第三十四話 動機
最初に“動機”という言葉を使ったのは、
記者でも、
評論家でもなかった。
——元・制作ディレクター。
姉の配信を、
長く現場で見てきた人間。
深夜のラジオ番組。
録音。
生放送ではない。
慎重に選ばれた場所だった。
「断定は、しません」
彼は、そう前置きした。
「ただ、
現場で何が優先されていたかは、
言えます」
声は、落ち着いている。
感情を煽るつもりは、ない。
「亡くなったあと」
ではなく、
「亡くなる可能性があると分かった時点」で、
話は動いていました。
スタジオが、静まる。
「その時に出た言葉が、
“このままだと話題にならない”
でした」
一瞬、
誰も、言葉を挟まなかった。
「だから、
“残る形”を考えよう、
という話になった」
残る形。
——姉の音声。
——社長の言葉。
すべてが、
一本の線で繋がる。
パーソナリティが、
恐る恐る聞く。
「それは……
誰の発言ですか」
ディレクターは、
少しだけ、間を置いた。
「……会議の場です」
「個人の名前ではありません」
でも、
その場に、
誰がいたかは、
皆、もう知っている。
「私は、
その瞬間に、
“これはおかしい”と思いました」
「人の生死を、
話題になるかどうかで
測っている」
「それが、
動機に見えた」
動機。
番組は、
それ以上、踏み込まなかった。
でも、
十分すぎた。
翌朝、
見出しが躍る。
——「話題にならない死」という言葉が示すもの
——動機は“注目”だったのか
SNSでは、
初めて、
はっきりとした言葉が使われる。
《話題性づくりが動機》
《事故でも病気でもいい、
“物語”が欲しかっただけ》
誰も、
「殺した」とは言っていない。
でも、
“そうなる状況を利用した”
という理解が、
共有され始めている。
事務所は、
即座に反応した。
《事実と異なる発言について、
法的措置を検討します》
だが、
もう、
空気は変わっていた。
《否定が遅い》
《法的措置って言葉、もう信用できない》
《説明じゃなくて脅しに見える》
【下書き】アプリが、震える。
《動機》
《言葉、出た》
親友からも、
短い一文。
《ここ》
《越えた》
私は、
ノートを開いた。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・元ディレクターの発言
・「話題にならない死」という言葉
・“動機”という表現が使われたこと
・事務所の法的措置表明
書き終えたあと、
ペンを置いた。
そして、
初めて、
姉の名前を、
ページの真ん中に書いた。
——あなたは、
——利用されるために、
——生きていたわけじゃない。
涙は、出なかった。
怒りも、
もう、ない。
あるのは、
静かな確信だけだった。
物語は、
完成しなかった。
でも、
記録は、完成しつつある。
次は、
この“動機”に、
誰が、どう向き合うか。
——社長か。
——組織か。
——それとも、
——司法か。
私は、
窓の外を見た。
朝の光が、
静かに差し込んでいる。
姉の声が、
頭の中で、
もう一度、響いた。
『……選べない時は、
選ばされている』
今、
選ぶ番が、
向こうに回った。




