第三十五話 調査
発表は、昼過ぎだった。
いつもなら、
人の少ない時間帯を選ぶ。
けれど、今回は違った。
——逃げられない時間。
事務所の公式サイトに、
簡潔な文章が掲載される。
当社は、
一連の事案に関し、
外部の専門家を含む
内部調査委員会を設置しました。
調査の結果は、
適切な時期に公表いたします。
短い。
言い切らない。
でも——
初めて、否定しなかった。
《調査するってことは、何かある?》
《事実無根なら、調査いらなくない?》
《内部調査って、認めたようなものでは》
反応は、早かった。
“法的措置を検討”から、
“調査します”へ。
それは、
守りの形が、
明確に変わった証拠だった。
社長の名前は、
発表文にない。
代わりに、
「当社」とだけ書かれている。
——個人を切り離す準備。
午後、
内部関係者の匿名証言が、
また一つ、出た。
「調査が始まると聞いて、
正直、ほっとしました」
「誰も、
あの判断を
一人で背負うべきじゃない」
“判断”。
誰かが、
何かを、
決めた。
それを、
組織の中の人間が、
初めて、
“判断”と呼んだ。
夜、
社長は、
表に出てこなかった。
コメントも、
声明もない。
その沈黙は、
もう、
制御のための沈黙ではない。
身動きが取れない沈黙だった。
【下書き】アプリが、震える。
《崩れ始めた》
《物語、維持できない》
親友からも、
短いメッセージ。
《調査委員》
《社長、対象》
私は、
ノートを開いた。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・内部調査委員会の設置
・否定がなかったこと
・社長の名前が出ていないこと
・「判断」という言葉が使われ始めたこと
書き終えたあと、
一行だけ、付け足す。
——調査は、物語の終わりを告げる。
なぜなら、
調査は、
感動を必要としない。
数字。
時系列。
議事録。
メール。
話題性は、
そこでは、
意味を持たない。
夜、
私は、
姉の音声を、
もう再生しなかった。
もう、
必要ない。
姉の声は、
外に出た。
言葉として、
概念として、
共有されている。
『“残る”んだ』
その言葉は、
物語ではなく、
記録として残った。
窓の外で、
街の灯りが、
一つずつ消えていく。
明日、
誰かが、
何かを認めるかもしれない。
認めなくても、
もう、
終わりは始まっている。
私は、
ノートを閉じた。
——これで、
姉は、
一人じゃなくなった。
それだけで、
十分だった。




