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姉はVtuber  作者: からし
9/23

第九話 消える声

最初に沈黙したのは、業界の人間だった。


姉が亡くなる少し前、

「告発記事を書くつもりだった」と噂されていたライター。

週刊誌の片隅で名前を見る程度の人物だ。


その人が、突然、記事を下げた。

予告も、説明もなく。


代わりに出たのは、

《取材内容に不備があったため、掲載を見送ります》

という短い声明だけだった。


——不備。


その言葉が、引っかかった。


事務所では、誰もその話題に触れなかった。

まるで、最初から存在しなかったかのように。


私は、親友に連絡した。


「知ってる?」


返事は、すぐには来なかった。


《……あの人、連絡取れなくなってる》

《SNSも、全部消えてる》


消えている。

最近、その言葉をよく聞く。


同じ日の夜、後輩から電話があった。

珍しく、声が震えていた。


「先輩……私、やっぱり言えないです」


「何を?」


「……あの日のこと」


沈黙が、長く続いた。


「誰かに、言わない方がいいって言われたの?」


問いかけると、

電話の向こうで、息を呑む音がした。


「……ごめんなさい」


それだけ言って、通話は切れた。


翌日、後輩は事務所を休んだ。

体調不良。

よくある理由。


その翌週、

「しばらく活動を控える」という発表が出た。


理由は、

“心身のケア”。


誰も、深く追及しなかった。


同期も、変わった。

以前より慎重に言葉を選ぶ。

雑談の中で、姉の名前を避ける。


「……ごめん」


ある時、ぽつりと謝られた。


「何が?」


「何でもない」


——何でもない、はずがない。


警察からの連絡は、完全に途絶えていた。

記事も、止まった。

騒ぎは、落ち着いた。


代わりに、

“感動の継承ストーリー”だけが、

きれいに残った。


配信のコメント欄は、

もう、疑問を投げかけなくなっていた。


《これからも応援するね》

《ずっと続いてほしい》

《姉妹の絆、忘れない》


続いてほしい。

それは、祈りの言葉だった。


でも、その祈りは、

誰かの沈黙の上に成り立っている。


ある夜、

親友から、短いメッセージが届いた。


《……私、見た》


《姉の家の前》

《あの日》


すぐに電話をかけた。

出ない。


何度かけても、繋がらない。


嫌な予感が、背中を這い上がる。


翌日、親友は姿を見せなかった。

連絡も、取れない。


代わりに、事務所から連絡が来る。


《心配いりません》

《少し距離を置きたいそうです》


誰が、そう言ったのか。

本人が?

それとも——。


私は、USBメモリを取り出した。

何度も聞いた、姉の声。


あの途切れた部分。

あの男の声。


もう一度、よく聞いてみる。


音量を上げ、

雑音を拾い、

繰り返す。


そして、気づいた。


声そのものじゃない。

間だ。


姉が言葉を止める、その一瞬。

相手が、割り込むタイミング。


それは、

命令する人間の“間”だった。


お願いじゃない。

脅しでもない。


——決定事項を告げる声。


私は、静かに再生を止めた。


その夜、配信があった。


台本の最後に、

見慣れない一文が追加されていた。


【今後も、この場所を守っていきます】


守る。

何を?

誰から?


カメラの向こうで、

社長がこちらを見ていた。


いつものように、穏やかに。


「こんばんは」


私は、笑顔を作った。


でも、心の中では、

はっきりと分かっていた。


この物語は、

語ろうとした人間から、消えていく。


次は、

誰の番だろう。


配信終了の音が、

やけに大きく響いた。

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