第1話 アル・ネムホワイトはAIである
『接近する熱源反応捕捉。熱紋照合……新生ローマ帝国、第一七機動艦隊コンモドゥスの一部と断定。各員迎撃行動を開始せよ』
その通信を聞いて地球連合軍第二三四機動艦隊所属のアル・ネムホワイト軍曹“待遇”は速やかに命令を実行する。
エンジンに火を入れ、機体を待機状態から戦闘状態に切り替える。
敵機接近の報が入り、艦内の通信が無線から有線に切り替わるのをネムは確認する。無線による通信量の増大はこちらの位置を敵軍に知らせるようなものだ。
そして、まだ繋がれた有線を用いてアルに通信が入る。相手はこの艦の艦長、シャルロット・ホワイトである。
『アル、準備は良いかしら。今接近中のコンモドゥスは計十二機、一個中隊を形成しながらこちらに向かってるわ』
通信内容は敵勢力の情報に関するものだった。本来なら、それは艦内オペレーターが伝えるものだったが、アルはある意味特別だった。
「了解、他の隊は?」
『即応態勢にいたギルバート小隊が既に出撃、交戦を開始してるわ。貴方もすぐに出て迎撃に回って』
シャルロットから説明された状況を速やかに把握し、作戦プランを組み立てるアル。だがそれを遮るかのように振動が艦内に響く。
「了解、シャルロット艦長。すぐに出撃を」
ギルバート小隊が抜かれたのか、断続的に続く爆発音。現状、アルのオペレーターの役目はシャルロットに委譲されている。出撃許可を求めるアルだったが……。
『お姉ちゃん』
「なんて?」
今の状況には場違いな要請と、気の抜けたアルの返答が二人の間に流れる。ああ、これは不味い。
「……シャルロットお姉ちゃん、出撃します」
『よろしい、行ってらっしゃい。気を付けるのよ、アル』
ここで反論反抗しても長引くだけ、そう判断したアルは速やかに“お姉ちゃん”呼びに応じる。ぜんこく
確かに、アル・ネムホワイトは生まれてからまだ数年しか経過していない。血は繋がっていないが、ある意味姉弟と言われても仕方ない。
だからといって今のような非常時に姉弟がどうのを言い出すのは間違ってるだろうと口ごもる。
|(後で叱ろう)
そう心に決めたアルはようやく本来のオペレーターとの通信回線が開いたのを確認し、改めて出撃許可を貰う。
『エアロック封鎖開始、作業要員は退避してください』
『リニアボルテージ上昇を確認、射出準備完了』
『アル・ネムホワイト、前進を開始してください』
艦内に響く通信を聞き、アル・ネムホワイトは全高十五メートルに到達する、鋼の身体を動かしていく。
『両脚部、カタパルト固定を確認』
『進路クリア、オールグリーン!射出タイミングを、アル・ネムホワイトに譲渡します』
そう、アル・ネムホワイトは人間ではない。人が生み出した科学技術の結晶、自律制人工知能である。
今の彼にあるのは、全高十五メートルにもなる鋼の機体と零と一からなる電子信号の集合構造体のみ。
だが、それを気にする者はこの艦と部隊には存在しない。彼もまた、歴とした一人の人間として戦いに赴くのだった。
「アル・ネムホワイト、出撃する!!」
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僅かな星の光が輝く宇宙空間、そこに一条の光束が迸る。だがそれでは終わらない。
続けて二、三、四──光束の数は増え続け、遂には宙域を瞬かせる百花繚乱と化していた。
その正体は、地球連合軍宇宙艦隊と新生ローマ帝国艦隊が所有する荷電粒子砲だった。互いに必殺の一射を放ちながら距離を保ち、移動し、勝利を得るために動き続けていた。
そんな中、双方から放たれる荷電粒子砲の雨を潜り抜けながら接近する影が居た。
片方は、地上においては既に旧式と蔑まれる戦闘機に良く似た機体達、計六機。地球連合軍の宇宙戦闘機、愛称はステラワイバーンだ。
複数の推力偏向ノズルを備え縦横無尽な機動力を持つステラワイバーンは、強固な二機態勢を組みながら進んでいく。
もう片方は、モスグリーン色をした無骨な人型機動兵器。爛々と紅く輝く単独眼を左右に動かし、背中のスラスターを噴かしながら突き進んでいく。
肩の装甲に刻まれた獅子の紋様を遠距離光学カメラで確認した地球連合軍の宇宙戦闘機乗り達は舌打ちする。
『チッ、ツイてねえ。よりによってコンモドゥスかよ』
『あの剣帝がここまで出張るなんてあり得ねえだろ、大方はぐれの船だ』
獅子紋様の機体と呼ばれた機体群は、既に宇宙戦闘機の射程圏に捉えられていた。それは逆説、彼等もまたコンモドゥスの射程距離に収まっていることを意味している。
その上で軽口を叩く彼等は、戦いに慣れすぎている。そう判断した宇宙戦闘機隊の隊長、ギルバート・クレイスは通信で檄を飛ばす。
「軽口を叩くな! マーク、アンドリュー、貴様ら死にたいのか? 各機ツーマンセルを維持しつつ散開、奴らのケツを超電磁砲でぶち抜けッ!!」
『『『了解』』』
ギルバートの命令が下された直後、彼等の中に流れていた空気の緩みは一瞬にして引き締まる。
四方に散開した彼等は、まるで追い込み猟の如き包囲網を形成していく。だが、それをコンモドゥスが黙って見過ごす筈がない。
散らばったステラワイバーンに向け、コンモドゥスが放ったのは小型の荷電粒子砲。それらが光の濁流として襲い掛かるのをアンドリューは苦々しく叫ぶ。
『チクショウ、こいつらもう小型ビーム兵器を実用化してやがる!!』
地球連合軍では、未だ荷電粒子砲は宇宙艦艇にしか搭載出来ていない。小型化の目処も、供給する為の電力源も確立出来ていない為だ。
それを新生ローマ帝国は易々と実用化しているのだ。地球連合軍の技術屋は何をしているんだと嘆きたくなるのも仕方ないだろう。
「ふん、当たらなければどうということはない!」
そんな悲壮な空気を、ギルバートはその叫びで一変させる。荷電粒子砲の閃きを直撃ギリギリで回避しながら、逆に超電磁砲で反撃していく。
放たれた弾丸は厚い装甲や盾で防がれるものの、僅かだが損傷を与えることに成功する。
『ギルバート隊長に続けッ』
『応ッ』
続けてギルバートの部下達も反撃に転じていく。綿密な連携の下放たれる超電磁砲の一斉射は、コンモドゥスの一機を瞬く間にスクラップへと変えていく。
だが同時に、コンモドゥスもまたステラワイバーンの群れにその驚異を叩き込んでいく。
荷電粒子砲に加え、バズーカ、ショットガン、挙げ句の果てにはミサイルまで使用しだす。直撃どころか、機体にかすっただけで致命傷になるほどの火器のオンパレードだ。
必死に操縦桿を動かし、回避に専念していくギルバート隊。それは敵機への攻撃の手が減少することを意味していた。
『CPよりギルバート隊、後百二十秒でアダム隊、及びジュリア隊の出撃準備が完了する。それまで持ちこたえられたし』
そんな中、通信で増援がもう少しで来ると報告が与えられる。それを聞いたギルバートは部下にも聞こえるように叫ぶ。
「ハッ、そいつはありがたい。カップヌードルが出来るより速く味方が来るらしい!」
『流石は我らが地球連合軍サマ! なる早で頼みますよォ!!』
そう、彼らは分かっている。宇宙戦闘機と、相手の人型機動兵器には如何し難い絶望的な性能差があることを。
現に、最初に数を減らしたのはギルバート隊側なのに、劣勢になっているのもまたギルバート隊側だ。
『それと、我らが弟君が出撃した。そこまで悲観することはない、とも告げておこう』
だが続けられた言葉は先の暗い雰囲気を一気に掻き消し去るものだった。そしてそれは、速やかに実現されることとなる。
三機のコンモドゥスが、瞬く間に撃破されたのだ。それが放たれた大型超電磁砲による狙撃によるものであり、それを為した者をギルバートは、そしてその部下達もよく知っている。
『遅れて申し訳ありません、ギルバート隊長。これよりアル・ネムホワイト、戦闘行動を開始します!』
通信機から響く少年の声、そして彼らよりなお速いスピードで迫り来る灰色の騎士を、ギルバート隊は歓喜の声で迎え入れるのだった。
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「全員無事か、良かった」
急行したアルは瞬く間に残された八機のコンモドゥスを、ギルバート隊との連携を駆使して撃破する。
その際に味方が撃墜されなかったことに彼は安堵していた。
アル・ネムホワイトは人工知能である。だが、その前にとてつもなく高度な、という美辞麗句が相応しい程に高性能であった。
現にギルバート隊の歓声に安堵を抱いている、感情を持っているのがその証左だった。
そして同時に、優れた戦闘機械でもある。
「センサーに感、まだ来るか!」
自身の身体である鋼の巨人、その頭部に搭載されたセンサーが再度迫るコンモドゥスの一群を捉えた。
「ギルバート隊長、コンモドゥスがまた接近しています。それは僕が抑えるので、貴方達はマザーシップを!」
『了解した! くれぐれも撃墜るなよ弟君!』
「何で貴方達は僕を弟扱いしてくるんですか!!」
アルの抗議も意に介さず、ギルバート隊は戦域を移していく。それに続き、アルもまた機体を動かす。
「ネムホワイトよりCP、現在ギルバート隊が敵マザーシップに攻撃を加えます。アダム隊、ジュリア隊もそちらに。それと砲撃支援も」
『了解、いつも済まんな』
狙いはコンモドゥスの一群、だが彼らもむざむざマザーシップをやらせはしまい。必ず迎撃を起こす。
それを叩き潰すのが、アルにとって現状の最優先の任務となる。背面に位置するスラスターを全開にし、ギルバート隊を追い抜くと同時にコンモドゥス、その先頭に居た機体に躍りかかる。
「はぁぁぁ!!!」
アルが抜き放つのは、機体腰部にマウントされていた片手剣。それがコンモドゥスの持つ頑強な装甲を一撃で破砕していく。
「ひとぉつ!」
中枢機能に著しい損傷を受け沈黙するコンモドゥスを蹴り飛ばし、続け二撃目と三撃目を叩き込んでいく。
自分の方がより脅威だと思わせろ、早急な対処をすべきと認定させろ。アルの背後を行き、マザーシップの撃沈を目指すギルバート隊から目を逸らさせろ!
ただそれを目的として、アルは機体を動かし暴れ続ける。剣に加え、大型超電磁砲をも軽々と振り回し、超近距離射撃を喰らわせていく。
「っ!?」
アルの無双は、僅かな油断を生み出す。それを見逃す程、コンモドゥスという存在は甘くない。
複数の同一存在を囮にして、本命をアルの背後から襲わせたのだ。それは他の個体とは異なり、単独眼が輝く頭部には獅子のたてがみをイメージした装飾が施されていた。
「リーダー機か!」
巨大な──全高十五メートルの巨人が持つに相応しい両手斧が大上段で振り下ろされるのを、辛うじての回避にアルは成功する。
だがそれも無傷では済まなかった。破断される大型超電磁砲を即座に投げ捨てると同時に、脚部スラスターを噴かし距離を取る。
一瞬、二機の間に静寂が包み込む。宇宙空間という音の響かない空間では当然かもしれない、だがそこにあったのは正しく──歴戦の戦士の醸すそれだった。
ドォン──。振動としては届かないが、コンモドゥスのマザーシップで起きた爆発が起きたのを二機は把握すると同時、開戦の号砲として即座に動き出す。
互いにスラスターを全開にしての突撃は、正に重装騎兵のそれ。そしてそんな超加速する二機が激突するのに、一秒もかからなかった。
片手剣と両手斧の激突は一瞬だった。だが互いの一撃では、その躯体を破砕するには至らなかった。僅かに装甲が欠け、ひび割れる程度。だから次撃を加えるべく、互いが八の字を描くように旋回し、そして幾度となく突撃を繰り返していく。
|(狙うは、そこっ!!)
都合八回目の激突、しかしそれは結果的に最後の一撃となった。コンモドゥスが放った左側からの斧の薙ぎ払い、それをコンモドゥスの頭上を越える形で回避したアルは、手にしている片手剣の隠された機能を発動する。
次瞬、剣の柄頭から吹き出る灼熱の奔流。剣内部に充填されていた混合燃料を使った武装──バーナーブレイドだ。
超高温の刃は瞬く間にコンモドゥスの頭部と背面を溶断し、その機能を完全に消失させたのだった。
「これでおしまい、か」
コンモドゥスとの戦闘も終え、通信機からはマザーシップ撃沈の報告も入ったのを確認して、アルは一息入れる。
「僕も人工知能なのに、変な感じだな」
人工知能のアルに人間のような機能は殆どない。あるとすれば、人に近い鋼の巨人としての身体のみだ。でも、そんな自分を“弟”として迎え入れてくれる仲間がいる。
「帰ろうか」
そのことへの喜びを抱き、アルはスラスターを噴かし母艦へ帰るのだった。




