第三十六話 失脚
発表は、調査開始から一週間後だった。
思っていたより、
ずっと早い。
事務所の公式サイト。
トップに、
これまでで一番長い文章が掲載される。
外部調査委員会による
中間報告を受け、
当社代表取締役は、
一連の判断において
不適切な意思決定があったとして、
本日付で職務を停止します。
職務停止。
辞任ではない。
でも、
権限を失ったという事実。
続く一文。
特に、
当該タレントに関する対応において、
注目度や話題性を優先した
判断が含まれていたことを確認しました。
話題性。
初めて、
公式文書に、
その言葉が載った。
しかも、
否定形で。
当社は、
人の尊厳や意思より
話題性を優先する判断を
誤りであったと認識しています。
誤り。
明確な言葉。
SNSは、
静かに、
大きく揺れた。
《公式で否定した》
《話題性って言葉、ついに出た》
《やっぱり、そこだったんだ》
怒号は、少ない。
歓喜も、少ない。
代わりに、
疲れたような納得が、
広がっていた。
夜、
社長本人のコメントが出る。
短い文章。
弁明は、ない。
組織の代表として、
判断の重さを誤りました。
当事者および関係者に
深くお詫び申し上げます。
当事者。
姉の名前も、
私の名前も、
そこにはない。
でも、
もう、
それを求める声は、少なかった。
皆、
分かっている。
謝罪が、
物語を完成させるための
最後のピースじゃないことを。
【下書き】アプリが、
静かに更新される。
《失脚》
《公式否定》
親友からも、
短い一文。
《終わったね》
私は、
その言葉を、
すぐには肯定できなかった。
終わりじゃない。
区切りだ。
ノートを開く。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・社長の職務停止
・話題性を優先した判断が誤りとされたこと
・公式文書での明確な否定
・社長本人の謝罪文
書き終えたあと、
しばらく、
ペンを置いたまま、
考える。
姉は、
この結末を、
望んでいたのだろうか。
分からない。
でも、
少なくとも、
“物語にされること”は、
拒んでいた。
今、
その論理が、
公式に否定された。
それだけで、
十分だった。
夜、
私は、
窓を開けた。
外の空気は、
少し冷たい。
街は、
いつも通りだ。
でも、
もう、
誰かの死を
“話題になるかどうか”で
測る言葉は、
簡単には使われないだろう。
それは、
姉が残した、
小さな変化だ。
私は、
ノートを閉じた。
そして、
初めて、
何も記録しない時間を、
過ごした。
明日は、
きっと、
静かな日になる。
物語が終わったあとにしか、
訪れない静けさ。




