第10話 廃棄されたのは一体?
漆黒の空間をゆっくりと進む塊がある。
四つの巨大な区画が、一つに組み合ったそれを良く見ると、四隻の艦艇が合体しているのだと分かる。
その正体は、第二三四機動艦隊に所属する艦──ヴェリタス、イグニス、オータムヌス、ヒエムスの非戦闘時省燃航行形態だ。
四隻の宇宙戦艦を連結することで、消費するエネルギーを抑えつつ索敵網を潜り抜けることを容易とする、地球連合の艦艇に備えられた機能だ。
そんな巨大構造体の内、ヴェリタス内部にあるブリーフィング・ルームで各艦の艦長達が一堂に会していた。
「では、今回アリアントン天体基地より発せられた任務についての概要を説明します」
ブリーフィング・ルームに備え付けられた巨大な立体モニターを操作するのは、第二三四機動艦隊指揮官のシャルロット・ホワイトだ。
リズミカルにコンソールを操作すると、立体モニターに映像が映し出される。
「数日前、新生ローマ帝国の艦艇数隻が、地球連合支配勢力圏に向け巨大な艦を投入した、と複数のカナリアから連絡がありました」
「それが、これってことか……かなりでけぇな」
シャルロットの報告と共に映像を見たイグニス艦長、ズィガル・ボラバランダは自身の禿頭を撫でながら唸る。
映像そのものは、新生ローマ帝国に潜むカナリアが撮ったのだろう、画質はかなり粗いがその大きさは目を見張るものがあった。
「上層部は、この艦を何と推測しているので?」
そんな疑問を投げ掛けたのは、オータムヌス艦長のアズボルト・シャーウッドだ。
シャルロットへ眼鏡越しに向けられた視線は、まるで鋭利な刃物を思わせるものだったが、シャルロットは微塵も怯まない。
「推測で、という枕詞はあるものの……上は新生ローマ帝国の《マザーベース》と践んでいるわ」
「うーん、でも仮にそれが本当なら……、何でローマは《マザーベース》を捨てたのかなぁ?」
新たな疑問を投げ掛けたのは、ヒエムス艦長のラナ・ラナンキュラスだ。
地球連合でも珍しい地球以外の惑星出身者である彼女。その巨体を特注の椅子にすっぽりと納めながらうんうんと唸っていた。
「廃棄された理由は不明、《マザーベース》内にいる英雄も不明。その為の調査が今回の任務ってことね」
「とはいえ、これはある意味チャンスと言えるでしょう。どこの勢力にも属していない英雄は、我々にとっては余りにも貴重だ」
「確かになぁ、てことは今回の任務は勧誘も含まれてるってこった」
地球連合の保有戦力は、銀河内でも屈指のものだ。だが同時に、他を圧倒できる程の戦力は持っていない。
新生ローマ帝国、帝耀騎聖連盟ルミニオン、そしてログレス統治機構圏。歴史上屈指の英雄達が率いる組織の後塵を拝しているのが、地球連合の現状だ。
そんな中で、一人でも多くの英雄を確保できれば、多少なりとも戦力比はマシになる。
「でもぉ……誰彼構わずに襲いかかる英雄だったら……!!」
「ま、その時は……頑張るしか無いわよねぇ。そもそも、廃棄も本当かどうか怪しいくらいだもの」
ラナの怯えた声がブリーフィング・ルームに響く中、シャルロットはやれやれと返すしかなかった。
英雄と真正面からやり合え。そんな命令を部下達に出すことの無いように祈るしか、シャルロットには出来なかった。
『艦長、目標を光学カメラで確認。ソナー圏内に入りました』
そして、遂にその時が来た。副官であるジムの報告を受け、各艦の艦長達は各々の座乗艦に戻り、そして連結の解除命令を下す。
非戦闘時省燃航行形態から、戦闘布陣巡航形態へ移行した第二三四機動艦隊は、迫り来る新生ローマ帝国の《マザーベース》へ、細心の注意を払って接近していくのだった。
そんな中で、ヴェリタスの格納庫は多くの人員が慌ただしく動いていた。
特に忙しないのは、ステラ・ワイバーン隊の面々だ。状況によっては、英雄とやり合うことになる。その為の準備の念の入り用は凄まじいものがある。
「今回の任務、《マザーベース》の調査か……」
そんな喧騒のなか、アル・ネムホワイトは自分のもう一つの身体である英雄機の前でプカプカと浮かんでいた。
そんな彼の脳裏には、一つの疑問が渦巻いていた。
『灼けて滅せ!! アルドワ・シュメルツァー!!!』
ハイドラを一撃のもとに滅却したこの兵装、その正体に関する疑問だ。
「アルドワ……アルドワ……。シュメルツァーは、確かドイツ語だよな」
記憶にない記憶、そこから現れた自身も知らない武装。
あの時にシャルロット達から問い質されなかったのは不幸中の幸いだった。何せアル自身が何も分かっていないのだから。
誰に相談すべきか……。その悩みはまだ解消出来そうにない。脳裏にこびりついた過去の疑問を振り払うかのように、アルは頭を振って格納庫を離れてとある部屋に向かう。
そこには新しく設置された、生体ヒューマノイド躯体を保管するための簡易なベッドがあった。そこで寝かせ、意識を英雄機に移すのだ。
いそいそとベッドに潜り込み、意識を英雄機に移していく。
さあ、仕事の時間だ。
『アル・ネムホワイト、出撃します』
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第二三四機動艦隊の布陣は、艦隊の目と耳の役割を持つ巡洋艦オータムヌスとヒエムスを先陣とし、その後方に戦艦イグニスと空母ヴェリタスという並びだ。
Y字を思わせる陣形を保ったまま、前方にある《マザーベース》への調査任務を開始していた。
『さて、と』
光学探査や電磁波照射を用いたデータ観測が進むなか、アルに与えられた任務は近距離観測だった。
戦闘機では困難な近距離調査も、人型のロボットなら容易く行える。そうしてアルは間近に迫った《マザーベース》を見回していく。
船体は深紅と帝紫、そして金の装飾が施されており、この艦の持ち主がローマ帝国でも高位の立場にいることが見て取れた。
『やはり皇帝の……?』
アルもローマ帝国を初めとした、ヨーロッパ圏における紫の意味はよく知っている。
王者の色として、ある種の信仰を集めた色で塗装された船体にアルは英雄機を触れさせる。
『何者か』
『っ!?』
次の瞬間、アルに通信が入る。それは第二三四機動艦隊からではなく、目の前の《マザーベース》から送られたものだった。
年若い、だが勇壮さを思わせる青年の声がアルの電子頭脳に響き渡る。
通信を遮断すべきか、その一瞬の迷いはアルの次の行動を阻害するのに十分だった。
『ほう、己を知らんと見える。神聖不可侵たる皇帝を知らぬのは罪だが、まあ良い』
──次瞬、第二三四機動艦隊内部に敷かれていた通信量が激増するのをアルは感知した。
その内容を纏めれば至ってシンプルだった、「《マザーベース》が起動した」、だ。
そして今起きていることもシャルロット達に報告したい、しなければならない。だが、目の前のそれが許してくれない。
『賊は、誅するのみと知れ』
始動する《マザーベース》。それが意味することはたった一つだ。英雄が、起動したのだ。
その瞬間、アルは急ぎスラスターを噴かし距離を取る。逃げるわけではない、即座に対応するための距離を稼ぐためだった。
そしてその行動をしたのは、正解と言えた。
《マザーベース》の上面部が開き、同時に英雄機が競り上がってくる。
《マザーベース》と同じく、金色で縁取られた帝紫の装甲を持つ英雄機は、双眼カメラを赤色に煌めかせていた。
だが、何よりも目を引くのは背部に備え付けられた巨大な翼だ。まるで大鷲を思わせるそれは、生物的な美を体現していた。
『ふむ、貴様か、己に触れていたのは。名乗ることを許すぞ少年』
帝紫の英雄機は頭部を動かし、アルを視界に入れる。ただそれだけで、アルの電子回路の反応が鈍くなるという異常事態が起きる。
|(圧が凄まじい……っ! 何なんだ、この英雄は……っ)
気迫、威圧。総じて覇気。目の前の英雄が放つ精神の重力が凄まじいのだ。
歴史に名を残した英雄のなかでも、最上位に君臨する大英雄達の覇気は、AIでありながら機械にまで影響を及ぼすとアルは聞いたことがあったが、まさかここまでとは思っても見なかった。
『名乗りとは、天地の狭間、暗黒の宇宙で尚我はここに在りと謳い叫ぶこと。そして、お前を殺す者の名を。お前が殺す者の名を。その魂に刻むことだ』
アルは答えたくても答えられない、威圧に圧し負けている現状を知らぬと言わんばかりに、目の前の英雄機は言葉を続ける。
『名乗るが良い、少年。戦の礼儀を教えてやろう』
そして、同時に剣を抜き放ち、翼を広げる謎の英雄機。その姿は天より舞い降りた神を思わせる程に神々しかった。
『っ、ぁ……名乗るなら、先ずは自分からでしょうっ』
『ふはは! 確かに、それはその通りだ少年。ならば名乗らせて貰おう!!』
互いに咆哮した次の瞬間、二機の英雄機はスラスターを全開にして互いに向けて突撃を開始する。
蒼の軌跡を描きながら、突き進む流星はその数秒後に激突する。己の名を叫びながら。
『恐れよ、跪け!! 天意は我に覇を与えた──大神ユピテルよ、いまこそ我が偉業を讃えよ!!』
『このルキウス・ティベリウスのなァ!!!!』




