第二十九話 代理
語ったのは、
私ではなかった。
翌朝、
事務所の公式チャンネルに、
一本の動画が上がった。
タイトルは、
【事実関係についてのご説明】。
映っているのは、
社長ではない。
マネージャーでもない。
広報責任者と、
法務担当。
二人並んで、机に向かっている。
——語る役を、分散させた。
最初から、
感情は排除されている。
「まず、皆さまにご心配をおかけしている件について」
「順を追って、ご説明いたします」
順。
事務所が用意した順番だ。
・入院の事実
・治療が長期化していたこと
・活動継続が困難だったこと
・家族と事務所で協議したこと
そして、
こう締められる。
「個人情報およびご遺族の意向により」
「これ以上の詳細は、お答えできません」
動画は、十数分で終わった。
コメント欄は、
最初は静かだった。
《丁寧な説明》
《仕方ないよね》
《これ以上は詮索しない》
——一瞬だけ、
事務所は、息をつけた。
でも、
数時間後から、
別の声が混じり始める。
《あれ?》
《前の発表と、言い回し違くない?》
《“回復が見込めない”って、いつ決まった?》
誰かが、
過去の発表文を並べ始めた。
・最初は「休養」
・次に「体調不良」
・次に「回復が見込めない」
・そして、今も「死亡」は出ない
《説明してるのに、更新されてない》
《むしろ、時系列がズレてない?》
代理で語るということは、
その人が知らないことを、語れない
ということだった。
質問が、
具体的になる。
《いつ、医師からそう判断された?》
《なぜ、その時点で発表しなかった?》
《なぜ、妹の引き継ぎが先だった?》
動画の中に、
答えはない。
夜、
別の記者が、
一文だけの記事を出した。
——「誰も“亡くなった”とは言っていない」
それだけ。
煽りも、断定もない。
ただ、
事実の確認。
その一文が、
静かに、
広がっていく。
【下書き】アプリが、震える。
《代理、失敗》
《矛盾、可視化された》
親友からも、
短いメッセージ。
《“誰が語ってないか”》
《皆、気づいた》
そう。
一番語るべき人が、語っていない。
——社長。
——私。
でも、
私が語らない理由と、
社長が語らない理由は、
まったく違う。
夜、
私は、ノートを開いた。
今日の出来事を、
事実だけで書く。
・広報と法務による動画
・過去発表との言い回しの差
・「亡くなった」という言葉の不在
そして、
最後に一行。
——代理が出るほど、本人は語れない。
それは、
姉が拒否した構造そのものだった。
物語を制御したい者ほど、
自分では語らない。
語れば、
制御できなくなるから。
窓の外で、
雨が降り始めていた。
静かな音。
でも、
街のどこかで、
同じ疑問が、
同時に生まれている。
次は、
この代理の言葉を、
誰が否定するか。
——内側か。
——外側か。
私は、
そのどちらにもならない。
ただ、
記録を、
残し続ける。
代理の言葉が、
いつか、
自分で崩れるのを、
待ちながら。




