第十八話 沈黙の奥
会う理由は、作れなかった。
だから、作らなかった。
事務所には
「体調管理のため、外を少し歩きたい」とだけ伝えた。
許可は、すぐに出た。
同行者も、付けられた。
——完全な自由はない。
でも、人混みの中なら、視線は分散する。
向かったのは、
親友が最後に姿を見せた場所の近く。
小さな駅前の、古い喫茶店。
昔、姉と三人で来たことがある。
目立たない。
でも、消えにくい。
同行スタッフが外で待つ中、
私は一人で店に入った。
中には、数人の客。
カウンターの端に、
見覚えのある背中があった。
——業界の人間。
第九話で、沈黙したはずの人。
彼は、私を見ると、
ほんの一瞬だけ目を伏せた。
逃げない。
それが、答えだった。
「……久しぶりです」
声は、低く、静かだった。
「話せることは、多くない」
「でも、聞くことはできる」
私は、頷いた。
「姉のことを」
「どこまで、知ってますか」
彼は、コーヒーを一口飲んだあと、
ゆっくり言った。
「“殺された”とは、思っていない」
「でも、“選ばされた”とは、思っている」
その言葉は、
私の記録と、完全に重なった。
「姉は、拒否した」
「そして、拒否した人間の“その後”を、知っていた」
「……その後?」
「業界を、消える」
「名前ごと」
沈黙が、落ちた。
「だから、姉は」
「自分の声を、残そうとした」
USB。
音声。
欠けた部分。
「あなたが代役に立った時」
「正直、安心した」
安心。
それは、
姉が“完全に消えなかった”という意味だった。
「でも」
彼は、視線を逸らす。
「同時に、危険だとも思った」
「……それでも、黙っていた」
「黙ることでしか」
「残せない時もある」
その言葉は、
今の私には、痛いほど分かった。
私は、
ボイスレコーダーを取り出した。
机の上には置かない。
ただ、電源を入れる。
「これを」
「預かってほしい」
「……危険だ」
「ええ」
「だから、第三の場所にしたい」
彼は、しばらく考え、
小さく息を吐いた。
「……分かった」
「ただし、条件がある」
「名前は、出さない」
「時期も、選ぶ」
「あなたが、消されたあとに使う」
消されたあと。
それでも、
残る。
それが、
第三の場所の意味だった。
「もう一つ」
彼は、声を落とした。
「親友の件だが」
「完全に消えたわけじゃない」
心臓が、跳ねた。
「今は、国外にいる」
「“保護”という名目で」
誰が。
——聞かなくても、分かる。
「彼女も、記録を持っている」
「別の形で」
点が、
線になった。
私は、
静かに立ち上がった。
「ありがとう」
彼は、答えなかった。
でも、
沈黙は、拒絶じゃなかった。
店を出ると、
同行スタッフが、何事もなかった顔で立っていた。
「お散歩、どうでした?」
「……気分転換になりました」
嘘じゃない。
帰宅後、
【下書き】アプリを開く。
新しい一文が、追加されていた。
《三つ、揃った》
《もう、奪いきれない》
私は、画面を閉じた。
管理は、続く。
圧も、強くなる。
でも、
姉の声は、
私の声は、
もう一箇所だけじゃない。
残された場所が、
三つになった。
それだけで、
物語は、
完全には支配できない。
夜、
私は、いつも通り配信の準備をした。
完璧な仮面で。
静かな反抗を、
胸の奥に隠して。
次は、
もっと危険な段階に入る。
——事務所も、
それに気づき始めている。




