第三十一話 本人
社長が表に出たのは、
記者会見でも、
公式動画でもなかった。
経済誌の、
長文インタビュー。
文字だけの媒体。
——感情を排し、
——理屈で通す場所。
それが、
彼の選んだ舞台だった。
タイトルは、控えめだ。
【代表が語る、騒動への見解】
“騒動”。
事件でも、死でもない。
冒頭で、社長はこう言っている。
この件について、さまざまな憶測が出ていることは承知しています。
ただ、私たちは一貫して、事実に基づいた説明をしてきました。
一貫。
その言葉を使った瞬間、
記事は、
過去の発言をすべて呼び戻す。
——休養。
——体調不良。
——入院。
——回復が見込めない。
そして、
それらが、
一致していないことを、
読者はもう知っている。
中盤で、
核心に近い質問が出る。
なぜ「死亡」という言葉を使わないのか。
社長の回答は、
慎重だった。
表現については、
ご遺族の意向と、
プライバシーへの配慮があります。
配慮。
法務と同じ言葉。
でも、
ここで初めて、
社長自身の価値観が、
にじむ。
私は、
人の人生を、
結論だけで語ることに、
意味を感じていません。
大切なのは、
その人が残した影響です。
影響。
——話題性。
——記憶に残るかどうか。
誰もが、
そこに、
あの言葉を見た。
次の質問。
妹が引き継ぐ判断は、
いつ、誰が決めたのですか。
社長は、
少しだけ、間を置いて答えている。
組織として、
検討は早い段階から行っていました。
検討。
早い段階。
——姉が、
——まだ、表にいた頃。
記事は、
それ以上、踏み込まない。
でも、
踏み込まなくても、
十分だった。
SNSでは、
同じ一文が、切り取られる。
《検討は早い段階から》
《まだ生きてた頃?》
《もう“次”を考えてたってこと?》
社長の言葉は、
初めて、
自分で、自分を追い詰めた。
夜、
【下書き】アプリが、震える。
《本人、出た》
《でも、答えてない》
親友からも、
短い連絡。
《記事》
《決定的》
私は、
ノートを開いた。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・社長インタビュー
・「影響」という言葉
・「早い段階から検討」という発言
書き終えたあと、
一行だけ、付け足す。
——語り始めた瞬間、制御は失われる。
社長は、
語らせる側でいる限り、
完璧だった。
でも、
語る側に立った瞬間、
矛盾が、
そのまま言葉になる。
夜、
私は、
姉の音声を、
もう一度聞いた。
『“残る”んだ』
社長の言葉と、
ぴったり重なる。
でも、
姉は、
“どう残るか”を、
選ばせてもらえなかった。
それが、
今、
誰の目にも、
見え始めている。
次は、
社長の言葉を、
誰が、どう受け取るか。
——支持か。
——疑念か。
私は、
静かに、
その分岐を待っていた。




