第三十三話 内側の声
最初に語ったのは、
勇気のある人間じゃなかった。
むしろ、
これまで一番、
沈黙を守ってきた人間だった。
事務所の、元スタッフ。
肩書きは、
もう外されている。
深夜、
個人ブログに、
短い文章が上がった。
タイトルは、
こうだ。
——「私は、何も知らなかった」
冒頭で、
はっきりと書かれている。
私は、姉本人がどうなったかを
直接知っているわけではありません。
ただ、
“準備されていた空気”だけは、
はっきり覚えています。
準備。
また、その言葉。
亡くなったことを知る前に、
すでに
「引き継ぎ」の話が出ていました。
冗談だと思っていました。
でも、
誰も笑っていなかった。
断定は、ない。
告発でもない。
それでも、
十分だった。
《内部の人、出てきた》
《やっぱり、先に決めてたんだ》
《“準備”って言葉、もう逃げられない》
事務所は、
すぐに反応しなかった。
否定しない。
訴えない。
——それが、
本当のことに見える段階に、
入っている。
昼、
別の元関係者が、
インタビューに応じた。
匿名。
音声は使われない。
「話題になるかどうか」
それを、
何度も会議で聞きました。
誰かの人生の話をしているのに、
数字の話みたいでした。
ここでも、
名前は出ない。
でも、
語彙が、
社長のものと一致している。
——影響。
——残る。
——価値。
一致は、
偶然にしては、
多すぎる。
夜、
社長の名前が、
トレンドに入った。
肯定も、否定もある。
《経営者としては理解できる》
《でも、人としてはどうなんだ》
《話題性のために、人を使うの?》
“殺した”とは、
誰も言っていない。
でも、
“利用した”
という言葉が、
初めて、
一般的に使われ始めた。
【下書き】アプリが、震える。
《内側、割れた》
《もう止まらない》
親友からも、
短いメッセージ。
《次》
《もっと近い人》
私は、
ノートを開いた。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・元スタッフのブログ
・引き継ぎが先に検討されていた証言
・「話題になるか」という会議での言葉
・“利用”という言葉が使われ始めたこと
書き終えたあと、
一行だけ、付け足す。
——内部の言葉は、物語を一瞬で現実にする。
姉は、
一人で拒否していた。
今は、
一人じゃない。
それが、
決定的な違いだった。
夜、
私は、
あのホテルラウンジを思い出した。
社長が言った言葉。
——価値は、感情を動かしたものに宿る。
今、
感情は、
完全に、
事務所の管理外にある。
次は、
誰が、線を越えるか。
——名前を出すのか。
——日時を言うのか。
——それとも、
——決定的な一言か。
私は、
静かに、
その瞬間を待っていた。




