第二十話 亀裂
完成形の配信は、静かに始まった。
派手な演出はない。
音楽も、控えめ。
照明は、柔らかい。
「今日は、少しだけ振り返りの話をします」
台本通り。
声も、抑えめ。
感情は、丁寧に整えられている。
画面の向こうでは、
誰かが「よし」と頷いているはずだった。
姉の過去。
努力。
挫折。
そして、休養。
私は、すべて語った。
語らされてきた通りに。
コメント欄は、穏やかだった。
《やっぱりすごい人》
《大変だったんだね》
《今があるならよかった》
納得。
理解。
消費。
終盤に差しかかる。
ここで、
“妹としての決意”を語る。
私は、
一枚の写真を画面に映した。
姉の部屋。
机。
メモ。
事務所が用意した素材だ。
「このメモ」
「姉が、最後まで残していたものです」
嘘じゃない。
ただし、
全部じゃない。
「ここに、こう書いてありました」
私は、
正確な言葉を選んだ。
「“選べない時は、選ばされている”」
コメントが、少しだけ、遅れた。
《……深い》
《どういう意味?》
私は、すぐに続ける。
「だから、私は」
「これからも、考え続けます」
考える。
——完成形に、不要な言葉。
「誰のために」
「何を、続けるのか」
間。
意図的に、
ほんの少しだけ長く。
その間が、
姉の音声にあった“間”と、
一致していた。
「答えは」
「今は、出しません」
配信は、
拍手で終わった。
切り抜きが、
すぐに回り始める。
【“選ばされている”発言】
【完成形の中の違和感】
最初は、
肯定が多い。
《考えさせられる》
《深い配信だった》
でも、
時間が経つにつれ、
別の声が混じり始める。
《前にも似たこと言ってたよね》
《この言葉、偶然?》
《姉の時も…?》
事務所からの連絡は、
すぐには来なかった。
それが、
何よりの証拠だった。
夜、
【下書き】アプリが震える。
《今の言葉》
《全部、拾われてる》
続けて、
別の通知。
《親友》
《第一弾、出た》
画面に表示されたのは、
海外サイトのリンク。
匿名掲示板。
小さな投稿。
——姉の音声の“文字起こし”。
——欠けている部分を含めた、断片。
名前は、出ていない。
事務所も、社長も。
でも、
“物語にされることを拒否した声”
だけが、そこにあった。
私は、
画面を閉じた。
配信の感想が、
公式アカウントに並ぶ。
称賛。
感動。
美談。
完成形は、
確かに完成している。
でも。
完成した瞬間から、
壊れ始めてもいる。
私は、椅子に深く座り、
目を閉じた。
怖くないわけじゃない。
でも、
姉は、
もっと怖い中で、
声を残そうとした。
それを思えば、
今の私は、
まだ、立っている。
スマートフォンが鳴る。
社長からだった。
《いい配信でした》
《少し、話しましょう》
私は、
すぐには返事をしなかった。
完成形は、
もう、社長のものだけじゃない。
それを、
社長も、
気づき始めている。
私は、
静かに立ち上がった。
次は、
“壊れ始めた完成形”が
どう扱われるか。
その瞬間を、
逃さないために。




