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姉はVtuber  作者: からし
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第五話 最後の夜

USBメモリは、机の上に置いたまま眠っていた。

小さくて、軽くて、触れればすぐ答えが出てしまいそうなのに、

私はそれに触れなかった。


見てしまえば、もう戻れない。

そんな予感だけが、確信に近い形で胸にあった。


翌日も、配信はあった。

何事もなかったように、台本が届く。

何事もなかったように、準備が進む。


コメント欄は相変わらず賑やかだった。


《最近、配信増えて嬉しい》

《前より元気だよね》

《なんか…覚悟決まった感じする》


覚悟。

何の覚悟なのか、誰も言わない。


配信後、先輩Vtuberから連絡が来た。

普段はほとんど接点のない人だ。


《少し話せる?》

《今じゃなくていい》


断る理由はなかった。

数時間後、事務所近くの静かな店で会った。


「大変だったね」


その一言が、妙に重かった。


「でも……正直に言うとさ」

「続けてくれて、助かった人は多い」


助かった。

その言葉に、引っかかりを覚える。


「この業界、突然消えると連鎖するから」

「スポンサーも、番組も、人も」


彼女はコーヒーを一口飲んでから、続けた。


「亡くなったこと、まだ出てないよね?」

「……出す時は、気をつけた方がいい」


「どういう意味ですか」


「“物語”になるから」


その言い方が、社長とよく似ていた。


帰り道、スマートフォンが震えた。

事務所の内部チャット。

本来、私が見るはずのないスレッド。


《継承企画、数字かなり出そう》

《世間が知った時が本番》

《“家族が守った”構図、強い》


誰かが、間違えて私を招待したらしい。

すぐに削除されたが、

一度見てしまった文字は消えなかった。


——やっぱり。


家に帰り、私はUSBメモリを手に取った。

もう、逃げられない。


パソコンに挿すと、フォルダが一つだけ表示された。


【202X_最終】


中にあったのは、音声ファイル。

動画ではない。

音だけ。


再生ボタンを押すと、

少し雑音が混じった空気の音が流れ、

やがて、姉の声がした。


『……もしこれを聞いてるなら』


一瞬、呼吸が止まった。


『たぶん、私はもう表にいない』


声は、配信の時より低かった。

疲れている。

でも、はっきりしている。


『事務所の人には、誰にも言わないで』

『特に、上の人には』


上の人。

社長の顔が、頭に浮かぶ。


『最近、話がおかしい』

『私が“どう死ぬか”みたいな言い方をする』


背筋が、冷たくなった。


『笑い話みたいに言われたよ』

『「もし何かあっても、物語にできる」って』


そこで、音声が一瞬途切れた。


雑音。

何かがぶつかる音。


『……ねえ』

『私、代わりが用意されてる気がする』


その言葉に、胸が締め付けられた。


『もし、本当に何かあったら』

『お願い、あなたは——』


最後の言葉は、

誰かの声に被さって聞き取れなかった。


男の声。

落ち着いた、低い声。


内容は、はっきり残っていない。

けれど、その“調子”だけは分かる。


私は、何度も聞いたことがある声だった。


再生が終わる。

画面は、静止したまま。


私は、しばらく動けなかった。


その時、スマートフォンが鳴った。

社長からだった。


《体調は大丈夫?》

《次の配信、少し“姉の過去”に触れたい》


偶然だろうか。

それとも——。


私は、返信を打たなかった。

代わりに、音声をもう一度再生した。


姉の声は、確かにそこにあった。

でも、

彼女が最後に言おうとした言葉だけが、

どこにも残っていなかった。


——消されたのは、どこまでだろう。


USBメモリを抜き、引き出しにしまう。

鍵をかける。


この世界では、

真実より、使いやすい物語の方が価値を持つ。


そのことを、

私はようやく理解し始めていた。

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