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姉はVtuber  作者: からし
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エピローグ的外伝:無名の誰かの視点 「忘れるという選択肢」

忘れる、という言葉は、いつも少し乱暴だ。

まるで、記憶を自分の都合で消せるみたいな響きがある。


でも実際は、忘れるというより、置き方が変わるだけだと、私は思っている。


あの件からしばらくの間、私は「忘れてはいけない」と思い込んでいた。

忘れたら、裏切りになる。

忘れたら、無関心になる。

忘れたら、あの人たちが本当に消えてしまう。


そう思って、私は意識的に思い出し続けた。

アーカイブを開き、

断片を読み返し、

タイムラインを遡る。


それは、祈りに近かった。

でも、祈りは長く続くと、義務になる。


義務になった記憶は、重い。

重すぎるものは、生活を圧迫する。


ある朝、仕事に向かう電車の中で、私は突然、息が詰まった。

特別なきっかけはない。

画面を見ていたわけでもない。

ただ、何もない瞬間に、記憶だけが前に出てきた。


そのとき、初めて思った。

——私は、覚え方を間違えている。


覚えることが、苦しみになっているなら、

それはもう、彼女たちが望んだ形じゃない。


彼女は、完成を拒否していた。

完成というのは、綺麗な物語だけじゃない。

「悲しみ続ける役割」も、完成形のひとつだ。


私は、悲しみ続ける役を引き受けていた。

それが誠実だと思っていた。


でも、誠実さが人を壊すなら、

それは誠実じゃない。


私は、少しずつ、距離の置き方を変えた。

思い出さない日を、意図的に作る。

話題に出さない週を、作る。

アーカイブを、閉じたままにする。


最初は、罪悪感があった。

次第に、それは薄れていった。


薄れることが、怖くなくなった。


忘却と裏切りは、違う。

裏切りは、意志だ。

忘却は、現象だ。


私は、意志で裏切ってはいない。

ただ、生活を続けている。


ある日、何気なく流れてきた音楽に、

彼女の配信で使われていた曲が混じっていた。


心臓が、少しだけ跳ねた。

でも、立ち止まらなかった。


そのまま、歩き続けた。


それでいい、と思えた。


記憶は、呼び戻すものじゃない。

向こうから来るものだ。


向こうから来た時に、拒否しない。

それだけでいい。


私は、彼女たちのことを、

毎日考えているわけじゃない。

でも、消えてもいない。


引き出しの奥に、

丁寧に畳まれて、置かれている。


誰かに見せるためでも、

いつか使うためでもない。


ただ、そこにある。


それが、今の私にできる、

一番自然な関わり方だった。


この外伝を書いている間、

私は何度も「結論」を置きたくなった。


誰が悪いのか。

何が問題だったのか。

どうすれば防げたのか。


でも、そのたびに、手を止めた。


結論は、物語を完成させる。

完成させると、

また誰かが役割を背負う。


私は、役割を増やしたくなかった。


だから、この話には、

はっきりした終わりはない。


ただ、ひとりの無名の誰かが、

こうやって、生活の中で折り合いをつけている、

というだけだ。


それは、ドラマにならない。

拡散もされない。

拍手もない。


でも、確かに存在する。


そして、多分、

同じように折り合いをつけている人は、

私以外にも、たくさんいる。


その人たちが、

自分を責めすぎないように。


忘れることを、

必要以上に怖がらないように。


この章を、ここに置く。

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