラクター達というわけだ。
アルも第二世代型のことはあまり知らないが、帝耀騎聖連盟ルミニオンの聖十二騎士や、ログレス統治機構圏の円卓の騎士達はほぼ全員が第二世代型であると聞いたことはあった。
『シィッ!!』
『ぐぁっ!?』
第二世代型が持つ最大の特徴──それは圧倒的な戦闘経験と、それに裏打ちされた技量の極み。それは瞬く間にアルの防御を削り取っていく。
ルキウスの振るう両手剣が、アルの盾を強引に弾き飛ばした。体勢を整え、盾を構える隙をルキウスは与えない。
『オオオオオォォォォォォッ!!!』
大上段からの振り下ろし、その一撃はアルの英雄機を粉砕するのに十分な威力を有していた。だがそれは、外部からの干渉を受けて妨げられる。
『ぬ、うおぉっ!?』
『はぁぁぁ!!!』
第二三四機動艦隊によるピンポイント砲撃。電磁砲の掃射を受け、ルキウスはその機体を悶えさせる。
その隙を使い、アルは味方からの支援を掻い潜り剣を振るう。予想以上にルキウスが駆る英雄機は頑強で、装甲にいくつかの傷を与えるだけだったが、後方へ退かせることには成功した。
『ぬぅ……いや、これは己のミスだな。決闘と思い込んでいたが、これは戦争だったな』
電磁砲の掃射を受けて尚、損傷は軽微。一体どれだけ頑丈なんだ……、とアルは内心文句を言う。
『であれば、こちらも無法を貫くとしよう』
ルキウスの英雄機が、翼を大きく広げる。その姿は、まるで天より舞い降りた天使を思わせるが、アルが持つセンサーは警鐘を鳴らす。
『これは、イオン粒子……? っ、まさかっ!?』
翼から放出された無数のイオン粒子が、アルは無論後方に控える第二三四機動艦隊を覆い尽くしていく。
アルが後方へ警告を発するその直前、ルキウスは叫ぶ。
『天にして至高なる神──ユピテルよ』
『この身、帝冠にしてその代行者』
『我が声に応えよ、天の業火を以て審き給え』
『虚無に撒かれしは、天の息吹──』
『雷よ目覚めよ、我が翼を這い、悪しき者を焼け』
それは正しく宣誓だった。天地の全てを統べる蒼空の王者、銀河すら焼き尽くす破滅の雷霆振るう絶対神。我はその代行者である、と。
『《天帝の雷霆閃撃》』
その瞬間、宇宙に雷撃が迸る。
『づ、ぁぁあああああ!?!?!?』
装甲表面を焼き付くし、内部構造を破壊していく破滅の雷撃はアルの経験にない衝撃を与えていく。
「くっ、ダメージコントロール!!」
「駄目です、敵英雄機の雷撃でシステムシャットダウン!! システム再起動まで時間がかかります!」
「まさか宇宙空間で雷撃とは……ッ」
同時に、ヴェリタス内部でも《天帝の雷霆閃撃のダメージは凄まじかった。
宇宙用の艦艇に備え付けられた帯電対策を暴力的な手法で貫いた先の一撃は、瞬く間に艦の機能を奪っていく。
特にまずいのは、恒星機関との繋がりがシャットダウンしたことだ。これではエネルギー供給に支障をきたす。
荷電粒子砲も、転調型偏極フィールドも使えなくなった第二三四機動艦隊は、事実上攻防の要を奪われたようなものだった。
『くっ!』
その光景をアルは歯噛みをしながら見守るしかなかった。
とはいえ雷撃程度なら、宇宙を突き進む宇宙艦の頑強な装甲を突破することは出来ない筈。
皆の無事を信じ、アルは英雄機を再びルキウスに向け、突撃を開始する。
『ほう、勇壮だな少年。我が《天帝の雷霆閃撃のお味は如何だったかな?』
『チィッ』
幾度となく繰り返した再度の鍔迫り合い。片手剣と両手剣という違いはあるものの、動と静の推力の差により辛うじて拮抗している状況だ。
数秒毎に強まる剣圧、英雄機の膂力と推力の差が如実に現れていく。
けた外れの強さを持つ眼前の英雄機──ルキウス・ティベリウスにアルは力を受け流すと同時に、距離を取る。
無論、細心の注意を払って追撃が出来ぬように行ったそれは武術の脱力にも等しい技法を偶然にも再現したものだ。
『ふむ、今のは何だ? 素晴らしい技術だな、己にも使えるか……? いや、使ってみせ──』
『アル。アル・ネムホワイトです』
『──む?』
アルの技術に舌を巻くルキウスだったが、アルの不意の言葉に一瞬戸惑う。
『先程、貴方が言っていたことです。互いに名乗れば、決闘とやらになるのでしょう』
『…………く、くっははは!! なるほど、そうか決闘か!!』
アルの言葉、その真意にルキウスは即座に気付く。
決闘、そう決闘なのだ。決闘に外部からの干渉は御法度であり、同時に外部への干渉もまた御法度。
目の前の敵を無視し、別の者に殺意を向けるのは不義理の極みだ。そのことを知るルキウスは、だからこそ呵呵大笑する。
『優しいのだな、少年』
『どうでしょう、自覚はありませんが』
そうして、二機の英雄機は相対する。今度は、決闘として。
『改めて名乗らせてもらおう。我はローマ皇帝、ルキウス・ティベリウス』
『第二三四機動艦隊所属英雄、アル・ネムホワイト』
互いの名を宣誓し、剣を掲げる。満天の星の煌めきが、両者の剣を彩っていく。
『『いざ尋常に──勝負ッ!!!!』』
そうして、銀河を彩る無双の剣戟が再始動する。
二人の英雄の咆哮が轟いた次の瞬間、蒼いスラスターの残光が大質量を伴って激突する。
『ハァァッ!!』
『甘いッ』
鍔迫り合う剣と剣、その合間を縫うかのようにアルは手に持つバスティオン・エッジでルキウスの頭部の破壊を試みる。
だがそれは歴戦の強者であるルキウスにはお見通し。最小限の動きで頭部を動かし回避、同時に左脚部で蹴りを叩き込む。
その衝撃は、仮に英雄機内部に人間が居れば即死する程の威力であった。だが、アルには関係ない。
機体各部に備え付けられた姿勢制御バーニアを駆使し、蹴られ横向きとなった英雄機を瞬時に安定させる。
そしてそのままの体勢で放つ横の薙ぎ払い──ルキウスから見れば、上段からの振り下ろし。アルも内心では会心の一撃と思ったそれは、だがルキウスは易々と受け止める。
『ぬぅっ!?』
──だがアルはそこでは止まらない。一撃でダメなら何度でも、そう言わんばかりに姿勢制御バーニアを巧みに操り機体が旋回を始めた。
回転軸を中心に、アルそのものが風車のように回転する。加速、さらに加速。遠心力が刃に破壊的な質量を与えていく。
一撃。二撃。三撃。──そのすべてが同じ箇所、ルキウスの剣に集中する。
『──そう来なくては、なぁッッッッ!!!』
『ぐぅっ!?』
だが四撃目が振り下ろされるその刹那。ルキウスは攻勢に打って出た。アルの回転に合わせて、防御に用いていた剣へ衝掌を撃ち込んだのだ。
結果、アルはルキウスのカウンターをモロに喰らってしまう。とてつもなく重い一撃を受け、アルは吹き飛んでしまう。
『くっ、はやく立て直さないと……っ、!?』
その隙は、英雄の前では余りにも長すぎた。体勢を立て直したアルだったが、彼の視界に入ったのは既に大剣を振り下ろしているルキウスの姿。
反射──機械にその言葉が正しいかどうかは分からないが、理性の欠片もない咄嗟の防御が辛うじてアルの命脈を留まらせる。
だがそれは下り坂を転げ落ちていくようなものだった。英雄の一撃が、一撃で終わる筈が無い。
都合八回の連撃が、アルの機体を撃ち据える。防御に用いた盾も、その表面に大きな傷が刻まれており、あと数回持ちこたえられるかどうかといった損傷を受けている。
だがまだ戦える。剣を握る機構は健在で、それを振るうシステムは未だ稼働中。ならば問題なしと、ルキウスが放った続く九回目の斬撃を盾で弾く。
先程ルキウスが見せた技巧、それを見様見真似で再現したものだ。無論、先のものとは比較にすらならないそれは、だがルキウスの体勢を瞬間的に崩すことに繋がる。
『ほお、見事なものだ。よもや己の業を模倣するとはな』
『中々、有用そうに見えたので……っ』
互いに距離を取り、息を整える二機の英雄機。唸る機体内の恒星機関が、失ったエネルギーを補充していく。
それはつまり、互いの必殺を解き放つことを意味していた。
『そろそろ決着を着けましょうか』
『確かに、君との戦いは楽しめたが──仕舞いの時だ』
アルは盾を手放し、剣を両手で握る。機体を捻ったその姿はまるで居合いの構えを彷彿とさせる。
対するルキウスはアルとは対照的に、大剣を大上段に構えていた。
互いに必殺、故に全霊。電子頭脳がショートしかねない程に極まった集中力が、刹那の静寂を生み──弾けた。
『灼けて滅せ!! アルドワ・シュメルツァーッ!!!』
『灰塵に帰せ!! 至天雷轟・浪漫一閃ッ!!!』
スラスターが火を噴き、柄頭から解き放たれた灼熱の烈波を伴い蒼の流星と化したアル。
背部の翼状ユニットから放たれるイオン粒子を一点に収束させ、紫電の奔流を放つルキウス。
互いに機体を粉砕するのに十分な威力を誇るそれは激突しそして──
『──見事だ、少年』
蒼と紫が交差するその刹那、まるで時が止まったかのような静寂が訪れる。だがそれは、灼熱の奔流が雷霆を圧し潰し呑み込むまでの一瞬の間であった。
一切の拮抗も許さず、アルの灼熱がルキウスの紫電を焼き尽くしたのだ。
そうして、溶断されたルキウスの英雄機が爆砕し、無音の爆発を轟かせる。
残されたのは、蒼く燃え立つ勝者の姿だけだった。




