第八話 語られる物語
最初に出たのは、小さな記事だった。
ゴシップサイトの片隅。
確定的なことは何も書かれていない。
——人気Vtuber、家族の事情で活動休止していた可能性。
——支えたのは、妹の存在。
事務所は、否定もしなかった。
肯定もしなかった。
「今は、様子を見ましょう」
社長はそう言った。
まるで、天気の話でもするみたいに。
数日後、二本目の記事が出た。
今度は、少し大きな媒体だった。
——突然の危機。
——家族が守った“居場所”。
——妹が引き継いだ、姉の想い。
私の名前は、まだ出ていない。
でも、“妹”という役割だけが、くっきりと輪郭を持ち始めていた。
コメント欄は、祝福で溢れていた。
《泣いた》
《こんな形でも続けてくれてありがとう》
《姉妹愛が尊い》
尊い。
そう言われるたびに、
胸の奥で何かが削れていく。
親から連絡が来た。
「取材、来るかもしれないって」
声は、どこか弾んでいた。
悪い知らせじゃない、と言いたげに。
「大丈夫なの?」
「無理してない?」
私は、無意識に答えていた。
「大丈夫」
姉がよく使っていた言葉だ。
事務所では、特設企画の準備が進んでいた。
「姉の歩みを振り返る配信」
「家族としての想いを語る回」
台本を見て、手が止まった。
【妹より一言】
そこには、感動的な文章が用意されていた。
姉への感謝。
引き継ぐ決意。
これからも見守ってほしい、というお願い。
——私が書いた言葉じゃない。
「これは……」
「叩き台です」
マネージャーは、何でもないように言った。
「言い回し、直してもいいですよ」
「でも、大筋はこのままで」
大筋。
感情まで、用意されている。
その日の配信で、私はその文章を読んだ。
少しだけ、言葉を変えて。
コメント欄は、涙の絵文字で埋まった。
《本当に強い》
《姉もきっと喜んでる》
《これからも応援する》
“姉もきっと”。
その言葉が、
一番残酷だった。
配信後、親友からメッセージが来た。
《……進みすぎてない?》
《もう、戻れなくなってる》
戻る場所。
それが、どこだったのか分からなくなっていた。
同期は、距離を置き始めていた。
後輩は、必要以上に敬語を使うようになった。
先輩は、「いい判断だった」と言った。
誰も、
「本当はどうなの?」
とは聞かなくなった。
真実は、重たい。
物語は、軽くて、扱いやすい。
警察からの連絡は、来なくなった。
記事が出たことで、“事故”の線が強まったらしい。
「よかったですね」
マネージャーはそう言った。
何が、よかったのだろう。
夜、鏡の前に立つ。
ライトの当たり方を確認する。
笑顔を作る。
違和感は、もうほとんどなかった。
——私は、妹なのか。
——それとも、“引き継いだ存在”なのか。
机の引き出しには、USBメモリがある。
鍵も、かかっている。
でも、その鍵の場所を、
事務所は知っている気がした。
スマートフォンが鳴る。
社長からだった。
《反響、想像以上です》
《次は、もう一段階いきましょう》
もう一段階。
それが、
何を意味しているのか
聞かなくても分かってしまった自分が、
一番怖かった。
私は、画面を伏せた。
そして、明日の配信の準備を始めた。
物語は、
止まらない。




