表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉はVtuber  作者: からし
50/55

エピローグ的外伝:無名の誰かの視点「画面の外の席」

私は、彼女たちを知らない。

正確には、会ったことがない。


それなのに、ある時期まで、私は彼女たちの声で一日を区切っていた。

仕事が終わって、コンビニで缶コーヒーを買って、帰って、部屋の電気をつける。その手順の途中に、当たり前みたいに配信が入っていた。

当たり前のように。


ファンだと言うほど熱心じゃない。

グッズも、イベントも、ほとんど追っていない。

ただ、コメント欄に時々「こん」と打つくらいの人間だ。

忙しい日は、アーカイブすら見ない。

だから私は、いわゆる“上澄みの外側”にいる。薄いファン。あるいは、視聴者。


それでも、薄い関係のはずなのに、薄い関係のまま終わらなかった。

あの件が起きたからだ。


最初の違和感は、言葉だった。

発表文の言葉が、整いすぎていた。


「療養」「回復を優先」「見守ってください」

この業界の辞書に載っている文章。

誰も傷つかないように丸められた文章。


でも、丸められたものは、いつも何かをこぼす。

こぼれたものは、拾う人だけが拾う。


私は、そのとき拾った。

拾ってしまった。


「……あれ?」

たぶん、声には出していない。

心の中で、足が止まっただけだ。


それから、同じ違和感を持つ人が、少しずつ見え始めた。

コメント欄ではなく、もっと奥のほう。

タイムラインの端っこ。

言葉のトーン。

“燃やそうとしていないのに、納得できていない”人たち。


不思議なことに、怒りは目立たなかった。

代わりに、計算が増えた。


時系列。

言い回し。

使われていない言葉。

配信の間。

画面の明るさ。

涙のタイミング。


私は、そういうものに詳しいタイプじゃない。

けれど、一覧で並べられると、誰でも分かる。

分かってしまう。


「……これ、説明じゃなくて、演出じゃない?」


その一文を見たとき、私は画面を閉じた。

閉じたのに、何度も開いた。

開いては閉じて、閉じては開いた。

それは、多分、心が自分の居場所を探している動きだった。


私は、彼女のことが好きだった。

でも、好きの中身は軽かった。

生活の隙間に収まる程度の好き。

消えても生きていける好き。


なのに、消え方が、軽さを許してくれなかった。


妹が前に出た日、私は見た。

見たくなかったのに、見た。


配信のタイトルは、あまりにも“正しい”言葉でできていた。

前向き。感謝。これから。

その言葉の中に、終わったものが入る余地はない。


妹は丁寧に話した。

声も落ち着いていた。

言葉も選ばれていた。


「私が選びました」

その一文が出たとき、コメント欄が一斉に綺麗になった。

「偉い」

「ありがとう」

「応援する」


綺麗な言葉は、人を黙らせる。

黙らせる、というのは、誰かを悪者にすることじゃない。

疑問を持つことが、場違いになるということだ。


私は、その瞬間に思った。

ここは、完成していく場所だ。


完成していく場所にいると、人は安心する。

安心するから、疑問が罪になる。

疑問は空気を壊す。

壊す人は、嫌われる。


私は嫌われたくなかった。

だから黙った。


それでも黙りきれなかったのは、同じ時間に“別のもの”が出たからだ。

海外の掲示板の翻訳。

断定のない箇条書き。

音声の断片。


それは、炎上の火種にしては地味だった。

けれど、地味だからこそ怖かった。

地味なものは、正義にも娯楽にもならない。

だから、長く残る。


私は、その断片を読んだ。

音声を聞いた。

そこにあったのは、犯人の名前じゃない。

復讐の言葉でもない。

ただ、拒否だった。


「完成したくない」

「語られたくない」


そういう言葉が、静かに置かれていた。


そのとき初めて、私は気づいた。

私たちは、いつも“残すこと”を良いことだと思っている。

残るのが正義。

忘れられないのが愛。


でも、残ることは、時に暴力になる。

残す側が、自分の都合で形を整えるなら。


彼女は、それを拒否していた。

そしてその拒否が、誰かによって拾われて、外へ置き直された。


私は、怖くなった。

怖いのは犯人じゃない。

構造だ。


人がいなくなっても、物語が続く。

人がいなくなったことが、物語の燃料になる。

燃料になった瞬間、その人は完成品になる。


完成品になった人は、二度と未完成に戻れない。


私は、薄いファンだ。

だからこそ、薄くしか関われない。

深く関わる人たちの痛みを、私は持てない。

でも、薄く関わっている人間でも、構造に巻き込まれる。


それが、あの件の後日談の最初だった。


その後、界隈は二つに割れた。

と言っても、戦争みたいな派手な割れ方じゃない。

もっと生活に似た割れ方だ。


片方は、前を向く人たち。

もう片方は、前を向くふりをする人たち。


私は、後者だった。


前を向く人たちは、妹を応援する。

応援は正しい。

応援は優しい。

応援は、誰も否定しない。


前を向くふりをする人たちは、言葉を減らす。

減らして、ログアウトする。

配信を見なくなる。

でも、嫌いになったわけじゃない。


ただ、見続けると、自分の中の疑問が腐るからだ。

腐った疑問は、やがて誰かへの攻撃になる。

私は攻撃したくなかった。


だから、距離を取った。


距離を取ったのに、時々戻ってしまう。

懐かしいから。

生活の音が変わるから。

あの声があった時代が、確かに自分の人生の一部だから。


私は、矛盾したまま生きている。

それは、多分、多くのファンがそうだ。


この業界は、矛盾を飲み込むのが上手い。

「複雑だけど応援する」

「色々あるけど見守る」


そう言って、前へ進める。


けれど、矛盾が消えたわけじゃない。

矛盾は、見えない場所に移動しただけだ。


ある日、妹が活動を降りたというニュースを見た。

その瞬間、私は変な呼吸をした。

笑っても泣いてもいないのに、息だけが乱れた。


やっと終わった、と思った。

終わってしまった、とも思った。


この二つは、同時に起きる。

矛盾は、ここでも消えない。


私は、その日、久しぶりに姉の古いアーカイブを見た。

そこにいたのは、完成していない人だった。

噛む。笑う。迷う。少し黙る。

その全部が、愛おしかった。


私は思った。

この未完成のままの人を、完成させないでくれ。

せめて、私の中では。


そして気づく。

それは、彼女が言っていた拒否と、同じ形をしている。


私は、やっと遅れて、彼女の側に立った。

ファンとしてではない。

視聴者としてでもない。

ただの人として。


“残すことが、必ずしも善じゃない”と理解する側に。


その理解は遅い。

でも、遅くても意味がある。

意味があるのに、派手じゃないから、消費されない。


だから、残る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ