第七話 外の目
警察が来たのは、突然だった。
事務所ではなく、私の家に。
インターホン越しに名乗られた瞬間、心臓が一拍遅れた。
事故として処理されたはず。
形式的な確認だと、そう聞いていた。
「少し、お話を伺えれば」
若い刑事と、無口そうな年配の刑事。
二人とも、穏やかな態度だった。
「お姉さんの亡くなった夜、何をしていましたか」
質問は、淡々としている。
私は、事前に事務所から聞かされていた通りに答えた。
家にいたこと。
姉とは連絡を取っていなかったこと。
何も知らなかったこと。
嘘は、含まれていない。
全部話していないだけだ。
「最近、代役として活動されていますね」
年配の刑事が、ちらりと私を見た。
「大変でしょう」
その言い方が、妙に引っかかった。
同情なのか、探りなのか、分からない。
「お姉さん、最近誰かと揉めていた様子は?」
揉めていた。
思い浮かぶ顔が、いくつも浮かぶ。
事務所。
業界の人間。
ファン。
それでも、私は首を振った。
「特には……」
刑事たちは、それ以上踏み込まなかった。
メモを取り、礼を言って帰っていく。
——本当に、形式だけ?
玄関が閉まったあと、私はその場に座り込んだ。
息が、思ったより浅かった。
その夜、事務所から連絡が来る。
《警察、来た?》
《大丈夫、想定内》
想定内。
その言葉に、背筋が冷えた。
配信準備のため事務所に向かうと、空気が少し違っていた。
スタッフの動きが慌ただしい。
誰かが、誰かを避けている。
控室で、マネージャーが小声で言った。
「最近、外部から嗅ぎ回られてます」
「記事になる前に、出すものは出した方がいいかもしれません」
「……何をですか」
「姉のことです」
ついに、その言葉が出た。
「真実を、ですか」
マネージャーは、一瞬だけ黙った。
「……物語としての真実を」
配信が始まる。
今日は、姉の過a過去に少し触れる企画だった。
「実は、私——」
私は台本通りに話す。
姉がどれだけ努力していたか。
どれだけ悩んでいたか。
どれだけ、この場所を大切にしていたか。
コメント欄は、感動の言葉で埋まる。
《泣いた》
《家族っていいね》
《守ってくれてありがとう》
守っている。
誰を?
配信後、同期が楽屋に来た。
「……正直に言うね」
彼女は、周囲を確認してから言った。
「あの子、事務所と揉めてた」
「契約の話で」
「それ、前に聞いた時は……」
「詳しくは言えなかった」
「でも、“このままじゃ終われない”って」
終われない。
その言葉が、USBの音声と重なった。
さらに、後輩からも連絡が来る。
《あの日、家の前で》
《知らない車、停まってました》
「誰か、乗ってた?」
《分かりません》
《でも……事務所のロゴ、あった気が》
気がする。
確証はない。
でも、胸がざわつく。
その日の終わり、社長に呼ばれた。
二人きりの応接室。
「不安になっているようですね」
見透かしたような声。
「警察も、外野も、騒がしくなります」
「だからこそ、こちらが先に“語る”必要がある」
「……何を、ですか」
社長は、静かに微笑んだ。
「“受け継いだ妹”の話です」
「悲劇を乗り越えた、美しい物語」
その瞬間、はっきり分かった。
この人は、
姉の死を“事件”としてではなく、
“素材”として見ている。
それでも、私は言えなかった。
あなたが犯人だと。
証拠が、ないから。
応接室を出ると、
ガラスに映った自分の顔が、少し違って見えた。
笑い方。
視線。
首の傾け方。
——姉に、似てきている。
そのことが、
警察よりも、
事務所よりも、
何よりも怖かった。




